第7話『そして、怒りは剣になる』
人々から情報を得て、それを整理した上で、ユリと作戦を立てた。
――ユリが単独で屋敷に潜入し、起動キーを奪還する。
当然の判断だろう。
俺が行ったところで、足手まといになるのは目に見えている。
ただ、ユリが潜入する間、俺が独りで町をうろつくのを危険視した町民が、彼女にこう提案した。
「この子、うちの倉庫に匿いましょう。見張りは立てておきますから」
やはり、この町の人々は――根が優しい。
俺たちを助けたところで、屋敷の連中にバレれば凄惨な報復があるかもしれない。
それでも手を差し伸べてくれた。
こんな地獄のような町で、なお他人を助けることができるなんて――。
(……もし俺に、力さえあれば)
そんな想いが、胸の奥に滲んだ。
ユリの背を、祈るような気持ちで見送る。
無事に戻ってきてくれ。頼むから――。
町民の案内で、地下の倉庫に通される。
そこは、彼らが寄り添って生き延びてきた、ささやかな避難所だった。
しばらくして、町がまだ平穏だった頃の話を聞かせてもらった。
昔話のように、静かで、優しい――そんな記憶のかけら。
そのぬくもりに包まれていた時だった。
――コン、コン。
夜の静寂を破る、控えめなノック音。
「開けてくれー、俺だ。今日はいつもよりちょっとマシな飯をもらえたからさ。ばーちゃんたちには薬も手に入ったぜ!」
どこか嬉しそうな、その声に覚えがあった。
扉を開けると、そこに立っていたのは――
「お前は……!」
昼間、俺の目の前から起動キーを盗んで逃げた青年だった。
頭より先に、体が動いた。
思わず胸ぐらを掴み、背後の壁に叩きつける。
「よくも……キーを――!」
その衝撃で、青年が持っていた木箱が地面に落ちる。
中から、質素なパンや缶詰が転がり出た。
次の瞬間、町民の一人――中年の女性が慌てて間に入った。
「やめておくれ! シンが何をしたか知らないけど……この町のためなんだよ……!」
必死に、涙ながらに俺の腕を止めるその姿に、思わず力が抜ける。
青年――シンは、地面に落ちた食料を拾い集めながら、小さく笑い、彼女の肩に手を置いて囁く。
「大丈夫だって、おばさん。ちょっと誤解があっただけさ。心配しないで」
そして、俺の方をちらりと見たあと、箱を別の町人に託す。
「ほら、これみんなで分けてくれ。あとさ、屋敷で働いてるおじさんの娘さんには薬届けてきたから、それも伝えといてくれよ」
そう言って、俺に向き直る。
「ちょっと話したいことがあるんだ。……奥、いいかな?」
――
地下室の奥へと案内される。
あらためて見てみると、シンは俺より少し年上。
身長もやや高く、体つきは細いが……傷だらけだった。
生々しい打撲の跡。
服の下から覗く痣や切り傷。
一目でわかる、日常的な暴力の痕跡だった。
そして、俺が言葉を発するより早く――
シンは両手と額を地面に擦りつけ、土下座した。
「……すまなかった! 謝るしかねぇ……! 代わりに出せるもんもねぇ! 殴るなり蹴るなり好きにしてくれ! けど……命だけは見逃してくれ……! 今俺が死ぬと困るやつがいんだ……頼む、どうか……!」
必死だった。
震える声。爪が割れる音。絞り出すような懇願。
(こんなの……責められるわけがないだろ)
胸の奥にあった怒りは、いつの間にか消えていた。
⸻⸻⸻
ユリは夜の帳が降りるのを待ちながら、屋敷を遠巻きに見張っていた。
やがて、門がギィ……と音を立てて開く。
昼間、屋敷へ入っていったあの青年が、蹴り飛ばされるように外へ放り出された。
彼は、うつ伏せのまま地面に倒れこむ。
顔は腫れ、服は裂け、身体中が痣だらけだった。
まるで、玩具のように殴られた後だった。
そこへ、チンピラの一人が木箱を持ち、勢いよく彼の体に叩きつける。
中に入っていた食料が道路に散らばり、パンや缶詰が転がっていく。
青年は呻きながらも、這うようにしてそれらを必死にかき集め始めた。
チンピラたちは、その様子を見て下品に笑う。
