第3話 『風神の舞』
「チッ……」
男は苛立ちを隠せず、短く舌打ちをした。
誰かが自分のおもちゃの一つを隠した。
探知魔法の反応は微かに残っている。
——どこかに隠されたのだろう。
だが、焦ることはない。
所詮は数あるおもちゃの一つ。
そのうち見つかる。
もし見つからなければ、隠した者を殺せばいい。
それだけのことだ。
男がそんなことを考えていると、兵士の一人が駆け寄ってきた。
「隊長! 魔物の包囲と安全確保、完了いたしました!」
兵士の顔は期待に満ちていた。
これから目撃する光景に、胸を躍らせているのが手に取るようにわかる。
「さぁ……行きますか」
隊長と呼ばれた男は重い腰を上げ、魔物の方へと歩き出した。
⸻
魔物と対峙する。
獣のような巨大な影が、彼を見下ろしていた。
比べるまでもなく、隊長の体は魔物に比べ小さい。
兵士たちの目には、彼がまるで取るに足らない存在のように映った。
魔物は唸り声をあげる。
「——グゥゥゥオオオオオオオオ!!!」
地面が揺れた。
木々はしなり、空気が震える。
恐怖に駆られた兵士の一部が思わず膝をつく。
中には気を失いそうになる者もいた。
そんな中、隊長はまるで退屈そうに肩をすくめ、
溜め息混じりに呟いた。
「うるさいねぇ、本当に……」
男が手をかざすと、空中に魔法陣が浮かび上がる。
次の瞬間——
扇子が、彼の指先に生まれた。
淡く輝く魔力の軌跡を纏いながら、
それはまるで舞踊の小道具のように 彼の手の中で軽やかに広がる。
隊長はゆっくりと扇子を開くと、涼しげにあおいだ。
ひと振り—— それだけだった。
その瞬間。
魔物の体に、鮮やかな裂け目が刻まれる。
「……ッ!?」
魔物が身悶えた。
巨体が軋み、苦痛にのたうつ。
二振り、三振り——
舞を踊るように扇子が舞うたびに、魔物の身体は切り裂かれていく。
血飛沫が空に舞い、地に降り注ぐ。
その様子は、まるで華やかな舞台の舞踊。
だが、それが生み出すのは美ではなく、死だった。
魔物はもがき、必死に立ち上がろうとする。
しかし——
「もういいだろう?」
隊長は 扇子を閉じ た。
ひゅ、と軽く回転させながら、天に掲げる。
そして、真下へと ひと筋の線を描くように 振り下ろした。
——刹那。
魔物の身体が、一瞬のうちに細切れになった。
「ッ……!!」
兵士たちは息を呑んだ。
巨大な脅威は、一撃の下に沈黙した。
彼らが目撃したのは、圧倒的な力の舞踊。
風すらも操る神技。
そう——
これこそが 次期総隊長候補 と名高い
別名 風神ハヤテ と呼ばれる隊長の実力だった。
沈黙が広がる。
——そして、次の瞬間。
「隊長ォォォォォ!!!」「すげえ!!」「やっぱりハヤテ様だ!!!」
兵士たちの歓声が弾けた。
熱狂的な歓声が響き渡る。
憧れの眼差しが、一斉に彼へと注がれる。
「俺もいつか、あんな風に……!」「いや、無理だろ……あれはもう、別次元だ……」
そんな兵士たちの声を聞きながら、隊長は 微笑んだ。
しかし—— その瞳は、どこか冷えていた。
「……さぁ、片付けようか」
何事もなかったかのように、彼は扇子を閉じ、腰へと収めた。
彼にとっては、ただの 「退屈しのぎの舞」 に過ぎなかったのだから——。