君に、ただ会いたくて
目を覚ましたのは、いつものギルド宿舎の部屋だった。
差し込む陽光。窓の外では、街の人々の声が聞こえる。
まるで、何事もなかったかのような日常が、そこにあった。
「……戻ってきたんだな、俺」
あれから三日。
ユミナが命を賭して観測装置を破壊し、外側の干渉は途絶えた。
次元融合は停止され、海翔もフェルディアの一員として正式にこの世界に残ることが決まった。
だが、ユミナの姿はどこにもなかった。
誰も彼女の行方を知らず、記憶すら曖昧になっている者もいた。
まるで彼女だけが、世界から抜け落ちたかのように──
「……ユミナ。ありがとう。俺、前に進むよ」
そう呟きながら、海翔はベッドを蹴って立ち上がった。
今日こそ、言わなければならない。
「セリシアさんに、ちゃんと気持ちを伝えよう」
――
ギルド前。
セリシアは、いつものように訓練を終えた後、馬に水を与えていた。
一瞬の静寂。そこへ、足音。
振り向くと、そこには真っすぐな目をした海翔の姿があった。
「セリシアさん!」
「海翔……無理しないで、体はまだ──」
「大丈夫です。あの時、助けてくれたから」
「私じゃない……私は、あなたを守れなかった」
セリシアの目が少しだけ伏せられる。
だが海翔は、はっきりと口を開いた。
「守ってくれました。セリシアさんの言葉が、俺に勇気をくれたんです。だから今、俺はここに立っていられる──だから……!」
海翔は深く息を吸う。そして、言葉を放つ。
「俺、セリシアさんのことが……ずっと、好きでした! 一目惚れでした!でも、それだけじゃなくて、あなたの強さも、優しさも、全部知って……一緒に生きていきたいって、心から思ったんです!」
セリシアは目を見開く。
無言のまま、ゆっくりと近づいて──そして、静かに言った。
「……その気持ち、最初は驚きました。困惑もしました。でも、あなたがまっすぐに向き合ってくれたから……私も、変われた」
その言葉の続きを、海翔は待つ。
そして──
「私も、あなたと同じ気持ちです。もう、嘘はつきません。好きです、海翔」
二人は静かに微笑み合う。
その瞬間、街の鐘が鳴った。
──運命が、ようやく重なった音。
だが、その瞬間──
「ちょっと待ったぁあああああああああッ!!!」
突如響く声。
リリィが全力で駆けてくる。
「そんなのズルい! 私だって海翔が好きなのにーッ!」
続いてクラリスが背後から静かに現れる。
「……記録映像はすでに保存済み。口封じの準備はある」
ミーナが飛びついてくる。
「お兄ちゃーん、ミーナが一番でしょー!? おヨメさんになるー!」
アイリスが剣を振り回して叫ぶ。
「国王命令! 今すぐ私と政略結婚せよ! 聞け! 聞きなさーい!」
サラは静かに聖書を開いていた。
「お祈りの時間です。……あなたが誤った選択をした理由について、じっくり聞きましょう」
──ラストバトル再開のお知らせ。
海翔は、顔を覆いながら叫んだ。
「まだ続くのかよぉおおおおおおおおお!!!!!」
だがセリシアは、微笑んで言った。
「それでも私は、あなたの隣にいるわ……私たちは、ここから始めるのだから」
ギルド前広場は、突如として戦場と化した。
「セリシアさんがOKしたからって、終わったとは思わないでよね!!」
リリィの詠唱が爆ぜ、爆裂魔法が空を切り裂く。
「記録は永久保存される。未来の保険にね……」
クラリスが海翔の動きを封じるトラップを地面に設置していく。
「お兄ちゃん、あーんしてー!」
ミーナが突然お弁当を取り出し、まさかの胃袋作戦に出る。
「よくも私を差し置いて……私の“花嫁修業”を無駄にする気!?」
アイリスは手作りの結婚契約書を振りかざして突撃。
「説教三時間コース。まずは心の弱さから見つめ直しましょう」
サラが慈愛の笑みを浮かべながら、回復魔法を盾に海翔の逃走を阻む。
──カオスだった。
いや、カオスすぎる。
セリシアがため息をつき、剣を抜いた。
「……もう我慢しません」
次の瞬間、金属音が響く。
セリシアの剣が、リリィの詠唱を切り裂き、クラリスの罠を粉砕し、アイリスの契約書を風に散らした。
「あなたたち、覚悟はいいかしら?」
氷のような笑み。
その迫力に、サブヒロインズが一斉に後ずさる。
「う、嘘よ……この空気、完全に本妻の風格……!」
「くっ、ここまで来て……私たちは、負けたのか……」
「……セリシアさん、マジ怖い……」
「うぅぅ、お兄ちゃん、ミーナだけは連れてってぇぇぇぇ」
「そろそろ教会に戻りたいです……精神的に疲れました……」
「ま、まだ政略結婚のカードが……っ!」
──敗北、確定。
だが海翔は、彼女たちに向き直った。
「……ありがとう、みんな」
「……は?」
「本気でぶつかってくれたから、俺……本気でセリシアさんと向き合えた。妨害されたからこそ、覚悟できたんだ。だからさ──」
海翔は笑って、言った。
「お前ら全員、大好きだよ」
一瞬の沈黙。
「……今なんて?」
「はァあああ!? 何その超高等テクニック!?」
「ぜ、全員に好意返すとか、最低で最高なんですけどォォォォ!?」
「ばかぁあああああああああああっ!!」
──サブヒロイン、全員撃沈。
そして、セリシアは微笑みながら彼の手を取った。
「あなたらしいわね。でも、それでいいの。その優しさが……私が、あなたを好きになった理由だから」
──空は青く、どこまでも広がっていた。
海翔は今、確かに思った。
この世界に来てよかった。
妨害されて、傷ついて、迷って、でも──
それでも、恋をしたから、ここにいる。
「なあ、セリシアさん」
「なに?」
「……ずっと、隣にいてくれますか?」
「ええ。あなたが望む限りずっと」
そして、二人は微笑み合う。
手を取り、未来へと歩き出す。
──そう、これは本物の恋の物語。