まるで人間を見ていないかのような、侮蔑の視線だった。
(……ケイが言っていた、起動キーを奪った青年……きっと、彼ね)
ユリはそう思いながらも、目を細めてその様子を見守っていた。
だが、必死に食料を抱えながら笑顔を浮かべて駆け出す彼の背に、どこか痛々しいものを感じる。
(もう……あの子はキーを持っていないわね)
ユリは、そのまま彼を見逃すことにした。
──
日が落ち、辺りが闇に包まれ始めた頃。
ユリは、昼と同じように塀を越えて屋敷の中へと潜入する。
内部の警備に、緊張感は微塵も感じられなかった。
(……昼間もそうだった。けど、改めて異常よね。ここまで気が緩んでいるというのは……)
恐らく、町民が完全に支配され、誰一人逆らえなくなっているからだろう。
事前に聞いていた通り、貴重品や鍵は「ボスの部屋」にあるという。
そこには町で一番の金庫があり、ボス自身もよくそこにいると聞かされていた。
(戦闘はできるだけ避ける。鍵だけ奪って戻る。それが最優先――)
ユリは息を殺して屋敷内を進み、一つの部屋の窓へと近づいた。
そして、そっと窓の隙間から中を覗いた、その時――
(……そんな、はずがない)
目を疑った。
部屋の中にいた男の顔。
その顔は、ユリが幼い頃、誰よりも慕っていた人物のものだった。
『……リカード、おじさん……?』
思わず声が漏れた。
次の瞬間――
「誰だ! まだ逆らうゴミがいるのかッ!?」
怒鳴り声とともに、窓が勢いよく開かれる。
そして目が合った。
その男の目が見開かれ、驚きと戸惑いが一瞬だけ浮かぶ。
「ユリちゃんかい……?」
その声は、懐かしい響きを持っていた。
笑顔も、話し方も、昔と同じだった。
まるで、親戚の家で昔話をしてくれる優しいおじさんのように。
――でも。
その瞳の奥にあったものは、昔のそれとは違っていた。
(嘘……。認めたくない……)
リカードおじさん――かつて、両親と共に任務にあたり、ユリを可愛がってくれたあの人。
彼は、両親と共に任務に向かい、そして“戦死した”はずだった。
なのに、なぜ……?
目の前の現実に、ユリの思考が追いつかない。
ただ、硬直したように、その場から動けなかった。
⸻⸻⸻
部屋の中へと招かれ、ユリはリカードの後を追うように入る。
リカードは深々と椅子に腰を下ろし、懐かしげな表情で笑みを浮かべた。
「ユリちゃん、久しぶりだね……。
本当に大きくなった。最後に会った時なんて、こんなにちっちゃかったのに」
リカードは片手を腰の高さに掲げて、幼い頃のユリの身長を示す。
「いつもご両親――いや、隊長たちの背中を見て、“あんな騎士になるんだ!”って言ってたよね。あの頃が昨日のことのようだよ……懐かしいな」
まるで昔話をする親戚のような口調だった。
優しい声、柔らかな眼差し――
そこにいるのは、かつてユリが両親の訓練を見学していた時、よく遊び相手をしてくれたリカードおじさんだった。
あの頃、彼はいつも優しくて、温かくて――まるで家族のようだった。
でも。
(……違う。今のこの人は、あの頃の“おじさん”じゃない)
ユリは心の中で言い聞かせるように、自分に問いかける。
「おじさん……いえ、リカードさんは、なぜこの町に?」
探るように問いを投げる。
――町の人々が言っていた“悪魔の騎士団員”と、目の前のこの人間が本当に同一人物なのか、信じられなかったからだ。
リカードは、一瞬だけ哀しげな笑みを浮かべた。
「君の両親のことは、本当に残念だったよ……。
私も、なんとか助けようとしたんだ。でも、自分の身を守るだけで精一杯だった。……あの状況じゃ、どうしようもなかったんだ」
静かに語られる過去。
その口調にはどこか“演技”のような響きが混じっていた。
「なんとか生き延びてね、でも騎士団には戻れなかった。
……だから今は、この町で市長みたいな役目をしてるんだ。みんな頼ってくれてさ、案外悪くないよ?
どうだいユリちゃん。君もここで暮らさないか?
