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公爵令嬢と恋のキューピッド作戦

作者: ののめの

 テレーゼ・リシア・エルマーニ公爵令嬢は懊悩していた。

 彼女はミューゼル王国の第一王子、エドワード・フォン・ラウリー・ミューゼルの婚約者にしてここ王立シュトラウス学園においては成績優秀、品行方正で知られる完璧な令嬢である。


 そんな学園の華たる彼女が、中庭の四阿(あずまや)でガーデンチェアに腰掛けて溜息をこぼす姿は、生徒達の噂の的になっていた。


「あの公女様にも悩みがあるだなんて」

「殿下との間に何かあったのかしら?」

「ああ、憂いを帯びたお顔もお美しいわ……」

 

 ひそひそと囁く女生徒達の声も耳に入らない様子で、テレーゼは青い瞳を伏せて悩ましげな吐息を漏らす。

 ——周りの生徒達は知らない。知る由もない。

 

(まさか、この世界が『乙女ゲー』という物語の世界だなんて……)

 

 よもや、彼女が前世の記憶を得ているだなんて。その上この世界が『忘れじのアドレセンス』という乙女ゲーに酷似している——どころか、ほぼそのまんまだなんて。呑気に噂話に興じる彼ら彼女らには、知るべくもないことであった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ここ最近、貴族の間ではとあるおまじないが流行っていた。

 満月の晩、宝石の粉を溶かした水盆を月が映るように窓辺に置き、呪文を唱えて顔を浸すと前世の記憶が覗ける。

 そんな出所もわからないおまじないは人から人へ口を伝ってじわじわと伝播し、やがてシュトラウス学園へと辿り着いた。


 多感な年頃の貴族子女達が通う学園にて、流行りのおまじないは「自分の未来が見える」「運命の人の顔がわかる」などと多少形を変えたり噂に尾ひれをつけたりしながら広まり、そしてテレーゼの耳に入った。

 水盆のおまじないを恋占いの一種だと聞き及んでいたテレーゼは満月の夜にそれを実行し——そして、自身の『前世』を見た。

 

 前世において、テレーゼはどうやら平民の女であるらしかった。両親の元で育ち、学校に通い、仕事を得て、給金で服飾品や娯楽品を買い漁る暮らしを続けていたが、病を得て若くして死んだ。

 その短い生涯の中で、前世のテレーゼは『スマホ』と呼ばれる不可思議な道具で物語を楽しんでいた。

 物語の名は『忘れじのアドレセンス』。男爵の妾の子である主人公は貴族子女の集まる学園に通ううち五人の男性に出会い、恋をして、やがて結ばれる——という、至ってシンプルな恋物語。

 だがその恋物語の登場人物や舞台設定は、いっそ奇妙なくらいテレーゼのいる現実と酷似していた。

 例えば、主人公の少女。何もしなければ『リアナ』という名前になるらしい彼女は、まさにそのリアナという名で学園に在籍している。それも物語と同じ、男爵の妾の子という身分でだ。

 さらに恋の相手となる五人の男性。アルベルト、ロイス、ハーゼル、デイビッド、そしてエドワードまでが物語と寸分違わず同じ名前や容姿、生い立ちで存在しているのだ。

 あまりの事態に、おまじないを終えたテレーゼは混乱した。前世から強い縁で結ばれた恋人が見えると思ったら、この世界が虚構として存在する世界の記憶を見てしまったのだ。理解の範疇を越える情報に、テレーゼはその晩ひどく思い悩み一睡もできなかった。


 眠れぬ夜を明かし、ようやく少し冷静になったテレーゼを次いで悩ませたのは「物語が現実になったらどうしよう」という危惧だった。

 前世のテレーゼが読んでいた物語はひとつの結末のみが用意された物語ではなく、読み手の行動や選択によってその行く末が分岐するようになっていた。ほとんどの選択肢は会話に多少の変化が起こるのみだが、最も大きな変化をもたらす選択では結ばれる相手が変わる(・・・・・・・・・・)のだ。

