第三章
めぼしい企業のピックアップが終わり、各企業に資料請求のはがきを送る準備が終わると、わたしこと高藤由美は就職センターを出た。
もう12時過ぎだ。夏休みになっても営業している学食がいくつかあったので、わたしはお昼を食べてから自宅に帰ることにした。
閑散とした学食できつねうどんを注文し、窓際のテーブルに座って一人で食べていると、窓の外を通り過ぎようとした男性と目が合った。演劇サークルの後輩で大学2年生のギャラだった。気まずくて思わず目をそらしたら、しばらくして、後ろから声がかかった。
「高藤先輩、お久しぶりっす! 隣で飯食っていいすか?」
ギャラは大盛りのカツカレーをどんっとテーブルに置くと、わたしの返事を待つわけでもなく、とっととカレーを口に運び始めた。
ギャラこと西島秀樹はサークルで個性的な役を任されることが多い男の子だ。身長は163センチと小柄だけど、肩幅が異様に広い。全体に毛深くて、去年の夏、サークルで海に行ったときに、胸毛とへそ毛がびっしり生えているのを知ったときは衝撃だった。
そう感じたのはわたしだけではなかったらしく、海に行った帰り道から、彼のあだなは一文字違いの名前ということもあって、西城秀樹の『ギャランドゥ』を略した「ギャラ」になった。
そんな男性ホルモンの塊のようなギャラだけど、顔つきはトイプードルみたいで、中央に寄った小さく丸い目がかわいらしい。酔っぱらうと全裸になってピアノを弾き始めるようなお調子者の性格もあって、サークルではみんなからいじられて可愛がられるキャラクターになっていた。
「先輩、最近大学来てなかったっすよね。病気とかですか?」
「あ、うん。ずっと体調が悪かったの…」
「やっぱり! 最後にたまり場で先輩を見かけたときに、葵が『高藤先輩、顔が真っ青だよ。調子悪いんじゃない?』ってすごく心配してて。もう治ったんすか?」
葵というのは、同じサークルの後輩で大学2年生の岡田葵のことだ。スレンダーで高身長の葵は一見クールビューティなのだが、性格はがさつで、酒が入るとあぐらをかいてガハハと笑う豪快な女の子だ。
酔っぱらって全裸でピアノを弾くギャラの局部をゲラゲラ笑って引っ張ろうとして、男子全員から全力で止められたこともある。そんな葵とギャラは並んで歩くと凸凹コンビにしか見えないのだが、うまが合うらしく普段からとても仲がいい。
「心配かけちゃってごめんね。就職活動がうまく進まなくて、頑張りすぎたら調子悪くなっちゃった。でも休んだからもう大丈夫」
「なら、よかった!」
ガツガツとカレーを口に放り込みながら、ギャラがにこっと笑った。
わたしは食べるのが遅い方だし、ギャラは食べるのがとてつもなく速い。わたしがきつねうどんを少しずつ食べている間に、大盛りカツカレーをペロリと平らげたギャラは、水のお替りをごくごくと飲み干して、わたしに言った。
「先輩、今日はこれから予定あります?」
「予定ってほどでもないけど。企業の資料請求用はがきをポストに入れて……あとは自宅で企業研究かな」
「ふーん……」
ギャラがわたしをじいっと見つめてくる。わたしはうどんを食べている様子を見られるのが恥ずかしくて、ギャラの方を向いた。
「何? あんまり見ないでくれる?」
「へへへ。……あのう、高藤先輩にちょーっとお願いがあるんすけど……」
拝むように両手を合わせて口元に持っていき、上目遣いになったギャラが言った。
「俺のドライブに付き合ってくれませんか?」
「ドライブ?」
怪訝そうなわたしの顔を見て、慌てたようにギャラが説明する。
「この前やっとAT限定の普通免許を取ったんで、今日は大学まで親父の車で来てみたんすよ。そしたら車の運転をしながら地図を見てルートを確認するのが、思った以上に大変で!」
と言って、ギャラは分厚い車用の地図をリュックから取り出した。付箋が付いたページを開いてギャラが説明する。
「今日のゴールは海なんです。大学から湘南の海まで、あと1時間くらい乗ればつくと思うんだけど、ここから先は良く知らない道だから、一人だと心細くって……。先輩がナビしてくれると安心しちゃうな~なんて?
就職活動の気晴らしにドライブよくないすか? 帰りは送りますし、初心者の俺を助けると思って! どうかどうか、お願いします!」
合わせた肉厚の手を頭の上まで掲げて、目をぎゅっとつぶって必死にお願いしてくるギャラの姿に先輩心をくすぐられて、わたしはちょっと考えた。
「ふーむ。急ぎの用事はもうないし、ギャラが一人で地図を見ながら知らない道を車で走ったら事故が心配かな。いいよ、ナビやってあげる」
「マジっすか!!!」
小さな目をキラキラと輝かせて、とても嬉しそうにギャラが叫んだ。
「ありがとうございます! さすが高藤先輩、頼りになるう!!」
きつねうどんを食べ終わり、わたしたち二人は席を立った。自販機で飲み物を買い、売店でいくつかお菓子を買う。降って湧いたドライブのお誘いに、わたしは段々ウキウキし始めていた。