ここはね……なんでも叶う。幸せになれるんだよ」
話はどんどん、ユリの意志とは関係ない方向へ進んでいく。
「でね、君も来たってことは……もう、運命でしょ? ここで一緒に暮らそうよ。ユリちゃんとなら、俺、本気でやり直せる気がするんだ」
指を組み、嬉しそうににやにやと笑う。
「結婚もアリかなって思ってる。いや、なんならすぐでもいい! 式はこの部屋でもいいし、ドレスは白じゃなくても似合いそうだし――あっ、でもお父さんお母さんいないのは残念だなぁ。……あ、ごめんごめん、今のは余計だったね」
そう言って笑う。心の底から楽しそうに。
ユリの手が、微かに震えた。
「この町で、ずっと一緒に暮らそう? ね? 俺なら君に、なんでもあげられる。地位も、食事も、快楽も……全部、君のものにできるんだよ?」
(――気持ち悪い)
だが、ユリの耳には、もう何も届いていなかった。
目の前にいるこの男は――
かつて慕っていたあの人ではない。
(この人はもう、私の知ってるリカードおじさんじゃない)
心の中で、何かが静かに切り離されていく。
ユリは、ゆっくりと手を前へ掲げる。
そこに現れたのは――ショットガン。
何の迷いもなく、ユリはそのまま引き金を引いた。
ダァン!!
発砲音が屋敷の静寂を破った。
⸻
この町の人々は、人質にされている。
女子供も例外じゃない。
逆らえば命はない。
逆らわなくても、心はじわじわと削られていく。
だが、定期的に金を納めていれば、彼らは“見逃される”。
この町は騎士団の保護が及ばない。
そのため、薬物や違法取引を目当てに、外部から荒くれ者たちが集まってくる。
そんな奴らの懐から、金や薬をスってかき集め、屋敷へ献上する――
それが、シンの仕事だった。
「最初は、俺ひとりじゃなかったんだ。弟分みたいな奴らもいたよ」
ぽつりと、シンが言う。
「でも、見つかって殺されたり、金が足りねぇってだけで遊ばれて……捨てられて、泣きながら死んでった」
今では、唯一残ったのがシンひとり。
外と中を繋げられるのも、彼だけだった。
換気口から射し込む月明かりを、シンがじっと見つめる。
「……両親を魔物に喰われて、独りで死ぬしかねぇと思ってた俺を――見捨てなかったんだ、ここの人たち。
だから、みんな俺の家族みたいなもんさ。まだ倒れるわけにはいかねーよ」
そして、口角をほんの少しだけ上げる。
「……こんちくしょー、ってな」
それを聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
(……かっこいい)
俺なんかよりもずっと、深くて暗い場所にいるくせに。
それでも誰かのために動き続けて、ここに立っている。
(……俺は)
……何もしてこなかった。
誰も守れなかった。
ただ、逃げて、泣いて、後悔だけを繰り返してきた。
流刑者の村での光景が脳裏をよぎる。
焼け焦げた屋根、崩れた塀、冷たくなった小さな手――
視界が歪む。
(……情けねぇな、俺)
涙が溢れていた。
声に出して泣いたのなんて、いつぶりだろうか。
「……おいおい、なんだよ急に泣き出して?」
焦ったように言いながら、シンが俺の背をバシンと叩いた。
「ほら、おめーも男だろ? 元気出せよ、子分!」
「いってぇ……誰が子分だよ」
けど、不思議だった。
さっきまで、うずくまっていた足が……今は、前に出せそうな気がした。
――その時。
ドォン。
爆音が町の静けさを切り裂いた。
心臓が跳ねる。
ユリの顔が、頭に浮かぶ。
(……やばい)
俺は立ち上がった。
町民の制止を振り切って、駆け出す。
(絶対に、間に合え――!)
