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プロローグ「雪のように」

雪が静かに舞い落ちる。

ビルの合間を通り抜け、無数の白い粒が、儚く消えていく。


ケイは、その光景を見ながらふと思った。

——俺も、このまま落ちたら、雪のように消えるのだろうか?


足元に広がるのは、暗闇に沈んだ街。

遠くで車のクラクションが鳴る。

ここは、ビルの屋上。


「おい、どうした? 早く飛べよ」

「まさか怖いのか? でも、魔法も使えないお前に価値なんてあるか?」

「もしかしたら、落ちた瞬間に覚醒するかもな?」


背後から笑い声が響く。

肩を押す手の感触。

足元がすくむ。


「……ごめんなさい」


声が震える。

頭では、ここから飛べば楽になれるとわかっていた。

けれど、踏み出す勇気も、拒む力も持たない。


ただ、不良たちの“おもちゃ”として、ここにいるだけ。

——そんな俺が、この世界で何を求めればいい?



「あら、おかえり。外、雪降ってたでしょ? 冷えたでしょうに」


台所から聞こえる、優しい声。

祖母が振り向き、にこりと微笑む。

「すぐご飯にするから、ちょっと待っててね」


ケイは、その背中を見ながら苦笑する。

何も聞かない。でも、すべてを察している。

そういう人だ。


「……お前、またか?」


祖父が渋い顔で新聞をめくる。

「いじめ?」と聞かれ、ケイはわざと笑ってみせた。


「いやいや、そんなワケないでしょ。友達と遊んでただけだって」


「雪の中で遊ぶって、お前……」


祖父が何か言いかけたが、ケイはすぐに踵を返して二階へ向かう。

——これ以上話せば、全部バレる気がした。



部屋に入るなり、カバンを放り投げる。

ベッドに倒れ込む。


「俺だって……」


俺だって、なんだ?

俺だって力があれば?

俺だって普通の人生を生きられたら?


