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第4話 『流刑者の村』

二人は、騎士団の保護地域に入るため、近くの村を目指していた。

目的は、近隣の状況確認と物資の補給。


周囲は相変わらず、どこまでも広がる砂漠。

あのロボットが言っていた通り、魔物の姿はない。

生き物すらほとんど存在しないため、魔素が薄く、魔物も寄り付かないのだろう。


だが、その静けさが喜ばしいかと言えば、答えは難しい。

砂漠の陽光は、容赦なく肌を焼くような暑さで照りつけていた。


運転をしているのはユリだ。

手慣れた動きで魔導車を操る姿に、不安は感じない。


当然だった。

俺には、この魔力で動く乗り物を扱うことができない。


かと言って、横でただ座っているだけでは気まずい。

せめて何か役に立とうと、地図を穴が開くほど、じっと見つめていた。

彼女の頭にはすでにルートが入っているので、本来必要ない行為だが——

それくらいしか、俺にできることはなかった。


話しかけようと思っても、言葉が続かない。

下手に口を開けば、ネガティブなことを言ってしまいそうで——

結局、黙って地図を見るだけになる。


そのとき、乗り物がゆっくりと減速した。


「着きました……」


ユリの声と共に、彼女の顔に疲れの色が浮かんでいた。


地図に記されていたこの村の名前は——《流刑者の村》。


名前からして、明らかに物騒だ。

もちろん、ここに立ち寄るかどうかは事前にユリと話し合った。

だが、今ある水の備蓄量と、次の街までの距離を考えると——

リスクを冒してでも、ここに寄るしかなかったのだ。


警戒心を強めながら村の入口へと足を進める。

“流刑者の村”という名前が示す通り、何が起きても不思議じゃない場所だ。そう思っていた。


だが——


その警戒が馬鹿らしく思えるほどに、村は穏やかだった。


広場では、子どもたちが無邪気に走り回っている。

黄色い声が砂の上を跳ね、笑顔が夕焼けに映えて揺れていた。


その中のひとり、まだ幼さの残る少女がこちらに気づき、ぽかんと目を見開いた。

手に持っていたボールが、転がり落ちる。


「人だーーー!!」


次の瞬間、広場にいた子どもたち全員がこちらに駆け出してくる。

目を輝かせ、まるで新しいおもちゃに出会ったかのような無垢な笑顔で。


「ねぇねぇ、どこから来たの!?」

「騎士団ってほんとにいるの!?」

「魔法使える!?」


一斉に飛んでくる質問に、ユリは少し戸惑い気味だった。

苦笑しながら、俺が子どもたちをなだめる。


「大人の人に会わせてくれないか?」


そう声をかけると、先ほどの少女がパッと笑って、俺の手をぎゅっと握った。


「こっち!パパとママがいるよ!」


引かれるままに歩いていくと、村の裏手に広がる農地が見えてくる。

大人たちは農具を手に作業していたが、俺たちの姿に気づくと、次第に集まり、小声で何やら話し合っている。


やがて、その中の若い夫婦がこちらへと歩いてきた。


「パパー!ママー!」


少女が嬉しそうに叫び、2人のもとへと駆け寄る。

その様子は、あまりに自然で、あまりに平和だった。


——だが、夫の方は俺たちを見るなり、声を落として問いかけてくる。


「このような辺境の村に、何の御用で……?」


その声音には、警戒と戸惑いが滲んでいた。


ユリが一歩前へ出て、落ち着いた声で答える。


「私たちは、騎士団の保護地域を目指しています。

途中で水が足りなくなる恐れがあり、周辺の状況も確認したくて……」


話を聞いた夫婦は顔を見合わせ、やがて少し表情を緩めた。


「そうでしたか。でしたら……立ち話もなんですし、もうすぐ夜になります。

よければ今夜は、我が家でお休みになりませんか?」


「この子も、きっと喜びますし」


その言葉に、少女の顔がぱっと花開いたように輝く。

跳ねるように嬉しそうに笑って、俺たちの手を引こうとする。


——その笑顔に、俺はつい頷いてしまった。


ありがたい申し出だ。

迷う理由もない。


俺たちは、素直にその好意に甘えることにした。


--------------


家の中では、少女と遊びながら、久しぶりに笑顔を交わしていた。

夕飯の頃には、どこか懐かしい匂いと共に、素朴だが温かい料理が並ぶ。