⸻⸻⸻
生成されたショットガン。
そのまま、ユリは引き金を何の迷いもなく引いたつもりだった。
だが、リカードは悠々と煙の中から姿を現した。
「いやぁ、痛いね……けど、まだまだ甘いなあ」
服の埃を払いつつ、愉快そうに笑うその顔に、怒りも焦りも見えない。
「両親みたいにさぁ。正義のためなら迷いなく撃てなきゃ。……ね?」
その声音には、明らかに“試す”意図が滲んでいた。
目の前の少女の心を折り、自分のものにしようという悪意が、会話の隙間から滴り落ちる。
(気持ち悪い……)
ユリは即座にショットガンを消し、代わりにサブマシンガンを生成する。連射しながら距離を取る。
(この男は……強い。甘さを見せたら、殺される)
かつて憧れた両親と肩を並べ、共に戦ったはずの男。その実力を、ユリは肌で知っていた。
リカードは身体強化だけで弾を弾き飛ばすと、表情を歪めながら両手を広げる。
「ちょっとだけ、お仕置きが必要かな――」
次の瞬間、ユリの足元に火花が走った。
(来る……!)
直感が叫ぶ。ユリは風魔法を展開し、跳ぶ。
――ドゴォォォン!!
爆発の衝撃波に吹き飛ばされるが、辛うじて直撃は避けた。
すぐさま体勢を立て直し、構えるユリ。
「おお、凄い凄い。足、吹き飛ばしても可愛がるつもりだったけど、生きてるんだもんなー!ははっ!」
リカードは、両手を大きく広げて笑う。
その顔は――完全に“壊れて”いた。
「あなたは……おじさんは……そんな人じゃない!あなたみたいなクソ野郎なんて、知らない!!」
叫ぶユリ。その声には怒りと――悲しみが滲んでいた。
その瞬間、リカードの顔から笑みが消えた。
無表情に戻り、両手を掲げる。
ユリの周囲に、連続して爆発が起こる。
ドゴンッ、ドガァンッ、ドゴォォォン!!
吹き飛ばされながらも、ユリは地面を転がり、なんとか致命傷は避ける。
だが、呼吸は荒く、膝は震えていた。
「……昔話をしようか、ユリちゃん」
リカードはゆっくりと語り出す。
まるで、童話でも語るような口調で。
「私はね、君の両親が――たまらなく嫌いだったんだ」
ユリの瞳が揺れる。
「夫婦で隊長で、皆の憧れ。人望も人気も全部持っていった、私より弱いくせにさ……妬ましかったよ、ほんと」
「でもね、君は別。君は綺麗だ。……君は、選ばれた存在だと思ったよ」
ぞっとするほどの“執着”を滲ませ、リカードはさらに語る。
「あの時の任務でね、クロノクレードの調査中に“敵の幹部”と出会ってさ……それはもう絶望そのものだった。風を操る奴だった」
声が徐々に熱を帯びていく。
「君のパパとママね、泣きながら細切れにされていったんだよ。……あれは、実に見応えがあった。録音しておけばよかったって、今でも後悔してるくらいさ。……ゾクゾクしたなぁ」
――ユリの中で、何かが壊れる音がした。
「でもさぁ、ひとつだけ心残りがあったの。君を連れて帰れなかったことだ」
「けどね、運命ってあるんだよねぇ……まさか君の方から来てくれるなんて! ……嬉しくて、涙が出るよ」
リカードは両手を広げて、ゆっくりと歩み寄る。
「さぁ、こっちへおいで。いっぱい可愛がってあげる。君だけが、私の“特別”なんだから――」
――だが。
ユリの身体は動かなかった。
両親の死の真相。それを楽しげに語るこの男の声。
心が、沈み込む。
動けない。膝が震える。
絶望が彼女を支配する。
⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻
息を切らして駆けつけると――
ドゴォン!
再び、連続する爆発音が響く。
「クソ……!」
焦り。不安。恐怖。
――今度こそ、ユリを失うかもしれない。
両親、祖父母、村の人々……
自分が大切に思う存在は、いつも置いていってしまう。
取り残されたのは、無力な自分だけだ。
あの時、こうしていれば――
何度も後悔してきた。
もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
焦燥がケイの思考を支配する。
呼吸は乱れ、視界が歪む。
門の前まで来ているのに、足が動かない。
その時だった。
「ほら! 行くぞ?」
背中を、ドンッと叩かれる。
痛い。これで二度目だ。
「足を止めんな! 守りてぇもんがあるなら、自分で動け!」
横に立つシンが、まっすぐに叫ぶ。
「お前にだってあるだろ? これだけはってやつが!
守れるかどうかなんて、動いてみなきゃわかんねぇ!
