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第6話 『希望の砦という名の牢獄』

二人は村人を埋葬した。

言葉は交わさなかった。

ただ、重苦しい空気と、それぞれの胸に残った後悔だけが、その場に漂っていた。


埋葬を終え、簡素に並べられた墓の前で手を合わせる。

ふと視線を横に向けると、ユリの表情が目に入った。

それは――心の奥底から、誰かに詫びているような顔だった。


(……やめてくれ。謝るのは、俺の方だろ)


誰よりも前線で戦っていた少女に、責める言葉などあるわけがない。


助けられなかった。動けなかった。

俺は――クソ野郎だ。


そっと祈りを捧げ、乗り物へと乗り込む。


この村のことは、きっと忘れない。

忘れてはいけない。

そう、心に深く刻んだ。


--------------


村を出て三日。

明らかな変化があった。


ユリが、俺に特訓をつけてくれるようになったのだ。

移動の合間とはいえ、確実に――俺は前よりも強くなっている。そう信じたい。


……ドン!


ケイが地面に倒れ込む。


食後のトレーニングは、いつもユリに投げ飛ばされて終わる。その繰り返しだ。


「さあ……あと一度だけやりましょう」


息一つ乱さず告げるその姿は、まるで鬼教官にしか見えない。


(ちょっと可愛い気もするけど……鬼だな)


仕方なく立ち上がる。

体の内側に魔素が巡るイメージを広げ、集中する。


ーー《強化》!