——何度願っても、変わらないのに。


ぼんやりと天井を見つめる。

白いシミが広がっている。


静寂の中で、意識が沈んでいく。


そして、夢を見る。



戦場が広がっていた。


爆発。衝撃。崩れ落ちる建物。

剣が砕け、銃弾が飛び交い、魔法の閃光が空を焦がす。


それでも——勝てない。


人類の軍勢と、たった十三人の化け物たち。

戦いの結果は決まっている。


ケイは、その光景を知っていた。

何度も見てきた。


兵士が叫ぶ。

腕を失った男が地面を這う。

空を裂く轟音の向こうで、敵が笑っている。


その中で、ひときわ異質な影。


双剣の影が、戦場を駆け抜ける。


刃が閃き、風が切り裂かれ、空間ごと敵を断ち割る。

剣ではない。銃でもない。魔法でもない。

圧倒的な速度、異常な精度、流れるような動き。


ただの“強い敵”のひとり。

そう思っていたはずなのに、なぜか目が離せなかった。


それが何なのか、自分でもわからない。


「——やめろ……」


ケイは思わず声を漏らす。

何に向けた言葉なのかもわからないまま。


そして、戦争は終わる。

また、負ける。


ケイは、何もできないまま。

どうしようもないまま。

ただ見ているだけの自分が、心底嫌になった。


目を覚ます。


天井に、白いシミ。

ぼんやりと見つめながら、吐き気がこみ上げる。


「また……同じ夢だ」


重い身体を起こし、乱暴に顔を擦る。

疲れが抜けていない。全身がだるい。

それでも、学校へ行かなくてはならない。


ゆっくりとベッドから降り、制服に袖を通す。

階下へ降りると、祖母が朝食を用意していた。


「おはよう、ケイ。昨日はよく眠れた?」


「……うん」


適当に返事をして、席に着く。

目の前には温かい味噌汁と焼き魚。

けれど、食欲はなかった。


祖父は新聞を広げながら、ちらりとこちらを見た。


「今日は、早く帰ってこいよ」


「……わかった」


何気ない一言。

だが、それがどういう意味か、この時のケイは気づいていなかった。



学校に着くと、すぐにいつもの視線が突き刺さる。


「おっ、魔法なしの落ちこぼれが来たぞ」


「よく学校来れるよな、普通」


「もしかして、今日こそ覚醒するかも? 試してみる?」


くだらない嘲笑が耳を打つ。

ケイは無視した。ただ、無言で席につく。


教師も見て見ぬふり。

それが日常だった。


授業の間も、ケイはほとんど何も頭に入らなかった。

窓の外を見つめる。

降り続く雪を眺める。


ただ、耐える。


いつか、この街を出る日まで。



放課後、校門を出ようとした瞬間、背後から肩を掴まれた。


「なあ、ちょっと付き合えよ」


見なくてもわかる。いつもの連中だ。


校舎裏へ引っ張られ、囲まれる。

数人の不良たちがニヤニヤと笑っている。


「そろそろさ、本気で魔法使ってみろよ」


「いや、こいつにそんなもん期待しても無駄だろ」


「それじゃあ、飛べるか試してみる?」


ふざけた声と笑いが響く。

身体が引き倒され、地面に叩きつけられる。


痛みが走る。


それでも、ケイは何も言わない。

ただ、耐える。


「お前、ほんっとに無駄な存在だよな」


「まあまあ、いいじゃん。こうやって遊べるんだから」


その時だった。


「——ケイ?」


不意に、優しい声が聞こえた。


目を向けると、そこには買い物袋を下げた祖母と祖父が立っていた。


「……これは?」


祖母が驚いたようにケイを見つめる。

祖父の顔が険しくなる。


「お前ら、何してる?」


低い声が響いた瞬間、不良たちは気まずそうに笑い、

「別に、ふざけてただけっすよ」と言いながら去っていった。


沈黙が落ちる。


祖母は何も言わなかった。

ただ、悲しそうな目でこちらを見ていた。


それが耐えられなかった。


「……っ」


ケイはその場から駆け出した。


何もかも、嫌だった。



気がつけば、街の結界の前にいた。


外は、魔物が出る危険地帯。

けれど、どうでもよかった。


「……こんな世界、消えてしまえばいいのに」


呟いた瞬間、後ろから足音が聞こえた。


誰かが追ってきている。


不良たちか。

それとも、祖父母か。


わからない。


だが、それを確認することなく、ケイは結界の外へと走り出した。



森の中で足を止めた。


風が吹き、静寂が広がる。


「……俺、何やってんだ?」


我に返る。


何の目的もなく逃げたことに、ようやく気づく。


「どうせ死ぬ勇気もないくせに」


自嘲しながら地面に座り込む。


冷たい風が頬を撫でる。


落ち着いたところで、街に戻ることを決めた。



街の入り口に近づいた時、人だかりができていた。


騎士団の兵士が警備し、話し声がざわめく。


「また魔物が街の近くに……」


「老夫婦が……運が悪かったな……」


「結界を越えて外に出てしまったらしい」


足が止まる。


胸の奥が、ざわりと冷たくなる。


ゆっくりと人混みをかき分けると、そこには血の跡があった。


そして、倒れたケーキの箱。


潰れた生クリームの上に、かろうじて読める文字。


『ケイ、誕生日おめでとう』


世界が、音を失った。


ケイは、その場に立ち尽くした。


目の前の血まみれのケーキだけが、鮮明に映っていた。


――祖父母の葬儀は、淡々と終わった。


白い花が静かに祭壇に手向けられ、焼香の煙が細く揺れる。

喪服に身を包んだ人々が、形式的な言葉を交わす声が遠く響いていた。


ケイは、その中に立っていた。


何を言われても、何をされても、すべてがまるで別の世界の出来事のように感じる。

喉の奥が詰まるような息苦しさ。頭の中がぼんやりと霞んで、思考がまとまらない。


「……ケイくん、しっかりね」


誰かが肩に手を置き、慰めの言葉をかけてくる。

でも、ケイは何も返せなかった。


視線の先にあるのは、並べられた二つの写真。

そこに映る祖父母は、いつものように優しく微笑んでいた。


あの日と同じ、変わらない笑顔。

なのに、もう二度と声を聞くことはできない。


「……っ」


思わず、唇を噛み締めた。


焼香の匂いが鼻を刺す。

人の話し声がやけに遠い。


自分は今、どこにいるんだろう?

何をしているんだろう?


