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第十五章

 お父さんの高藤隆治が倒れて入院した。お母さんの恵美と、わたしこと高藤由美が病院に駆けつけると、驚いたことに病室に先客がいた。


 「お義母さん! どうしてここに?」


 眠っているお父さんのそばにいたのは、お父さん方のいちおばあちゃんだった。和服姿で背筋がぴんと伸びたおばあちゃんは70歳になってもまだまだ元気そうだ。


 「たまたま弘子に会うために上京していたのよ。弘子と二人で話していたら、あなたから電話があったでしょ? 驚いて直接ここにきてしまったのよ。断りもしなくて悪かったわねえ」


 「いえいえ、とんでもありません。わざわざありがとうございます」


 お父さんの妹である弘子さんのところに、おばあちゃんが来ていたなんて、すごい偶然。慌てたお母さんが深々とお辞儀をする。わたしもつられてぺこりとした。

 おばあちゃんが言う。


 「さっき看護婦さんとお話したんだけどねえ、隆治は過労とストレスが原因で倒れてしまったみたいなの。今は薬でよく眠っているんだって。命に別条がある病気ではないという話だったから、恵美さんもあまり思いつめないでねえ」


 真っ青な顔をして額に手をやるお母さんの指先が、ぷるぷると細かく震えている。

 パニックになっているお母さんの様子を見て同情したのか、おばあちゃんは優しく語り続けた。


 「隆治はよく眠っているようだし、二人とも喫茶室で一緒にお茶でもどうかしら? 慌てて来たから喉が渇いてねえ」


 お母さんが両手を胸の前で硬く組んで激しく首を横に振りながら言った。


 「いえっ、私は主人のそばにいたいと思います。由美、お前はいちおばあちゃんと一緒に行ってらっしゃい!」



 お父さんのベッドのそばにしゃがみこんでいるお母さんを残して、わたしはおばあちゃんと廊下に出た。

 受付の近くにある喫茶室は空いていたから、わたしたちは窓際のいちばん眺めのいい席に座ってメニューを開いた。


 「コーヒー1つ」


 やってきたウエイトレスにおばあちゃんが注文する。


 「コーラ1つお願いします」


とわたしも注文した。飲み物はすぐにやってきた。


 「おばあちゃんが東京にいるなんて、びっくりしちゃった」


 わたしが言うと、おばあちゃんがほほ笑んだ。


 「奇遇だったわよねえ。ちょうど弘子の家に顔を出していたときだったのよ。あと1時間遅かったら何も知らずに松本に帰るところだったわ。

 それにしても、恵美さんも随分動揺したみたいねえ。弘子にまで電話をかけてきたんだから」


 「だよね」


 笑ってわたしも答える。


 「お父さんが気を失って倒れたときに頭を打って血を流していたから、周りの人が心配して救急車を呼んでくれたらしいんだ。

 でも、お父さんはすぐに気がついて、『大丈夫です! 大丈夫ですから!』って救急車に乗るのを拒否しようとしたって病院の人から聞いたよ。

 それなのにお母さんったらすっかりパニくっちゃって、弘子さんだけじゃなく、群馬の正子おばあちゃんにも電話しちゃったんだよ」


 「おやまあ」


と目をまん丸く開いておばあちゃんが驚いた。


 「正子さんにもご心配をおかけしてしまったわねえ。まさかとは思うけど、こちらに向かってきてはいないわよねえ?」


 「うん、それは大丈夫。正子おばあちゃんはお母さんのこういうのに慣れっこで、『話はわかったから、また連絡しなさい』って言って電話を切っちゃったんだ。お母さんがすごく怒ってた」


 「あらあら。それ放っておいて大丈夫なのかい?」


 「たぶん平気。いっつもこんな感じだから」



 透明な細長いグラスの中で、四角い氷がコーラの泡に包まれている。わたしはストローでコーラをかき混ぜ、氷についた泡が水面に向かっていくつもいくつも浮かび上がっていくのを眺めながら言った。


 「あのね、おばあちゃん。

 弘子さんにこの前お会いしたとき、お兄ちゃんが元気に生きているって言われたの……。

 おばあちゃんはこのことを知ってるの?」



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