あの村での出来事以来、確かに俺の“強化”は、明らかに向上していた。

けれど――


「うぉぉぉぉっ!」


……ヒラッ。


渾身の一撃をかわされ、次の瞬間には空を舞っていた。


「だから言っているでしょう? あの時のように双剣を持って《強化》を使ってください、と」


不機嫌そうに言い放つユリ。


だが俺には、魔物を殴り飛ばした時からの記憶が、曖昧で……ほとんど残っていない。

やれと言われても、どうやればいいのかすら分からない。


でも――

魔物を殴り飛ばせた“感覚”だけは、確かに残っていた。


だから、もう二度と動けない自分に戻らないために。

俺は弱音を吐かずに、続ける。


--------------


四日目の朝。

景色の中に、少しだけ緑が混じり始めた。


地図を確認すると、次の目的地には《希望の砦》と記されている。


けれど、俺たちの目の前に現れたのは――

砦ではなかった。


まるで、西部劇にでも出てきそうな、風にさらされたさびれた町。


看板には、こう書かれていた。


《カントリーシティ》


希望の砦、というには程遠い。


地図が古いのか、それともこの町が変わってしまったのか。

どちらにせよ、目的地として記されている場所に“何か”が残っているだけでも、今はありがたい。


町の外れに魔導車を隠し、俺たちは慎重に中へと足を踏み入れた。



二人は地図を見返した。

……おそらく、ここが目的地で間違いない。


地図が作られた年も分からない。

だが、町が地図通り存在していただけでも、今は感謝すべきだろう。


町の外れに魔導車を隠し、二人で中へ入る。


今まで訪れた町とは違い、町の境界には結界が張られており、人の姿も多い。

わずかながら活気も感じられた。


俺たちは、町の中央を目指して歩き出した。


周囲を見回しながら、ふと思う。

自分のいた街とは、まるで違う。


ビルも、鉄筋の建物もない。

騎士団の管轄外と内では、文明レベル差に驚く。


そのとき、ユリがそっと俺の腕に寄り、小声で囁いた。


「……裏路地の方から視線を感じます。

よからぬ連中かもしれません。あまり離れないでください」


鬼教官の命令は絶対。

決して、彼女の距離が近づいて嬉しい――なんて下心ではない。……たぶん。


ちょっとだけ言い訳しながら、俺はそっとユリの横に並んだ。


町の中央に着くと、大きな建物が見えてきた。

門構えからして、ここがこの町の権力者の屋敷だとすぐに分かる。


他にあてもない俺たちは、門をノックした。


……しかし、反応はない。


何度か声をかけてみるが、やはり返答はなかった。


ため息をついたユリが、ポケットから魔導車の起動キーを取り出して、俺に手渡す。


「少し中の様子を探ってきます。

ここで大人しく待っていてください」


「え、それって不法侵――」


止める間もなく、ユリは風魔法でふわりと舞い上がり、そのまま塀を越えて消えた。


……仕方ない。

せめて怪しまれないよう、門の前で気の抜けた“モブ”の立ち姿を作る。


モブ力には自信がある。いじめられ経験者を舐めてもらっては困る。


そんな自虐を胸に抱きながら立っていると――


「おっと、わりぃ!」


誰かの肩がぶつかった。

振り返ると、申し訳なさそうに青年が走り去っていく。


……その瞬間、気づく。


(起動キーが、ない!)


反射的に身体が動いた。


ーー《強化》!


特訓の成果か、以前よりはるかに動けるようになっていた俺は、青年との距離を一気に詰める。


だが相手も地元民。

抜け道や路地を巧みに使い、こちらを撒こうとしてくる。


それでも、諦めるわけにはいかない。

必死に食らいつく。


そして――目の前に、ガタイのいいチンピラたちが立ちはだかった。


四人、いや五人はいる。


青年は軽く合図を送り、その背後をすり抜けて逃げていく。


(足止め、か……)


案の定、チンピラたちがこちらに立ちはだかる。


拳を握りしめ、俺は深く息を吸った。



ーーー



その頃。

屋敷に潜入したユリは、警備らしき者たちに見つからぬよう慎重に敷地内を進んでいた。


“警備らしき”と呼ぶしかないのは、彼らの雰囲気があまりに異質だったからだ。

装備こそそれらしいが、態度も顔つきも荒く、ユリの知る兵士とはまるで違う。

どちらかといえば、ならず者――いや、ただの悪党そのものだった。


(……やはり、普通の町じゃない)


ユリは物音ひとつ立てぬように動きながら、敷地内の建物の一つへと接近する。


そして、窓から中を覗いた瞬間、思わず奥歯を強く噛みしめた。


そこでは、子どもたちが首輪をつけられ、まるで道具のように作業をさせられていた。


中央のテーブルでは、男たちが酒を酌み交わし、笑い声をあげている。

腰には鞭がぶら下がり、何に使われているのか想像するまでもなかった。


(……クズどもが)


胸の奥が怒りで熱くなる。だがユリは、すぐにそれを飲み込んだ。

自分は騎士団。無謀な正義感で飛び込んではいけない。

助けたいと願う気持ちと、実際に助けられる力は、いつも等しくあるとは限らない。


(まずはケイと合流を――あの子を放っておくのも危ない)


屋敷の裏手に戻り、塀を越える直前――


門が開き、一人の青年が荒い息を吐きながら飛び込んできた。

それを見ていた警備らしき男たちが駆け寄り、問いただす。


「おいテメェ、今日こそ金用意できたんだろうなァ!」


青年は後ろから蹴りを入れられながら、痛みに顔を歪めつつ建物の中へと押し込まれていった。


その間に、ユリは警備の視線が逸れた隙をついて、塀を越えて外へ出た――。


――――――――――――――


一方その頃。


ケイの前に、ガタイのいいチンピラたちが立ちはだかっていた。


勝てるわけがない。頭ではそう理解していた。

だが、ケイは不思議と冷静だった。


(……怖くないわけじゃない。けど……)


ここ最近、自分が対峙してきた“敵”は、こんなチンピラとは比べものにならないほどの殺意と理不尽を持っていた。


ーー《強化》


イメージは、何度も模擬戦をした“鬼教官”の教え。自分の中にある魔素の流れを意識して――


一人のチンピラが、ケイの襟元を掴もうと腕を伸ばしてきた。


(……遅い)