ぼんやりとした意識の中で、ただ手を合わせることしかできなかった。


祖父母の死に、意味なんてなかった。


全部、俺のせいだ。


俺があの場から逃げなければ。

俺がもっと強ければ。

俺が、落ちこぼれじゃなかったら——。


それだけで、祖父母は死なずに済んだ。


ずっとそうだった。

俺は何もできないまま、何も守れずに、ただ逃げてきた。


小さい頃から、俺は何をやっても人より劣っていた。

魔法が使えない俺は、ただの 「無能」 だった。


「お前、ほんと生きてる意味あんの?」

「こいつに魔素を分けるだけ無駄だろw」


無能な俺には、価値がなかった。


いじめられても、何も言えなくて。

誰かが助けてくれることもなくて。

だから、いつからか 「笑って誤魔化す」 ことだけを覚えた。


「いや〜、俺、人気者すぎるなw」


そうやって、強がって。


でも、本当は。


ずっと、怖かった。


あの屋上で、押されそうになった時も。

「飛び降りろよ」って言われた時も。


俺は、怖くて、震えて。

それでも、否定することもできなくて——。


結局、俺は逃げた。


俺だけが、逃げた。


祖父母が死んだあの日も、そうだった。


祖父母は、俺を追ってきたんだ。

あの結界を越え、魔物がいる危険な場所へ。

それを、俺は知っていたのに——。


「ケイ、待って!」


その声を、振り払ったのは俺だ。


振り向きもせずに、ただ、走った。


そして、次に振り返った時には、もう遅かった。


血が広がっていた。

焼け焦げた土。

ちぎれた布。

つぶれたケーキ。


ケーキの上には、白いクリームで書かれていた。


「ケイ、誕生日おめでとう」


その横で、祖母の手が、かすかに動いた。


——俺の名前を呼ぼうとしたのかもしれない。

でも、声にはならなかった。


俺が逃げたせいで、祖父母は死んだ。

俺が、俺が、俺が——。


俺だけが、生きている。


それが許せなかった。


それでも、何もできなかった。


時間だけが流れて。

日常だけが、何事もなかったかのように進んでいく。


俺だけが、そこで止まっていた。




朝、目を覚ます。


いや、本当に「目が覚めた」と言えるのか?

ただ、時間が過ぎていただけ。


何をするでもなく、何も考えず、ただ息をしている。


食事は最低限。

気が向いたら、近くのコンビニでパンやカップ麺を買って帰る。

それを無感情に口へ運び、またベッドに倒れ込む。


味なんてしない。


それでも、生きている。


「……俺は、何をしているんだ?」


呟いた声は、虚しく部屋に響いた。


答えはわかっている。


——逃げている。


何もかもが嫌になり、何もかもを投げ出したくなった。

いっそ、すべてをなかったことにできたら。


けれど、それも叶わない。


目を閉じるたびに、あの日の記憶が蘇る。


——潰れたケーキ。

——血の跡。

——「ケイ、誕生日おめでとう」の文字。


脳裏にこびりついた光景が、何度も何度も繰り返される。

そのたびに、心がすり減っていく。


そして、目覚めるたびに、自分を責め続ける。


どうして、俺は逃げたんだ?

どうして、あの時、踏みとどまれなかった?


祖父母は、俺のために死んだんだ。

なのに俺は、今日もこうして生きている。


何もせず、ただ無駄に時間を消費して。


「……生きている意味なんて、ないのに」



そんな時だった。


テレビのニュースが流れた。


「王都へ向かう輸送車両が魔物に襲われ、護衛の騎士団ごと全滅しました」


魔物の力が増している? 頻度が上がっている?


そんなこと、関係ない。


関係ない、はずだった。


なのに、手が震える。

胸の奥が熱くなる。

鼓動がやけに速い。


こいつらのせいで、祖父母は死んだんじゃないのか?


いや、違う。


そんなことは、わかってる。

でも、そう思いたかった。

そうでもしないと、俺は——


ふと——頭をよぎる


魔物さえ——この世界にいなければ。


そんな考えは、ただの逃げだ。


でも、逃げだとわかっていても、止まらない。

どうしても、頭の中に響く。


魔物さえ、いなければ。

魔物さえ、いなければ。

魔物さえ——。


こいつらのせいで、祖父母は死んだんじゃないのか?



あの時、もし魔物が現れなければ——?

俺が逃げなくても、祖父母は無事だったのか?


わからない。


でも、それでも——。


こいつらのせいにすれば、俺は救われるのか?


そんなの、ただの八つ当たりだ。

そんなことは、わかってる。


だけど、俺の中の怒りは、もう止まらなかった。


俺自身か?

魔物か?

それとも、こんな世界そのものに対してか?


