第2話 『終わりを待つ町』
二人は 砂漠の奥深く にひっそりと佇む町へとたどり着いた。
大きな町だった。
だが—— 人の気配がまるでない。
町の入り口には、砂に半ば埋もれた 石畳の道 が続いている。
かつては整然と敷かれていたであろうその道は、風に削られ、崩れかけていた。
建物の外壁は砂埃にまみれ、屋根の一部が崩れた家もある。
商店らしき建物には かすれた看板 がかかっていたが、何の店だったのかも判別できない。
しかし——
完全な廃墟、というわけでもなかった。
扉は閉じられ、窓は割れているものの、まるで「誰かが帰ってくるのを待っている」かのような気配があった。
「……気味が悪いな」
ケイは、静寂の中に潜む 何か に背筋が冷えるのを感じながらも、奥へと進む。
⸻
町の中心近くまで来ると、広場のような場所があった。
乾ききった噴水の跡。
かつては水が流れていたのだろうが、今はただの石の塊に過ぎない。
周囲には崩れかけたベンチが並び、その一つには 人の手で最近まで動かされたような痕 があった。
「……ここ、本当に誰も住んでないのか?」
ケイがぽつりと呟く。
ユリは少し考えたあと、通りの端にある 古びた看板 を指差した。
「見て、これ……」
ケイは近づき、看板に刻まれた文字を読む。
『終わりを待つ町』
「……なんだこれ、変な名前だな」
ケイは思わず眉をひそめる。
終わりを待つ町? 皮肉が効いてるどころじゃない。
むしろ、すでに終わっている町じゃないのか。
「何か、後ろに掠れた文字がある。でも、読めないわね……」
ユリが看板の裏をなぞる。
風化した木材の表面には、別の文字が薄っすらと刻まれていた。
だが、長い年月の影響か、掠れてしまっていて判読できない。
「昔の町の名前が書かれてたんじゃないか? その上から誰かが別の名前をつけたとか」
ケイは軽く受け流すが、ユリは何か考え込むように目を細める。
とはいえ、今は看板のことよりも 食糧と水 を探す方が先だった。
「……とりあえず、探索を続けよう」
⸻
町を進んでいくと、ところどころに 屋台の残骸 や 物資を積んでいたらしい木箱 が転がっていた。
商店街だった場所だろうか?
建物の壁には 「帰る場所」とでも言いたげな落書き が残っている。
(やっぱり……この町、ただの廃墟じゃない)
誰かがここにいて、そして、帰ることを願っていた。
けれど今は 誰もいない。
それが、どうしようもなく 不気味 だった。
「……食糧とかは、なさそうだね」
ケイが言うと、ユリが頷く。
「まあ、当たり前よね。人が住まなくなって、相当経っているみたいだし……」
そう言いかけた時——
ガシャン!!
突然、どこかで 金属がぶつかる音 が響いた。
——魔物か? 野盗か? それとも、クロノクレード……!?
瞬時に背筋が凍る。
ケイとユリは息をひそめ、警戒しながら音のした方を見た。
次の瞬間——。
「おや? もう人がいらしたのですネ!」
機械的な声 が静寂を破った。
拍子抜けしたケイが振り返ると、そこには 魔力で動くロボット が立っていた。
二足歩行の機械仕掛けの体に、単眼のカメラアイ。
関節部分には魔法陣の刻まれたリングがはまり、魔力の光がかすかに揺れている。
しかし、ケイが最も驚いたのは ロボットの言葉 だった。
「まだ、いささか早い気もしますが……」
まるで 「誰かが来ることを知っていた」 かのような口ぶりだった。
ケイとユリは顔を見合わせる。
ロボットはその反応を気にする様子もなく、機械的な声で続けた。
「とりあえず、ご案内いたしますネ♪ ササ、ドウゾドウゾ!」
まるで 観光案内でもするかのような口調 だった。
——どうする?