 読み手は誰と結ばれたいかを選ぶことができ、何なら全員と深い仲になるという終わり方もあった。そして結ばれる男性の候補には、テレーゼの婚約者であるエドワードもいた。


 エドワードと結ばれるように物語が進んだ場合、エドワードとテレーゼの婚約は白紙に戻り、代わりに主人公がエドワードの妃になる。

 もし、この世界が物語と同じような展開を迎えたとして、それがエドワードと主人公が結ばれる結末であったら——自分はエドワードの婚約者という立場を失ってしまう。


(それだけは嫌だわ)


 想像するだけでも胸が引き裂かれそうな結末に、テレーゼは整った眉をきゅっと寄せて悲痛に目を伏せる。

 テレーゼにとって、婚約者のエドワードは幼い時分からの憧れの人だった。親同士が決めた婚姻ではあったものの、テレーゼは心の底から彼の伴侶になりたいと望んでいたし、その未来を思い描いて心を躍らせていた。

 水盆のおまじないに手を出してみたのだって、自分の運命の人がどうかエドワードであって欲しいと、そんなか細い期待を抱いたからだ。


(でも、殿下が彼女(・・)を見初めてしまったら……)

 

 不安に震える白い指先を、テレーゼはきゅっと握り締める。

 テレーゼと違い、エドワードはこの婚約にさしたる感情を抱いていないようだった。

 強く拒むほどではないが、歓喜するような理由もない。ただ国の益になればという義務感だけでテレーゼの婚約者を務めているのだろう。物語の中の彼も、そうした心境を主人公に打ち明けていた。

 

 だからこそエドワードは主人公と出会い、初めて恋い焦がれる心地というものを知って、ますます主人公への想いを募らせていくのだ。

 エドワードが心から愛する人が自分ではなく主人公——この学園にいるリアナになるかもしれない。そう思うだけでテレーゼの心境はひどく荒れ、背筋が凍りついてしまいそうだった。

 

(彼女が殿下に見初められないようにするには、どうしたらいいのかしら)

 

 テレーゼの頭の中を占める悩みはそればかりだった。

 エドワードの心がテレーゼにない以上、リアナに一度恋をしてしまえばエドワードを引き留めることはできないだろう。ならば先んじてエドワードとリアナが両想いにならないよう手を打つしかないのだが、その方法が思いつかない。


 物語において、誰と結ばれるかは読み手があらかじめ決める方式になっていた。物語の序章までは無料で読めるのだが、その先誰かと結ばれるまでの物語は読み手が選んで買う仕組みなのだ。

 この世界に『読み手』が存在しているのかはわからないが、仮に存在しているならば彼か彼女がエドワードと結ばれる物語を買わないように祈るしかない。

 一方『読み手』がおらず、リアナの行動次第で誰と結ばれるかが決まるのならばまだ手立てはある。……ように見えて、実はそうでもない。


 というのも、物語でエドワードがリアナに惹かれるきっかけは妾の子という比較的低い身分でありながらも淑女として完璧な振る舞いを見せるリアナを不思議に思ったからだ。

 エドワードの方からリアナに興味を持つ——つまり、リアナの行動とはまるで関係なく、突発的に恋のきっかけが生まれてしまうのである。これではリアナが学園にいる以上必ず恋に発展しうることになってしまう。


 では、リアナを学園から追い出してエドワードから遠ざけるか。……これもできない。いかにテレーゼが外務大臣を務めるエルマーニ公爵の娘とはいえ、親の権力を振り回してひとりの人生を狂わせることなどできはしない。

 可能か否か、ではなくテレーゼ自身がそうすることを恥だと思っているのだ。だからこの選択肢は、初めからない。

 

 となれば、他の手段を講じるしかないのだが……いかにテレーゼが聡明と言えど、この難題を解決する策は一向に浮かばないのであった。

 

(わたくしは一体どうすれば……)

 

 うんうんと頭を悩ませるテレーゼをよそに、彼女を遠巻きに眺める生徒達はそんな姿も絵になると呑気に囁き合っていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 放課後。授業から解放されて余暇時間を楽しむ生徒で溢れる校舎の片隅で、テレーゼはひとり溜息を吐いていた。

 

(結局、今日も何も思いつかなかった……)

 