「……くそっ」


拳を握る。


爪が食い込み、血が滲む。

それでも、痛みは感じない。


ただ、怒りがこみ上げる。


誰に向けた怒りなのかも、もうわからなかった。


気づけば、足が前に出ていた。


どこへ向かうつもりだったのか、自分でもわからない。

ただ、心の奥が焦げるような感覚がして。


気づけば、ケイはまた結界の外に立っていた。


どうやってここまで来たのか、記憶が曖昧だった。

でも、そんなことはどうでもよかった。


ただ、何かをぶつけたかった。


冷たい風が吹き抜ける。

足元の枯葉が風に舞う。

暗い森が広がる。

結界の光が届かない場所。


魔物の気配がする。


どうでもいい。


何もかも、どうでもよかった。


「……どうでもいい」


呟いた、その時だった。


「そんな顔をして歩いていると、本当に死んでしまうわよ?」


不意に、声がかかった。


ケイが振り向くと、そこには一人の女性が立っていた——。



気がつけば、結界の外へ出ていた。


思わず口にする。


「……くそっ」


何もかもがどうでもよかった。

怒りが、胸の奥で渦を巻いていた。

ぶつける先が、どこにもなかった。


だから俺は、結界の外に出た。

何がいるかも、もう気にせずに。


そんな俺を、静かな声が呼び止める。


「そんな顔をして歩いていると、本当に死んでしまうわよ?」


風に乗って、銀色の髪が揺れる。

その中で、彼女は俺を見つめていた。


まるで、不審者でも見つけたかのように。


「……なんなの? 夜の散歩にしては、ずいぶん物騒な顔してるけど」


俺より少し幼く見えるが、ただの一般人じゃないとすぐにわかる。

その立ち振る舞い、何より「隙のなさ」が違う。


『死んでしまう……か』


正直、それもいいかなと思った。

魔物に襲われたところで、復讐なんて叶うわけがない。

せいぜい、地面のシミが増えるだけだ。


あまりに滑稽な現実に、思わず笑いが込み上げる。


そんな俺を見て、少女は揶揄するように呟いた。


「まさか本当に自殺目的? ……勘弁してよ。これでも私は騎士団なの。

私の目の前でそんなことされたら、騎士団の評判に関わるんだけど」


言い返そうとしたが、何も出てこなかった。


彼女の立場からすれば当然だ。

だけど、まるで「死ぬことすら、お前には許されない」と言われている気がして——。


月夜の静寂が、二人の間の微妙な空気を物語っていた。


耐えられなくなり、俺は走り出す。


彼女が何かを叫んでいたが、もう聞く気はなかった。


行くべき場所は決まっている。


祖父母が亡くなった場所へ——。


息も絶え絶えに走り続ける。


祖父母が亡くなった場所に辿り着いた。


そこには、何もなかった。

血の跡すら、すでに雨に洗われ、薄れ、消えかけている。

花だけが、静かに手向けられていた。


だが—— 消えたからといって、なかったことにはならない。


何もないその空間に、脳裏が焼けるように過去の光景が蘇る。


——赤く染まった地面

——焦げた土の匂い

——引き裂かれた布、砕けた骨、血の匂い


そして—— 潰れたケーキ。


『ケイ、誕生日おめでとう』


脳裏に浮かぶ、あの日の光景。

足元に何もないはずなのに、そこにあるような錯覚。

目を閉じれば、そこに確かに広がっている。


喉が詰まり、息が苦しくなる。


——あの日、俺は逃げた。

——祖父母は、俺を追ってきた。

——そして、死んだ。


全て、自分のせいだ。


「……っ」


声にならない嗚咽が喉を締めつける。


その時——。


「ちょっと! 人の話、聞いてたの?」


突然、背後から声が飛んできた。


振り返ると、彼女がそこにいた。

まるで息を乱すこともなく、冷静な瞳でこちらを見つめている。


「ここ、最近魔物が出て危ないって言ったでしょ」


そう言いながら、俺の肩を掴む。

そして、俺の顔を見た途端、彼女の表情が一瞬変わった。


「……あなた、もしかして……この事件の——」


彼女の声が途切れる。


俺がここに来た理由を、悟ったのだろう。


だが、その会話が終わる前に——。


バチッ!