ケイとユリは警戒しつつも、ロボットの後を追うことにした。
もしかしたら 食糧があるかもしれない という、淡い期待を抱きながら——。
案内されたのはシェルターの様な場所だった
『私は食事をご用意させて頂きますのデお待ち下さい』
と言い残すとロボットは何処かへ行ってしまった
それを見送っているとユリが話す
『とりあえず食糧はありそうですね♪後道中には魔道式の乗り物もありました‥ですが日没も近いのでここで一泊してから明日行動しましょう』
彼女はご機嫌だった
いや‥‥わざと明るく振る舞っているのかも知れない
魔法が使えないのにも関わらず、見捨て無い彼女に申し訳なくなり、捨てられるまではせめて明るく接してみよう‥‥そう思った
しばらくすると美味しそうな匂いと共にロボットが帰ってくる
暖かいスープとパンだ
色々あり過ぎて疲れたのか‥‥はたまた誰かと食べる食事が久しぶりで嬉しかったのかわからないが夢中で食べた
ユリはそんな俺を見て少し呆れながら食事を食べる
動作の一つ一つから育ちがいいのがわかる
腹も満たされ‥
疑問をロボットに問いかける
『ここの町には人が居ない様だけどいつから居ないの?』
ロボットは食器を片付けながら答える
『これから皆さんがくるのですヨ
だから私は待ち続けていましタ‥‥
やっとあなたがが初めにいらした方々なので心は持ち合わせておりませんガ、人間様の尺度デ表すと感動という言葉が最適カト』
その言葉を聞いてケイは後悔した
明日には食糧と乗り物をもらってここから旅立つ‥‥
そんな事を切り出せる空気ではなくなってしまった
ユリは気まずそうな俺を見て話題を変える
『ここには結界が無い様だけど魔物は出ないの?』
確かにそうだ
今日砂漠を歩いているのにも関わらず
魔物にあっていない
ロボットは答える
『魔物は魔素の濃さにより現れるのです‥‥ここは砂漠‥生命ガ少ないのでおのずと魔素も薄いのです』
ユリが続け様に質問する
『町に人が居ない割には綺麗ですね』
俺は流石に気がついた
思わずユリを言いやがった内心でツッコム
ユリも俺の反応を見て口走ったと気がつく
思わず振った話題に自分で驚き口を手で塞ぐ姿は戦っている時の姿とは違い少女らしく可愛く思えた
ロボットはユリの質問をきき答える
『人々が来るこの日を待ちに待ちに待ちに待ちに待ちました‥‥今か今かと整備して過ごしてきました
ですので人間の言葉で言うなら感動!
そんな気持ちです‥まぁ心はありませんが』
そう言うとロボットが寝袋を取り出す
『本日はあまりに急な事でしたので、部屋を掃除しておりまセン‥‥ですので今日は寝袋でお願い致します』
そう言い残すとロボットはそそくさと何処かへ行ってしまった
それを見送るとユリが
『あなたが先に切り出し辛い雰囲気を出したんですからね?』
どうやら彼女は俺のせいにしたいらしい
まぁトドメを刺したのは間違いなく彼女ではあるが恩もあるしヤボなことはすまい
『とりあえず今日は休みましょう‥私が魔法で簡易結界を張っておきますので安心して休んで下さい』
そう言うと彼女はこちらに背を向け寝息を立てる
内心ではやっとツッコムが
ここでは一人で安全に眠る事すらできないのかと
直ぐに自虐をしてしまう
疲れていたのか直ぐに意識が遠のく
深い眠りに落ちる
⸻
夢を見た。
また、あの 十三の怪物じみた英雄たち と 人類の戦いの夢 だった。
人々が逃げ惑い、叫び、そして 祈っていた。
この町によく似た場所で、必死に何かに祈りを捧げている。
しかし—— 彼らが何を求めていたのか、ケイにはわからなかった。
⸻
夜が明ける。
目を覚ますと、ユリがすぐそばで座っていた。
「おはようございます」
微笑みながらそう告げる彼女の顔は、朝の光を浴びて、どこか神々しく見えた。
「おはよう……ござい……ます……」
しどろもどろになりながらも、ケイは反射的に返事をする。
彼女の眩しさに、今自分が置かれている状況を 一瞬だけ 忘れそうになる。
——だが、その束の間の静けさを破るように、
「おはようございまス!」
意気揚々とした声が響いた。
振り返ると、ロボットが駆け寄ってくる。
昨夜と同じ機械的な声—— だが、どこか 嬉しそう に聞こえた。
「昨晩ノ内ニ、家を片付けておきまシタ!」
「本日カラは、そちらで住めまス!」
誇らしげにそう告げるロボットの姿は、まるで 人の役に立てたことを心から喜んでいるかのよう だった。
(……感情なんて、ないはずなのに)
ケイは唇を噛む。
——言わねばならない。
今日は、旅立つ。
ここには留まらない。
言え!口を開けろ!声を出せ!
