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第1話 『囚われの夜』


男は焦っていた。


簡単な任務のはずだった。

魔物を捕獲し、さっさと騎士団の管轄外へ移動する。

騎士団の隊長格を相手取るのはリスクがある。

だからこそ、速やかに終わらせるべきだった。


しかし—— 二度も邪魔が入った。



一度目は、どこかの狂った老夫婦が魔物の出現と重なった。

逃げるどころか、大声で喚き散らしながら走り回ったせいで、すぐに騎士団が駆けつけた。

まぁ、最後には 惨めに泣き叫んで死んでいった から、それはまだいい。


問題は二度目の方だった。


よりによって、同じ幹部のお気に入りの“おもちゃ” に遭遇し、挙句の果てにぶちのしてしまった。


「ちっ、風帝の奴、またグチグチ言ってくるか……あー、マジでめんどくせぇ」


考えるだけで胃が痛くなる。


そんなことを考えていると、部下の一人が声をかけてきた。


「炎帝様! このガキども、どういたしましょう?」


炎帝 は、焦る部下を横目に 忌々しげに舌打ちをした。


「……その女は連れていく。殺したなんてバレたら俺が殺されちまう。あれは風帝のお気に入りの“おもちゃ”だからな。」


「では、男の方は?」


「そいつは要らんが……まぁ、一緒にいたし、一応連れて行くか。風帝は変わり者だからな。どこで因縁つけられるかわかったもんじゃねぇ」


風帝は、クロノクレードの五幹部の一人。

光と闇を除く 炎、水、地、風、雷 の 五属性 を司る幹部たちのうちの一人だ。


だが、その中でも 風帝は異質な存在だった。


掴みどころがなく、今は騎士団の隊長に成りすまし、内側から騎士団を好き勝手に操っているらしい。

次期総隊長候補に名前が挙がるほどの権力も手に入れているが—— 一体何を考えているのか、誰にもわからない。


「まぁ……どうせ計画が進めば、そんなことどうでもよくなるがな。」


炎帝はそう呟くと、部下たちに命じた。


「さっさと撤収するぞ! 騎士団が来る前に、捕獲は別の場所でやり直す!」


その号令とともに、彼らの姿は 夜闇の中へと消えた。


残されたのは 静かな月夜の静寂だけ だった。



目覚めると、そこは地下牢だった。


ひどく暗い。

かび臭い湿った空気が漂い、冷たい石の床がじかに肌に触れる。


横を見ると、例の騎士団の少女がいた。


彼女は、壁に背を預けたまま じっとこちらを見つめていた。


「……やっと起きましたね。」


かすかに安堵の滲んだ声だった。

だが、その表情には明らかに 自責の念 が浮かんでいた。


「申し訳ありません。私が……弱いばかりに……」


その言葉を聞き—— ケイは、いたたまれなくなった。


彼女が弱い? なら、俺は?


考えるまでもなかった。


この絶望的な状況が 自分の無力さ を 何よりも証明していた。


「落ち込んでばかりもいられませんね。」


彼女はふっと笑い、手を差し出した。


「私はユリ。……あなたの名前は?」

「……ケイ。」

言葉が喉につかえる。

それ以上、何も言えなかった。俺が名乗ったところで、何かが変わるわけでもないのに。


名前を答えるのが 精一杯だった。

今なら、すぐにでも ビルから飛び降りられる と思えるほど、自分自身に 絶望していた。


それほどに、無力だった。


だが、そんなケイに、ユリは微笑んで言った。


「ケイ、よろしくね。……まずはここから脱出しましょう。」


彼女は 慣れた手つきで、自分の手錠を外す。


—— 風魔法。


金属の錠が 音もなく解かれる。


彼女は 本当に囚われの身なのか?


一瞬そんな疑念が浮かぶほどに、彼女の動きは手慣れていた。


「……どうやって?」


そう尋ねると、ユリは目を細めてケイを安心させる様に微笑んだ



二人は、鍵がかかっていない牢獄に違和感を覚えながらも、警戒しつつ出口を探し始めた。


——こんなに簡単に抜け出せる牢獄があるか?

見張りもいない。

鍵も壊れていたわけではない。


まるで「逃げることを前提に作られた牢」のようで、どこまでも不気味な静寂が、薄暗い建物の中に広がっていた。


しばらく進むと、やがて光が差し込む扉を見つけた。

恐る恐るそれを開く——


そして、目の前の光景に、思わず息を呑んだ。


広がっていたのは、果てしない砂漠。


ケイは呆然と立ち尽くす。

眼前に広がるのは、見渡す限りの砂の海。


それを見て、ユリは静かに言った。


「……残念ながら、ここは騎士団の管轄外で間違いないでしょう。私の記憶では、管轄内に砂漠なんて存在しませんでしたから」


管轄外。


その言葉に、さすがのケイも事態の深刻さを理解した。


管轄外——それは、魔物や社会のルールに縛られない無法地帯。

そこでは「力」こそがすべてを支配する。


明日どころか、次の瞬間すら生き残れる保証のない世界。

自分とは真逆の、これまで一度も経験したことのない、理不尽な世界——。


「……ここにいても危険なままです」


ユリはそう言うと、迷いなく砂漠の中へと歩み始めた。


「……っ」


ケイも慌てて後を追う。


「ひとまず、集落か村を探しましょう」


集落か村——?