思考速度が上がっている。

反射も鋭くなっている。

強化の感覚が、体の中でしっかりと根を張り始めていた。


ケイはその手をいなすと、肩を回し込むようにして相手の体を投げ飛ばす。


ドスン、と重い音が響き、チンピラが地面に叩きつけられ、呻き声を上げた。


すると、残った中で一番大柄な男が魔法の構えを取り始める。


(やばい……)


ケイは反射的に地を蹴った。


腹部を狙い、全力で拳を叩き込む。


ゴッ、と鈍い音と共に、男が膝をついた。


(……少し、わかってきた)


全身を一度に強化するのではなく、“必要な部位”だけに集中する。

それだけで、魔素の巡りが驚くほどスムーズになる。


だが、残る二人のチンピラが、後ろからケイを押さえ込んだ。


「っ……!」


地面にねじ伏せられ、身動きが取れない。


(また……! また動けないのか……!)


その瞬間——


パンッ、パンッ、と風を切る乾いた音が鳴り響き、ケイを押さえていたチンピラたちが崩れ落ちた。


目を見開いたケイが見上げると、そこには——


息を切らせたユリが立っていた。


「……間に合った」


ユリはこちらへ駆け寄ると、少し肩で息をしながら言った。


「……なぜ、“じっとしていてください”とお願いしたのに。少し目を離すと、子どものようにどこかへ行ってしまうんですか? それも、よりによって……」


周囲の倒れたチンピラたちを見回し、溜息をつく。


俺は急いで事情を説明する。

魔導車の起動キーを青年に盗られたこと。

追いかけたが、足止めをされたこと――。


話を聞き終えたユリは、しばし考え込み、それから静かに言った。


「そうですか……ケイさんが無事でよかったです。キーの在り処には心当たりがありますが、少々面倒ですね」


そう言って少し遠くを見つめた後、今度は彼女が屋敷で見た出来事を語り出す。


中でも、屋敷に逃げ込んできたあの青年の特徴を聞いた瞬間、ようやく俺も状況を把握した。


(……まさか、あいつが。いや、そうだよな。だからこそ、屋敷に逃げ込めたんだ)


盗まれたキーの奪還。

それに、次の目的地までの食料確保――。


町に来た当初より、状況は遥かに悪化していた。


幸い、あと二日分ほどの食料は残っている。


俺たちは、まず町の全体像を把握するために、情報収集を兼ねて町を歩くことにした。



屋敷へと続く大通りを外れ、裏通りへと入った瞬間。

空気が変わった。


表通りの賑わいとは打って変わって、そこはまるでスラムだった。


地面には散乱するゴミ。

壁に背を預けてうずくまる者。

物乞いのように手を伸ばす影。


(……同じ町、とは思えない)