――ほら、ついてこいよ! 俺がその一歩、押してやるからよ!」
再び、背中を張り手で叩かれる。
その一歩が、ケイの心を押し出した。
ケイは足を踏み出す。
⸻
塀の裏にある細い亀裂へと、シンが案内する。
ここから屋敷に忍び込み、物資を届けていたらしい。
音のする方向へ向かって走る。
屋敷の中。
男が両手を広げ、ご機嫌で何かを演説している。
その視線の先には――
涙を流し、心ここにあらずといった表情で座り込むユリの姿。
その瞬間だった。
ケイの中で、黒い感情が爆発する。
怒り。憎悪。喪失。
それらが魔力に変わり、身体の中を駆け巡る。
――狂化。
(ああ……わかった気がする)
この魔法の正体はきっと――
この、狂うほどの怒りそのものだ。
黒い双剣を両手に生成し、男の背後から一気に距離を詰める。
「ユリを泣かすな! この馬鹿野郎が!」
斬撃を三度、怒りのままに叩き込む。
直後、男とケイの間で爆発が起き、二人は吹き飛ばされた。
立ち上がり、睨み合う。
「なんなんだ、君は……!
私とユリの時間を邪魔して……ッ!
私はこの国の王だぞ!
タダで済むと思ってんのかァ!?
ガキども全員、皮剥いで見せしめにしてやる!!」
――さっきまでの紳士的な笑顔は消え、
まるで駄々をこねる子供のように怒り狂う男。
(こいつ……自分の魔法で自傷してる?)
爆破魔法は強力だが、自分にもダメージが入っているらしい。
(なら……距離を詰めきれれば――!)
ケイは再び狂化を上げ、咆哮するように地を蹴った。
全身に走る激痛を振り払うように、ジグザグに突き進む。
ドゴーン!
一発目。かろうじて躱す。
ドゴォン!
二発目。肩が焼けるように熱い。掠った。だが、止まらない。
足元に火花が散る――
(……やば――)
ドゴォン!!
爆発。
視界が白く弾け、鼓膜が焼ける。
空中で身体がねじれるように吹き飛び、石畳に叩きつけられる。
激痛が全身を貫く。
肺に空気が入らない。
骨が、どこか折れた。
手足がバラバラのように感じる。
(……クソッ……強い……!)
完全に爆破地点へ誘導された。
動きは見られている。
戦い慣れている。
自分じゃ、敵わないかもしれない。
でも。
(――ちがう)
意識の奥に、誰かの手のひらを思い出す。
荒くて、痛くて、でも温かかった。
(……あの背中を、叩いてくれた手……)
その感覚だけが、体を動かした。
「まだ……終わってねぇ……ッ!」
ケイは、血まみれの体を無理やり起こし、狂化をさらに引き上げる。
黒い双剣が、呻くように魔素を撒き散らす。
ボロボロでもいい。
立てばいい。前に進めばいい。
ドゴォン!
爆破。かわした。
フラつきながらも走る。
ドゴォォン!!
掠めた。脚の感覚が薄れる。
でも、止まらない。
その時――
ユリが放った狙撃弾が、男の肩をかすめる。
「ッ――!」
男の爆破のタイミングが、わずかにずれた。
ドゴォン!!
地面が砕け、火花が舞う。
その中を――ケイは、叫ぶように踏み込んだ。
(今だッ!)
だが、男の顔が――笑った。
誘導だ。
(しまっ――)
その瞬間。
「クソ野郎が地獄に落ちやがれぇ!!」
背後から、シンが男に飛びかかり、羽交い締めにする!
「てめぇが王? 聞いて呆れるわ!!」
男が咆哮と共に身体強化でシンをふりほどき、拳で殴り飛ばす。
そのまま振り返り、手を翳す――が、
遅い。
目の前に、ケイの黒い双剣がある。
「……っらぁああああああああああ!!!!!」
斬撃。斬撃。斬撃。
怒りの全てを叩きつけるような、連続の剣舞。
肉が裂ける。
血飛沫が爆ぜる。
狂化で強化された剣が、容赦なく男を切り刻む。
「てめぇなんかに……!
ユリを、町を、あの人たちを、穢させてたまるかよッ!!!」
最後の一撃を、真上から叩き込むように振り下ろした。
静寂が戻る。
赤黒い血が、石畳に滴る。
男の体は膝をつき、ガクンと崩れ落ちた。