ケイは耳を疑った。


管轄外で人が生活している? そんなことがあり得るのか?


だが今は、ユリの言葉を信じるしかなかった。


「……どうやって探すんだ?」


そう尋ねると、ユリは少し誇らしげに足を止め、微笑んだ。


「いい質問ですね♪」


彼女は軽く息を整え、説明する。


「私の属性は風——といっても、ただ風を操るだけではありません。大気中の魔素を圧縮し、銃を作ったり、振動を利用して鍵を開けたり……用途はいろいろあるんです」


そう言うと、ユリは静かに目を閉じ、集中する。


次の瞬間——


風が巻き上がり、彼女の体をふわりと持ち上げた。


まるで羽根のように軽やかに舞い上がり、

風の流れを読み取る。


そしてそっと降り立ち、彼女は遠くを指差す


「……あの方角に、湿った空気を感じました」


「たぶん、水源がある。そこに向かえば、誰かが住んでいるかもしれない」



そう言うと、ユリはまた歩き出す。


その背中を見ながら、ケイは 劣等感 を覚えた。


魔法が扱える彼女。

どんな状況でも冷静に判断し、行動できる彼女。


対して、何もできない自分。


もし俺に魔法があれば——。


いや、違う。

魔法があろうとなかろうと、結局は自分の問題だ。


「……人として、劣っているのは俺の方なんだ」


考えれば考えるほど、自分の小ささを思い知らされる。


——そんなケイの顔を見て、ユリがふと口を開いた。


「あなたはどんな魔法が扱えるんですか?」


「……っ」


恐れていた質問。


きっと「使えない」と答えた瞬間、見捨てられる——

そんな考えが頭をよぎる。


くそ……俺は寄生虫か?

彼女に甘えて、しがみつこうとしてるのか?


歯を食いしばりながら、ケイは 重い口を開いた。


「……俺は、魔素を扱えないんだ」


「……え?」


ユリは驚いたように目を見開いた。


「身体強化は人より少しだけできる。でも、大気中の魔素をほとんど扱えないから……何かを出したり、操ったりはできないんだ」


ケイはそこで言葉を切る。

どうせ、これを聞いたら彼女の態度も変わる。


俺はただの足手まとい。

無能で、価値のない存在。


そう思った矢先——


「……妙ですね」


ユリが呟く。


「身体強化は人よりできるのに……大気中の魔素をほとんど扱えない?」


ユリは顎に指を当て、考え込む。


「普通なら、どんな天才でも 大気中の魔素を扱うのが大原則 なのに……」


彼女は何かを思いついたように、ふっと顔を上げた。


「……じゃあ、その身体強化、見せてもらえますか?」


「え……?」


「実際に見てみないと、わかりませんから」


ユリはケイに向かって手を差し出した。


彼女の恩義もあり、ケイは断ることもできず、仕方なく身体強化を発動する。


——瞬間、ユリの表情が変わった。


「……やっぱり」


彼女は不思議そうに目を細める。


「これは……普通じゃありませんね」


「普通じゃ、ない……?」


ケイが戸惑いながら尋ねると、ユリは慎重に言葉を選びながら続けた。


「……大気の魔素は、あなたにほとんど反応していない。でも、なのに——」


ユリはそこで言葉を切る。


「まるで、内側から出してるみたい……」


「……っ!?」


ケイは耳を疑った。


「ありえない……ですよね。でも……」


ユリは困惑したように呟く。


「普通、どんな天才でも 大気中の魔素を扱うのが大前提 です。けれど、あなたは違う。あなたは 大気中の魔素をほぼ使っていないのに、身体強化ができている」


しかしケイにはどちらでもよかった

多少の身体強化など誰でもできる

それが人より少し出来た所で魔法を使える奴らとの差が埋まるものでもない

正直魔素がどうこういった所でどちらでもよかった



ケイが考えていると、ユリが唐突に声を上げた。


「あっ、あそこに建物らしきものが見えますね!」


彼女は遠くを指差す。


「とりあえず、考えてもわからないことは後回しです。騎士団の保護下に戻れたら、ちゃんと調べてみましょう。……さぁ、干からびる前に向かいましょう」


そう言うと、ユリは歩みを早めた。


——考えたところで、俺は変わらない。


どうせ、今の俺はただの「無力な人間」だ。


ケイは自嘲しながら、遠くに見える建物へと足を進めた——。

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