俺が言葉を失っていると、ボロボロの格好をした老婆が声をかけてきた。


「お二人さん……危ないよ? 悪いことは言わん、この町から出なされ……」


その目は、俺たちを本気で心配している優しさを湛えていた。


ユリが一歩前に出て、静かに名乗る。


「私は騎士団です。……訳あって、この町に立ち寄ったのですが、どうしてこんな状態に?」


その瞬間だった。


老婆の瞳から、優しさが消えた。

代わりに現れたのは、憎しみと怒りに満ちた表情。


「騎士団……? 忌々しい、あんたも“あいつ”と同じかい。

今度は何を奪っていくつもりだい……あんたらのせいで、私の旦那は……返してよ……返しておくれよぉ!」


叫びはやがて嗚咽へと変わり、老婆はその場に力なく座り込む。


その様子に反応したかのように、周囲の浮浪者たちがこちらへと集まり始める。


「俺の娘を……!」

「家族を返せ……!」

「お前ら、何様のつもりだ!」


怒号が飛ぶ。罵声が飛ぶ。拳が震えている者さえいる。


ユリは、何も言わなかった。

言えなかった。


うつむいたまま、じっとその場に立ち尽くしている。


その姿を見て、俺の中で何かが切れた。


「……うるせぇよ」


自分でも、声が出た瞬間に驚いた。

喉が焼けるように熱くて、胸の奥がグラグラと煮えたぎっていた。


「ユリがどれだけ……どれだけ立派で、必死だったか……知りもしねぇくせにッ!」


拳が震える。

怒りなのか、情けなさなのか、自分でも分からなかった。


「騎士団ってだけで……あの人を責めんじゃねぇよ……!名前だけで、十把一絡げにして……!」


胸に押し込めていたものが、堰を切ったように溢れた。


「ユリは、自分の体を盾にしてでも、誰かを守ろうとする奴なんだ……!

 あんな地獄の中で、俺のこと……俺なんかのこと、命懸けで助けに来てくれたんだぞ……!」


目の前の誰かがたじろいだのが見えた。でも関係なかった。


「その人に、何も知らねぇくせに罵声を浴びせて……囲んで……それってただのいじめじゃねぇかよッ!」


心臓がうるさいほど高鳴っていた。

喉は枯れ、膝は震えていた。

それでも、ユリを傷つける声にだけは、耐えられなかった。


……その時、場の空気が変わった。

人々の目が、一瞬にして覚めたように揺れ動く。

怒号が止み、誰もがユリを囲っていた自分たちの姿に気づいたようだった。


ユリが顔を上げる。

静かに、けれど確かに声を放った。


「……どうか、教えてください。

 なぜそこまで騎士団を憎んでおられるのか、理由を聞かせてください……」


しばらくの沈黙ののち、ぽつりぽつりと、誰かが語り出す。



約七年前のこと。


この町の入口で、一人の男が倒れていた。

町の人々はその男を救い、手当てをした。


命を取り留めた男は、騎士団の一員だった。

ある任務の最中に仲間を全て失い、命からがら逃げてきたという。


町民の暖かさと治療の甲斐もあり

男はすっかり回復し、この町に住みたいと言い出した。


町の人々は、男を快く受け入れた。


男が町人になってから2年程経った頃

町の防衛に必要な結界装置が故障するという事件が起きた。

人々は絶望した。

それは、魔物の侵入を防げなくなるという“死の宣告”だった。


しかし、あの男が――


壊れた装置と自身の魔法を合わせ、結界を再構築してみせた。


町の人々は歓喜した。

男を、英雄と称えた。


だが、それが地獄の始まりだった。


力と崇拝を手にした男は、やがて「支配者」へと変貌していった。


逆らった者には、凄惨な“見せしめ”が行われた。


ある男は、妻と娘の目の前で片腕を切断された。

悲鳴を上げる妻は、裸にされ、両手を縛られ、屋敷の門に吊るされた。


ある少女は、男の命令に背いた罪で真冬の結界外に磔にされた。

朝には凍った遺体が氷像のように晒されていたという。


ある若者は、反抗の意志を見せただけで、家族の命と引き換えに自ら結界の外に投げ出された。


「魔物に喰われる前に死ねればマシだな」と言い放たれながら。


それでも、誰も反旗を翻せなかった。

なぜなら――男が死ねば、結界が消えるからだ。


この町は、支配者の命で成り立っている。

だからこそ、死ぬことさえ許されず、抗うことすら絶望となる。



今も多くの家族が人質に取られている。


そして、誰も逆らえない。

たとえ殺せたとしても、結界が消えれば町は魔物に飲まれる。


逃げ場のない、詰みの状況。


――それが、この町の現実だった。



話を聞き終えた俺たちは、言葉を失っていた。


あまりにも、理不尽で。

あまりにも、残酷だった。


(……どうして、世界はこんなにも……)


ユリは、目を伏せたまま動かない。

ただ、拳をぎゅっと握りしめていた。

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