元同級生、再会と謀略
「……望月くん。ひさしぶりだね」
その声は、あまりにも懐かしくて──そして、どこか不気味だった。
王都の路地裏。
俺がセリシアさんへの差し入れを届けに行こうとした矢先。
路地に伸びた影の中から、ひとりの少女が現れた。
長い黒髪。静かな瞳。制服を模した異世界風のローブ。
どこか、あの世界の空気をまとったその存在。
■ユミナ・クロス
17歳。海翔と同じ高校に通っていた元同級生。
異世界転移の際、別ルートで王国に召喚され、今は影魔法を操る謎の戦術魔導師。
普段は柔らかな笑みを浮かべるが、内面には激しい独占欲と執着心を秘めている。
「ユミナ……? まさか、ここに来てたのか……!」
「うん。ずっと近くにいたよ。海翔くんが、セリシアって人を見つめてるの、何度も見てた」
彼女の笑みは柔らかい。
だけど、背後の影がざわめいていた。
「な、なんで……声かけなかったんだよ」
「だって……タイミング、なかったし。それに、ちょっとだけ様子を見てただけだよ。ね?」
その一言に、背中がぞわっとした。
何か……おかしい。言葉じゃなくて、空気が。
「海翔くんは、昔から誰かのために無理しすぎなんだよね。でも大丈夫。私がちゃんと見てるから。だから、安心してほしいな──」
そしてその場で、ユミナはふと俺の顔を見つめ、真剣な声で囁いた。
「……ねえ、あの人を好きになるの、そろそろやめよう?」
翌日──
俺の周囲で、妙な出来事が起こり始めた。
セリシアさんの予定が、すべて謎の命令で差し替えられる。
ギルドの任務が、俺だけ重複スケジュールで割り振られる。
さらに、誰かが俺の書いた手紙を勝手に修正して、セリシアさんに届いていた。
「……これ、まさか……」
「ユミナの影操作だな」
そう断言したのは、クラリスだった。
「王国内の情報伝達網に干渉できる影使いは限られてる。彼女は今、表では王国魔導軍の支援官だけど──裏では諜報局と繋がってるわ」
「そんな……俺、どうしてあいつに狙われて……?」
クラリスは静かに言った。
「……それは、想いの重さよ」
そして数日後。
俺は、王城の図書区画で、ユミナと再会した。
今度は彼女から、直接呼び出されたのだ。
「海翔くん。そろそろ話し合いしようか。ね?」
表情は笑顔。けれど瞳の奥には、境界線の消えた愛があった。
「ユミナ……なんでこんなことするんだよ。お前がそんなやつだなんて、思ってなかった……」
「ううん。違うよ。私は誰にも譲らないって、決めただけ……中学のとき、海翔くんが教室でひとりだった時、声かけたの、覚えてる?」
「……ああ」
「あのときからずっと、私は知ってるの。海翔くんの全部。どうして今になって、異世界で会って、別の女の子に恋してるの?」
言葉が出なかった。
彼女の声は優しいのに、まるで牢の鍵の音みたいに重く響く。
「……今の私なら、全部満たしてあげられるよ。セリシアさんより優しくて、強くて、ずっと一緒にいられる。だから、もう終わらせよう? その恋──私が消してあげる」
そして、彼女の足元から影が広がる。
それは、心を侵食する影魔法。
対象の感情、記憶、願望すら歪めてしまう精神侵蝕の始まり。
「……ユミナ……」
「大丈夫。痛くないよ。これは、私なりの優しさだから──」
俺は、ふらりと膝をついた。
意識が少しずつ、薄れていく。
でも、最後の最後、俺の頭に浮かんだのは──
剣を振るう凛とした姿。
誰にも媚びず、まっすぐに信念を貫く女性。
「……セリシア……さん……!」
次の瞬間、俺の中の何かが逆流した。
影の空間が揺れる。
ユミナが驚いた顔をする。
「な、なんで……!? まだ封じが終わってないのに……!」
「……俺の心は……誰にも、縛らせない!!」
祈るように叫び、俺は暗闇をかき分けた。
意識の奥──
俺は、暗闇の中にいた。
黒い水面のような空間。足元はどこまでも沈みそうで、何もない。
その中心に、少女が一人、ぽつんと立っていた。
「ねえ、望月くん。あのとき、私に言ったよね。ありがとう。お前がいてくれてよかったって──」
ユミナだった。けれど、どこか幼く見える。
その姿は、あの中学時代、教室で俺に声をかけてくれたときのもの。
「私……あの言葉を、ずっと大事にしてたの。周りに無視されても、見てくれる人がいるって思えたから──」
ユミナの声は、ひどく震えていた。
「でも、異世界に来たら……望月くんが、知らない誰かの名前を呼ぶようになってて、見たことのない笑顔で、誰かを想ってて……怖くなったの」
「ユミナ……」
「ずっと一緒にいるって勝手に思ってた。でも、私だけだったんだよね……そうじゃないって、分かってたのに、止められなかった」
その言葉と共に、空間が徐々に沈み始める。
俺たちの周りを囲む影が、感情の波でうねっている。
──これは、ユミナ自身の執着の檻だ。
そしてその檻に、俺を閉じ込めようとした。
けど──俺は、踏み込んだ。
「ユミナ。俺も、お前に助けられたよ。あのとき、声をかけてくれてなかったら、俺……たぶん、学校に通えてなかった」
「……じゃあ、どうして……私じゃないの?」
「お前は、俺の過去を救ってくれた大切な友達だ。でも……俺が今、好きになったのは、今を生きてる誰かなんだよ」
俺はその手を、しっかりと取る。
「……セリシアさんを見たとき、初めて今の自分が誰かを守りたいって思った。それは過去じゃなく、今を生きてる俺の答えなんだ」
影が揺れ、空間が崩れ始める。
ユミナが目を伏せて、静かに涙をこぼす。
「……そっか。そっかぁ……」
声は震え、寂しさに滲んでいた。
だけどその目には、少しだけ、安堵の色もあった。
「望月くん……強くなったね」
「お前がいたからな」
その瞬間、影の世界が音もなく弾け、光が差し込んだ。
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目を覚ますと、王都のギルドの医務室だった。
ベッドの隣では、クラリスが腕を組んで座っている。
「やっと戻ったわね。寝ぼけて私の名前呼んだら、ただじゃおかないわよ」
「……呼ばねえよ、絶対に」
俺は、微笑みながら体を起こす。
すぐにユミナの姿を探すが、そこにはいなかった。
「……彼女、どうなったんだ?」
「王都諜報局に、自ら異動申請を出したわ。戦場支援じゃなく、王国外調査へ──つまり、距離を置くってことね」
「そうか……」
少しだけ、胸が締めつけられる。
でもきっと、それが彼女のけじめなんだと思った。
「これでサブヒロイン全員を突破か?」
「そうね。でも──」
クラリスは静かに立ち上がると、壁の窓を見た。
「物語はここからが本番よ。あの人が動き始めたら、簡単にはいかない。だって──」
「セリシアの側近たちが、次の敵になるから」
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その頃──
セリシア・ルーンライトは、聖騎士団本部の執務室で、重苦しい空気に包まれていた。
目の前には、王国直属の聖騎士団団長・レオン。
そして、その傍らに立つ黒衣の騎士が一言、告げる。
「副団長の周囲に、不審な男が接近しているとの報告です。このままでは、セリシア様の評判にも関わります」
セリシアは、その言葉に静かに目を伏せた。
「彼は……無害です。私が信じています」
黒衣の男は、ほんの一瞬目を細めた。
「では、その証明をしていただきましょう。副団長──」