皿を囲む時間さえ、まるで本当の家族のようだった。


食後、少し落ち着いた頃。

父親がぽつりと呟くように話し出した。


「……ここに客人が来るなんて、生きてる間にあるとは思いませんでしたよ」


その口ぶりに冗談めいた調子はあったが、言葉の奥には本音があった。


それだけ、この村が外の世界から遮断されているということなのだろう。

俺は気になっていた疑問を、そのまま口にした。


「なんで、この村は“流刑者の村”なんて名前なんですか?

 ……そんな物騒な名前、ちょっと気になってて」


“流刑者”という言葉が指すものは重い。

犯罪を犯した者の末路のような響き。

けれどこの村は、俺がいた街よりも、よほど穏やかで、温かかった。


すると妻の方が、静かに答えた。


「私たちの祖先が、昔、何か大きな罪を犯したらしいんです。

それが理由で、代々この地で暮らすようになったと聞いています。

詳しいことまでは……わからないんですけど」


ユリが眉を寄せて、穏やかに問いかける。


「でも、その罪はあなた方自身のものではないでしょう?

だったら……騎士団の保護地域に移住するという選択肢は?」


夫婦は少しだけ驚いたような表情を浮かべ、互いに視線を交わした後、夫が答える。


「……保護地域ですか。

いえ、それは無理なんです。

僕たちは……魔法が、うまく使えないんですよ」


「守る力も、戦う力もない。

それに、ここは幸いにも魔物が出ません。

だったら、この村で暮らし続ける方がいい、そう思っているんです」


その言葉が、心に突き刺さる。


(……俺と、同じだ)


魔法が使えない。

そのことで無能扱いされ、存在を否定されてきた。


けれどこの村では——誰も、そんなことを気にしていなかった。

無理して背伸びをする必要もない。

ただ、生きていることを許してもらえる。

そんな場所が、本当にあったなんて。


(……ここに、残るっていうのも……)


自然と、そんな考えが浮かんでくる。

ユリに迷惑をかけ続けるよりも、ここにいた方が……

そんな思いだけが、次から次へと溢れてくる。


すると、少女が大きなあくびをした。


「ふぁ……」


眠そうに目を擦る姿に、母親が柔らかく声をかける。


「もう遅いものね。さ、そろそろ寝ましょうか」


だが少女は母の手を払って、ふくれっ面で叫んだ。


「おにーちゃんとおねーちゃんと寝るー!」


頬をぷくっと膨らませて、腕を組む。


その姿に、家族が思わず笑った。


……まあ、そのくらいの恩は返さないと。


「わかったよ。じゃあ、今夜は一緒に寝ようか」


ユリと顔を見合わせ、どちらからともなく頷いた。


——この村に、もう少しいてもいいかもしれない。


明日、ユリに話してみよう。

この気持ちを、素直に。


そう思いながら、少女のぬくもりを感じつつ、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。


深い、静かな眠りへと——落ちていった。

--------------


寝ていると


ガンガンガンガン!


突如なる警告の鐘で飛び起きる

外から悲鳴が聞こえる‥


慌てて横を見るとユリの姿が無い

焦り外に飛び出す


そこに広がっていたのは昼間の暖かい雰囲気とは一変し地獄そのものだった


小型の犬型の魔獣が数十頭

ユリが広場で奮戦しているが魔獣は統率が取れているのか数匹がユリの足止めをし残りの魔物は人々を食い荒らしている


昼間見た子供や大人たちの遺体が転がっている


その光景に立ち尽くしていると


『危ない!』

ユリの声が響くのと同時に俺は突き飛ばされた


横にユリが倒れている


俺を庇ったのだと理解した


ユリを襲った魔物がこちらに唸りながら寄ってくる


恐怖のあまり呼吸すら出来ない


そのとき——。


「パパー!どこーっ!」


震えた声が響いた。


視線を向けると、さっきまで一緒に寝ていた少女が、家の影から出てきた。


頬は涙で濡れ、靴も履かずにふらふらと外へ出てくる。


やめろ。来るな。戻れ。


心の中で叫んでいるのに、喉が塞がって声が出ない。


そして——魔物が、彼女に気づいた。


ギラリと光る目。飛びかかるように地を蹴った。


(だめだ、間に合わない)


