最終関門、聖騎士団の包囲網
「ここが……聖騎士団本部……!」
王都中央にそびえる純白の要塞──
荘厳な門と石造りの塔が連なるその場所は、まさに国家の誇る正義の象徴だった。
──そして、セリシア・ルーンライトの根拠地。
「望月海翔殿、あなたに通行証は発行されておりません。許可なしでの立ち入りは、軍律に反します」
「……わかってます。でも、それでも俺は行かなきゃいけないんだ」
門前に立つ騎士たちは、俺の覚悟を確かめるように目を光らせていた。
その数、20名以上。全員が精鋭。
だが──俺は立ち止まらなかった。
「副団長に……セリシアさんに、伝えたいことがあるんです。この想いだけは、誰にも止められない!」
数秒の沈黙ののち、一人の女性騎士が口を開いた。
「……では、特例通過審査を開始します。あなたの誠実と覚悟を見極めるために──」
それは、恋慕審問と呼ばれる、聖騎士団独自の思想尋問だった。
本部内部、特別尋問室。
机を挟んで並ぶのは、4人の聖騎士団幹部。
一人ひとりが、セリシア直属の副官であり、いわば姉妹のような存在だという。
■第一席・マリアンヌ=クルーズ(24)
剣術教官。冷徹で理論重視の戦術家。
■第二席・ソフィア=エインズ(22)
後方支援専門の癒し系。実はセリシアの幼なじみで妹分。
■第三席・ゼフィ=カルナード(21)
戦斧使いの快活な猛将。情に厚いが、他人には厳しい。
■第四席・リオナ=グレイ(23)
情報統制担当。感情を見せない無表情系で、監視のプロ。
その全員が、俺の前にずらりと並び、尋問を開始した。
「では問います。あなたが副団長に近づこうとする理由は、恋愛感情のみか?」
「はい。俺は、セリシアさんに一目惚れして──それを、貫くためにここに来ました」
「軽率な感情に命を賭ける覚悟はあるのか?」
「あります。俺の全部をかけても、守りたい人です!」
……厳しい視線と質問が、次々と投げられる。
そのどれもが、中身を試していると同時に、心を見透かすようなものだった。
そして──
「あなたはこれまで、セリシア様にどのような貢献を?」
「えっ……」
言葉に詰まった。
そうだ。俺は何度も助けられてばかりで──何も返せていない。
でも、それでも。
「まだ、何もできてない。けど──これからの全部で、恩返しします!」
「想いだけで突き進む者は、命を落とす。副団長の隣に立つには、国家に匹敵する覚悟が必要です」
リオナの冷たい言葉。
けれど、それもセリシアを守るための盾だと、俺にはわかった。
尋問終了後、俺は仮通行証を渡された。
「仮に副団長の了承が下れば、正式な通行証と面会許可が出る」とのこと。
だがその夜。
騎士団本部の外庭にいた俺の前に、突如としてゼフィが現れた。
「お前さん、正直に言ってヤバい奴だな」
「え?」
「ここまで突っ込んできた奴、見たことねぇよ。でも──嫌いじゃねぇ……あたしは、通してやるよ」
ゼフィは笑って、俺の肩を叩いた。
「でもな、最後の門は通れねぇぞ。あれはセリシア様自身が決める。お前の想いが口先だけじゃねぇって、証明しろよな!」
俺は拳を握りしめ答える。
「……はい。必ず想いを伝えます」
そしてついに──
翌朝、通された聖騎士団副団長執務室。
そこには、騎士の正装に身を包んだセリシアが、静かに佇んでいた。
「……望月、海翔。ここに来るまでに、多くの妨害があったと聞いている」
「……はい。でも、来ました。あなたに、会うために」
セリシアの瞳が、わずかに揺れる。
それでも、すぐに凛とした声で告げた。
「ならば、私から最後の問いを。この先も、私と共に歩む覚悟はあるか」
俺は、迷いなく答えた。
「はい──あなたを好きになったから」
執務室の扉が静かに閉じられる。
厚い木製の扉が、外界と遮断された空気をつくる。
目の前に立つのは、セリシア・ルーンライト。
聖騎士団副団長であり、王国の象徴として最前線に立ち続ける女騎士。
「──あなたの行動、私は報告で全て把握しています。リリィ、クラリス、ミーナ、サラ、アイリス、そしてユミナ……あなたは、次々と困難を突破し、ここまで辿り着いた」
「……はい。セリシアさんに、想いを伝えるために」
「……それでも、まだ迷っているのです」
セリシアの瞳が揺れていた。
意思を貫く強さの裏で、戦士としてではなく、ひとりの女性としての葛藤が、言葉の端々に滲む。
「私には……立場があります。副団長として、王国の象徴として──個人的な感情だけでは、何かを選び取ることはできないのです」
「……それでも、俺は来たんです。あなたが、王国の盾だからこそ、守りたいと思った。誰より強くて、でも誰より不器用な人だって、知ったから」
セリシアの目が大きく見開かれる。
「あなたは、周囲の信頼を背負って生きている。だから、何度も自分を殺してきた──でも、それを見ていたからこそ、俺は惹かれたんです」
俺は一歩、踏み出す。
「副団長としてのあなたも、ひとりの女性としてのあなたも、俺は全部、見てきました。好きになったんです。何も持たない俺が、全力で好きになった」
「……あなたは……」
セリシアの声が震えた。
次の言葉が、なかなか続かない。
それでも彼女は、唇を噛みしめ、目を逸らすことなく、俺を見据えた。
「もし、私があなたの想いを受け入れれば……私は副団長の立場を失うかもしれない。騎士団の信頼を、損なうかもしれない。それでも……それでも、あなたは──」
「あなたが、苦しまない選択をするなら、それでもいい。でも、後悔するなら──一歩だけ、踏み出してほしい」
俺の手が、彼女の前に差し出される。
震えるその指先を、彼女は見つめていた。
「俺は、セリシアさんを選ぶ。何があってもです」
……長い沈黙の末。
セリシアは、そっとその手に触れた。
ごくわずかに、力がこもった。
「……私は……あなたのような人を……」
その声は、震えていた。
けれど、確かな想いがこもっていた。
「……好きになってしまったのかもしれません」
瞬間、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「──待ってください、セリシア様!!」
そこに現れたのは、セリシア直属の副官・マリアンヌだった。
そしてその背後には、王国騎士団団長──レオンの姿。
「私情で任務を曲げるような真似、貴女らしくありません。副団長という立場に、自ら泥を塗るつもりですか?」
セリシアは、その言葉に静かに背筋を伸ばした。
だが、もう迷いはなかった。
「私の剣は、民を守るためにあります。ですが……私の心は、私のものです。そして私は──この男に、それを預けたい」
レオンの眉がピクリと動いた。
が、すぐに静かに頷く。
「……ならば、すべてを背負う覚悟があるのだな」
「はい」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
静かに、だが確かに関係が成立した。
セリシアは俺に向き直り、言葉を告げた。
「……私と、一緒に歩んでくれますか?」
「……もちろんです。何があっても、ずっと」
握られた手が、もう離れなかった。
──こうして、ついに。
全ての妨害を乗り越えて、俺の想いは届いた。
だが、まだ終わりじゃない。
レオン団長が、俺にだけ告げた最後の言葉。
「影が動き始めている。──彼女を守るには、ここからが本当の戦いだ」
そう、俺はまだ何者でもない。
だからこそ、隣に立てるように──
俺は、進む。