フェルディアの騎士姫に、一目惚れした。
目を開けたとき、俺は空を見ていた。
いや――正確には、どこまでも青く澄み渡った、異世界の空を。
「……マジかよ」
思わず呟いた。意味なんてない。ただ、そう言うしかなかった。
アスファルトの道も、電線も、スマホの通知もない。
周囲には草原、木々、そして巨大な狼のような魔物――
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
魔物が飛びかかってきた。
終わった、俺の人生終わった、なんでこうなるんだと叫んだその瞬間――
「退けッ!!」
凛とした声とともに、銀の閃光が走った。
剣が空を裂き、魔物を両断したその姿は、まるで物語の中から出てきたようだった。
「……怪我は?」
「へ? あ、いや、俺は……」
「そう。なら、動けるわね。立って」
差し伸べられた手。光の鎧に身を包んだ騎士。金の瞳と白銀の髪――
その人が、セリシア・ルーンライトだった。
この世界で俺を助けた、最初の人。
そして――俺が一目で、恋に落ちた人だった。
───
「なるほど、異世界からの召喚……というわけではないのね?」
「たぶん……目が覚めたら、ここにいたって感じで……」
その後、セリシアに連れられて王都に戻った俺は、冒険者ギルドの検査やら何やらを受けて、ようやく一息ついた。
隣では、彼女が資料に目を通している。鎧を脱ぎ、騎士服姿のセリシアはさらに美しく、正直こっちを直視できない。
(あれ、これ……本気で恋してないか、俺?)
気づいたときには、もう遅かった。
「恩人」としてじゃなくて、「好きな人」として彼女を見ている自分に気づいてしまった。
でも、それでいい。せっかく異世界に来たんだ。
ダンジョンも魔法もスキルも気になるけど――
「俺、セリシアさんに……近づきたいって思ってる」
その決意を、誰かに聞かれることはない。
だから俺は、こっそり拳を握った。
───そして翌朝。
「おいこら海翔!! あんた何考えてるのよ!!」
「うわっ!? リリィ!?」
宿屋の部屋のドアを開けた瞬間、爆発音とともに入ってきたのは、ピンク髪ツインテの少女――リリィ・ミストラル。宮廷魔術師見習い、俺と同じく新人扱いの少女だった。
「セリシア様に近づくとか、百年早いのよバカ!!」
「え、なんで知って――わあああ火の玉やめて!!」
……俺の恋路は、始まる前から、なぜか全力で妨害されていた。
リリィ・ミストラル。年下のくせに態度がでかい。爆裂魔法を得意とする、宮廷魔術師見習い――なんだけど。
「ちょ、やめっ……それ本気で爆発するやつ!!」
「うっさい! セリシア様は、あんたみたいなモブに構ってる暇ないのよ!」
「なんだよその理論!?」
朝から爆裂魔法の火花を散らされ、俺の冒険者登録申請書は紙クズと化した。
「なぁ、リリィ。何が気に入らないんだよ、俺がセリシアさんに――」
「さん付けすんなぁぁぁああああ!!!」
リリィの目が一瞬で炎色に染まり、天井が一部吹き飛んだ。
宿屋の主に土下座する羽目になったのは言うまでもない。
───
午後。俺は街の広場でセリシアと再会する予定だった。
昨日の礼と、ほんの少しだけの雑談をするために。心臓が破裂しそうなほど緊張していたけれど。
「……あれ?」
約束の場所に彼女はいなかった。代わりにいたのは、ギルドの受付嬢・ミラさん。
「望月さん。セリシア副団長は急用で王城に呼び戻されたそうです。残念ですね」
「……そうですか」
そうしてその日、俺は一度も彼女に会えなかった。
でも――後で知った。
「急用? は? 私が代理で用事があるって言ってた? ……言ってないわよそんなの」
「えっ」
「リリィが伝言を? ……あの子、勝手なことを……」
つまり、俺の初アプローチは、嘘の伝言で潰されたってことだ。
───
その夜、宿の屋根裏でリリィを問い詰めた。
「……お前、なんでそんなことまでして邪魔するんだよ」
「うっ……そ、それは……セリシア様の周囲は、清く正しく美しくあるべきで……」
「意味わかんねぇよ!」
「だって……だって……! あんたが近づくの、なんかムカつくのよ!」
ツンと顔をそらしたリリィは、頬を真っ赤に染めていた。
――そう、たぶん。
リリィはセリシアを敬愛してる。でもそれだけじゃない。
少しずつ、俺に対しても「何か」を感じ始めている。
だけど俺は、それに気づかないふりをした。
「俺は、セリシアさんに近づきたいんだ。それは変わらない」
「……っそう。なら……私も、本気で妨害するわよ!」
告白じゃなく、宣戦布告だった。
こうして――俺の命がけの恋愛戦争は、静かに幕を開けたのだった。