たった一言、それだけでいいのに—— 喉が詰まる。
だが—— その沈黙を破ったのは、ユリだった。
「申し訳ございません……」
優しいが、決して揺るがない声音。
「私たちは、騎士団とどうしても合流しなければなりません。だから、先に進まねばならないのです」
ロボットの 動きが止まる。
感情がないはずなのに——その沈黙は、まるで “悲しみ” そのものだった。
ケイは 目を逸らせなかった。
表情を持たないその機械は、悲しんでいるのか、それともそう見えるだけなのか。
ただ、どこまでも静かに、そして深く “何か” を受け止めているようだった。
ユリも、その様子を見て、これ以上は何も言えなくなったようだった。
静寂が流れる。
この町には、俺たちの言葉を聞くものは、もうロボットしかいないのに——
何も言えなくなるのは、どうしてだろう。
⸻
二人は町を出る準備をしていた。
背後に広がる 「終わりを待つ町」 を、振り返らずに歩く。
「お待ちくだサイ」
その時だった。
ロボットが、こちらへと駆け寄ってくる。
「お二人ハ……町を出られるのですネ」
まるで、“覚悟を決めた” かのような、落ち着いた声だった。
「……非常に、残念デスガ……昨日ハ、確カニ、“嬉しい” という感情を、感じた気がしまス」
——“感情を持たない” はずのロボットが、“嬉しい” と言った。
ケイは、ぐっと喉を鳴らす。
「ですので……私からの恩返しとして、“乗り物” と “数日分の食糧” を、お渡しさせていただきマス」
そう言いながら、ロボットは 大切そうに 小型の魔道乗り物のキーを差し出した。
“これが、ロボットにできる精一杯の餞別なのだろう” と、痛いほどわかった。
ケイは——とうとう、言葉を発した。
「……ロボットさんも、来ませんか?」
精一杯の声で、言った。
「俺たちと、一緒に……」
ロボットは、一瞬だけ動きを止める。
それから ゆっくりと首を振った。
「私は、“待つ者” デス」
「待ち続けるのが、“使命” デス」
「ですので……あなた方と共に行くことハ、出来ません」
「——あなた方ノ旅の安全を、祈っておりまス」
そう言い残すと、ロボットは 静かに町の方へと戻っていった。
ケイは、しばらくその背中を見つめていた。
何か言わなければならない気がした。
でも、何を言えばいいのかわからなかった。
ユリもまた、何も言えずにいた。
ただ、ロボットの足音が小さくなり、やがて消えるまで—— その場を動けなかった。
⸻
再び、町は静寂に包まれる。
“終わりを待つ町” は、また次の誰かが来るのを待ち続けるのだろう。
ケイは、ぎゅっと拳を握る。
(……また、“誰かを待ち続ける” んだな)
砂漠の風が吹き抜ける。
その風に押されるように、ケイとユリは静かに 次の町へと歩き出した。
誰もいない町に、ロボットを残して。




