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第十六章

 おばあちゃんの高藤いちが驚いたように目を丸くした。そしてこめかみに手をやって斜め上を見やり、しばらくじっと何かを考えているようだった。

 わたしこと高藤由美は何も言わずに待った。そんなわたしの真剣な様子を見て、おばあちゃんは深いため息をついて呟いた。


 「まったく弘子はおしゃべりだねえ」


 「知ってるの!?」


 思わず大きな声になる。ウエイトレスにこちらを見られたけど関係ない。わたしはおばあちゃんに喰ってかかった。


 「何で? 何で教えてくれなかったの! お兄ちゃんは今どうしているの? どうしておばあちゃんはお兄ちゃんのこと知っているの? どうしてっ……!!」


 まくし立てるわたしの目の前に手を出して、おばあちゃんは言った。


 「由美、お前に一つ約束してほしいの。これから話すことはお父さんとお母さんには黙っていてほしいのよ。それが哲治と私が交わした約束でもあるからなの。どう? 守れる?」


 「えっ……」


 わたしは思わず絶句した。こんな大事なことを両親に伝えないなんて、あり得るんだろうか? わたしたちは家族なのに。

 しかし同時に、両親がお兄ちゃんのことをどう思っているのかを、ついこの前思い知ったばかりだ。お兄ちゃんの話は金輪際持ち出さないと、わたしは両親に約束させられた。この状況でまだお兄ちゃんの消息を調べていることがバレたら、叱られるどころか、お兄ちゃんのように「裏切り者」として切り捨てられるかもしれない……。

 そんなわたしの心の動きを見て取ったおばあちゃんは残念そうに言った。


 「やっぱり由美には荷が重いかもねえ。この話はなかったことにしたほうがお前のためだねえ」


 諦めたようににっこり笑ったおばあちゃんを見て、わたしは思わず泣きだした。そんな様子を見て、おばあちゃんはただ黙ってハンカチを差し出してくれた。

 人前で泣くなんて恥ずかしいと思っていたから、他人がいるところではほとんど泣いたことがない。なのにまさかこんな公衆の面前で泣いてしまうなんて、自分でも驚いた。

 わたしはおばあちゃんが静かにそばにいてくれることをありがたく思った。これがお母さんなら「恥ずかしいから、すぐに泣き止みなさい!」「みっともない! ぐずぐず泣いたりして!」と呆れられて叱られていただろう。



 しばらく泣いたせいか、わたしの気持ちは随分落ち着いてきた。しゃくりあげながら、貸してもらった水色の花柄のハンカチで涙を拭い、ティッシュで鼻をかんだ。氷が溶けかけたコーラも一気に飲み干した。

 顔をごしごしとこすって両眼を押さえる。腫れあがったまぶたの奥にある眼球のごろごろした感じや眉毛が指先に刺さるちくちくとした感触、冷えた指先に感じる自分の顔の温かさ。そうしたもの全てが、お前は両親の人形じゃないよ、と伝えているかのようだった。

 今まで一度も考えたことがなかったけれど、ひょっとしたら、わたしはあの人たちの理想の子供として生きなくてもいいのかもしれない。だってわたしはもう26歳になっているのだ。就職が決まって名実ともに大人になるわたしは、ここから先、自分が進みたいように人生を歩んでもいいのかもしれない。

 そしてそれは、12年間失踪していたお兄ちゃんを知ることから始まるのだ。


 だからわたしはおばあちゃんに言った。


 「おばあちゃん、わたし、決めたよ。両親には黙っている。だから、お願い。お兄ちゃんのことを教えて!」

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