「た……すけて……おにーちゃ……っ!」


少女が俺に向かって、助けを乞う。


恐怖で顔を歪めながら、泣きじゃくるその小さな声が——胸に突き刺さる。


助けたい。助けなきゃ。走れ。手を伸ばせ。


(でも……体が、動かない)


足が鉛のように重くて、全く前に出ない。


目の前で、少女が噛み砕かれた。


鈍い音と共に、何かが潰れる音が響いた。

脳が、それを拒んだ。


「う、あ……ぁ……」


声にならない悲鳴が喉を焼く。


気持ち悪い。

気持ち悪い。

嘘だ、嘘だ、嘘だ。


こんな現実があっていいわけがない。

これは夢だ。悪夢だ。見てはいけない。

聞いてはいけない。


なのに目は逸らせなかった。

そこにあったのは、ついさっきまで手を引いてくれていた少女の、変わり果てた姿。


助けてほしそうにこちらを見ていたあの瞳。

伸ばした手。

あの声。


(助けられた。間に合った。なのに……動けなかった)


俺は……俺は——また、何もできなかった。


自分の無力さが胸を抉る。

憧れていた「幸せ」が、音を立てて崩れ去っていく。


(気持ち悪い……全部壊したい)


頭の中が、怒りで焼け焦げる。

世界そのものに対する呪詛のような感情が溢れ、理性を焼き尽くす。


ーー身体強化ーー


怒りが、爆発した。


その瞬間、視界が赤黒く染まった。

全身が焼けるように熱い。

魔物のニュースを見て飛び出した日よりも、遥かに強い“何か”が心を支配していた。


目の前で少女の亡骸に喰らいつく魔物を——殴る。


骨の軋む音。

肉が潰れる感触。

魔獣は数メートル吹き飛んだ。


だが——


まだ、起き上がる。


別の魔物が腕に喰らいつく。

だが、痛みは感じなかった。


怒りがすべてを麻痺させていた。


そのまま、腕ごと地面に叩きつける。


グシャリと嫌な音がした。


それでもまだ、蠢く。


(終わらせろ……)


(力が足りない……このままでは、また……)


憎い。

この力のなさも、世界も、運命も。


全部、憎い。


——その時、脳裏に浮かんだのは、夢で見た“十三の怪物”の一人。

闇のような、黒い双剣を振るっていたあの存在。


(俺も……)


腕に激痛が走る。

次の瞬間——


手の中に、黒い双剣が現れた。


目の前で呻いていた魔物を、迷いなく切り裂く。


刃が吸い込まれるように肉を断ち、魔物は地を這うように倒れた。


だが、それを見た他の魔物がこちらを包囲する。


もっと強く。

もっと早く。

もっと、もっと。


ーー強化ーー


視界が揺れる。

意識が遠のく。


(構わない……今は、それでいい)


ケイは、そのまま意識を手放した。


ーーー


「……お、ください……」

「起きてください……!」


微かな声が、深い闇の底から引き戻す。


ゆっくりと目を開けると、そこにはユリの泣き顔があった。


「このまま目覚めないかと……」


安堵と涙に濡れたその顔は、今までで一番感情に満ちていた。


ぼんやりと周囲を見る。


焼け焦げた地面。

倒れた村人たち。

そして——あの少女の亡骸。


(……夢じゃ、なかった)


痛みが、喉元から込み上げる。

怒りでも、悔しさでもない。

ただただ、取り返しのつかない現実がそこにあった。


ケイは力なくユリに手を伸ばし、彼女も静かに抱き寄せてくれた。


二人は、言葉もなく、その場に膝をついて——


ただ、安堵と悲しみを分かち合った。

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