突如、鋭い音が響いた。


振り向くと、俺たちの来た方で 地面を裂くように稲妻が走る。

空気が震え、皮膚にチリチリとした違和感が広がる。


これは——魔物の出現の前兆。


思考が追いつくより早く、彼女が俺の手を引いた。


「走るわよ!」


言われるがまま、森へと駆け込む。

暗闇の中、ただ無我夢中で走った。


しばらくして、彼女が足を止める。


「まさか、こんなタイミングで魔物が出るなんて……。とりあえず、迂回して街に戻るわよ」


安堵が広がる。

命の危機から逃れたことで、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。


——だが、それがたまらなく 嫌 だった。


「……また、かよ」


胸の奥が、凍りつく。


祖父母を見捨てた時と、同じ感覚。

足が動かなかった。

声も出なかった。

ただ、また——俺は。


祖父母の時と同じように——。



「……放っておいてくれよ!」


思わず、声を荒げる。


珍しく出た威勢のいい言葉すら、あまりにチープで滑稽だった。


「——あのね。聞いてましたか? 人の話」


彼女は眉をひそめ、呆れたように言う。


「あなたにここで死なれると、騎士団の名誉に関わるの」

「あなたがどんな想いでここに来たのかはわからない」

「でも、ここで置いていく選択肢はないですから」


彼女の言葉はどこか 冷たく、それでいて優しさが滲んでいた。


——いや、それは俺の 勘違い かもしれない。

きっと、彼女は誰に対してもこうなのだろう。


その時——。


俺の荒げた声が静寂に響いたせいか、 森の暗がりから動く気配がした。


黒いローブに、同じ紋章が刻まれた男たち が、木々の間から現れる。

五、六人はいるだろうか。


敵か? 味方か?


——そんなことを考える間もなく、彼女が動いた。


まず、最も近くにいた男に向かい、一歩踏み込む。


その瞬間——空気が弾けるように揺れた。


掌底——。


ドンッ!


鋭い衝撃音とともに、男の体が 数メートル先まで吹き飛ぶ。


仲間がやられたのを見て、他の男たちが一斉に動く。


「お前ッ——!」


殴りかかってきた男の拳を、彼女は 片手で受け止める。


次の瞬間——。


ガチャッ!

彼女が拳を握ると、空気が揺れる。


何もなかったはずの空間から、銃が形を成していく。

風の粒子が集まり、組み立てられ、瞬時に機械へと変わる。


そして——


ドンッ!!


至近距離で炸裂した銃弾が、襲いかかってきた男を吹き飛ばす。


——彼女は 銃を生成している?


その事実に気づいたのは、次の瞬間だった。


二人がかりで捕まえようとした男たちを、 風に舞うような動きでかわす。


そして——。


シュッ!


両手に ハンドガン を具現化。


目にも止まらぬスピードで距離を詰め、二人の顎を正確に撃ち抜いた。

沈黙とともに、男たちは地面に崩れ落ちる。


最後の一人が、恐怖に駆られ逃げ出す。


だが——。


彼女は スナイパーライフルを召喚し、狙いを定める。


バンッ——!


乾いた銃声が響き、逃げていた男が その場に崩れ落ちた。


すべてが終わるまで、ほんの数十秒。


俺は、ただ立ち尽くしていた。


戦闘の鮮やかさに、ただ 魅入っていた。


彼女の戦い方は、力任せではない。


風のように舞い、銃を操る。


まるで—— 輪舞ロンドを踊るかのように。


ケイは、そんな彼女の戦いに見惚れていた。


しかし、我に返る。


「今のは……一体?」


そんな間抜けな言葉を、思わず口にしていた。


ユリは、銃を回しながら答える。


「クロノクレード。英雄崇拝のカルト集団よ。過去の英雄を復活させるとか、なんとか」

「まぁ、いろんな意味で厄介な連中ね」


そう言いながらも、彼女はまだ警戒を解いていない。


「英雄……?」


ふと、夢に出てくる“十三人の怪物”が脳裏をよぎる。

関係ない、俺のただの妄想だ。


そう思いながらも、どこか胸の奥に違和感が残る。


——だが、それを考えている暇はなかった。


「さ、街に戻るわよ」


ユリの言葉を聞いた瞬間、俺の中に 圧倒的な無力感 が広がる。


また、俺は守られたのか。


また、何もできなかったのか。


——もし、俺が彼女のように戦えたなら?


そんな、どうしようもない“ないものねだり”が頭をよぎる。


しかし——。


「あらー。俺の部下をこんなんしちゃってさ。」


——それは、まるで陽気な挨拶のようだった。


二人は振り返る。


そこに、ひとりの男が立っていた。


先程の男たちと同じローブを纏っているが、明らかに異質だ。

素人目にもわかる。


魔物より、はるかに危険な存在——。


「まーめんどくさいねー、君」


にこやかに笑いながら、彼の周囲の空気が 黒い霧のように揺らいでいる。


ゾクリ、と背筋が凍る。


そこに立っているのは、まるで—— “闇” そのものだった。


ユリの顔色が変わる。


「逃げなさい!」


彼女の手には、ショットガン。

だが、彼女ほどの実力者が、ここまで焦っている。


その事実だけで、俺は 理解した。


——敵わない。


考えるよりも早く、駆け出そうとした。


しかし、その瞬間—— 視界が揺らぐ。


世界が、溶けるように歪む。


「……っ」


身体が動かない。

肺が焼けるように熱い。


目の前で、炎が広がる。

視界の端で、何かが崩れ落ちる。


何が起こった?


何が——。


世界が、闇に沈んでいく中、俺の意識は 完全に途切れた


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