 ここのところ、彼女はいつもこんな調子である。昼も夜もエドワードがリアナと恋に落ちたらどうしようという不安で頭がいっぱいで、学生の本分である勉学も手につかない。

 それでも授業の内容はきちんと把握しているあたり彼女は飛び抜けて優秀なのだが——そんなテレーゼであってもどうしようもない問題というのが、まさにエドワードとリアナの恋物語への危惧である。

 どうしようどうしよう、とぐるぐる思考を巡らせながら歩いていると、ふとテレーゼの耳に美しい音色が届いた。


 練習曲のひとつを伸びやかに奏でるのは、バイオリンの音色であろう。どこから聞こえてくるのだろうと辺りを見渡すうちに、テレーゼは自分が授業以外ではあまり人気のない東棟に立っているのに気が付いた。考え事に夢中でふらふらと歩いてきてしまったらしい。


 東棟には薬学や医学の授業に使う実習室が集まっている。となれば音楽室で誰かが楽器の練習をしているのかと思ったが、音楽室はテレーゼが現在いる二階ではなく三階にある。にも関わらずこれほどまで克明に音色が聞こえるということは、二階にある薬学実験室か倉庫に音色の主がいるのだろう。


(一体どんな方が弾いているのかしら)


 わざわざ音楽室ではなく薬学の教室を選ぶ酔狂な真似をする演奏者に興味を駆られ、テレーゼはバイオリンの音色が漏れる扉に手を掛ける。そしてそっと扉を開き——目を見開いた。


(あそこにいるのは……リアナさん?)


 薄く開いた扉から見えたのは、薬学実験室の机のひとつに腰を下ろして演奏に耳を傾けるリアナの姿だった。さらにその視線の先には、窓際でバイオリンを奏でる金髪の生徒の姿がある。

 思いもよらぬ先客の姿に呆然とするテレーゼに、金髪の生徒が演奏の手を止める。ちらりとテレーゼの方に目を向けたところからしてどうやら彼女の来訪に気付いたらしいが、リアナはただ演奏が終わったものと思ったのかぱちぱちと拍手をした。


「とても素敵。まるで天使の囁きみたい」

 

 リアナの言葉に、金髪の生徒が柔く目を細めて彼女の方を向く。立ち聞きしているテレーゼは一旦置いておいて、メインの観客であるリアナに応対することにしたようだ。


「ずいぶん無邪気なことを言ってくれるんだね」

「ごめんなさい。失礼だったでしょうか」

「いいさ、むしろ嬉しいくらいだよ。気分がいいからもう一曲弾きたいな」

「いいんですか!」

 

 声を弾ませるリアナに「何が聴きたい?」と男子生徒が優しく尋ねる。リアナが答えた曲を彼が奏で始めたのを聞いて、テレーゼははっと我に返ってその場を走り去った。

 

(今のやりとり……確か、あの水盆の中で見たような)

 

 夕方の校舎と、人気のない教室と、二人きりの演奏会。そのシチュエーションは前世のテレーゼが読んでいたあの物語の分岐のひとつで見た記憶があった。

 自由と音楽を好む道楽者の貴公子——ハーゼル・クラウス・オレイユと結ばれる物語に、そんなシーンがあったはずだ。

 

(そうだわ)


 東棟を抜け、渡り廊下の中央へ差し掛かったところでテレーゼは足を止める。

 その脳裏には、今まで得ようとしても得られなかった妙策がひらめいていた。


(リアナさんが殿下と結ばれる前に、別の殿方と結ばれるようにすればいいのよ!)


 物語において、恋に落ちる相手は原則一人だった。

 例外として全員と親密な仲になる『特別編』なるものもあったが、それはあくまでおまけのような位置付けで仲良くなる過程はすっ飛ばしてみんなに愛される様子を楽しむだけの代物だった。

 

 ハーゼルとふたりきりの演奏会は、ハーゼルと結ばれる物語——前世の記憶で言うところのハーゼルルートとやらでのみ見られる光景だ。つまりリアナはすでにハーゼルルートに入っていると見てもいい。

 しかし、前世の物語では一人の物語を読むかたわらまた別の誰かの物語も同時並行で読むことができた。前世のテレーゼもハーゼルの物語を読む中で彼の実像が明らかになるたび、ほかの誰かの物語を読み直してそこでの彼の発言を紐解いて「これはこういう意図だったんだろうなあ」と推理する作業をやっていた。


 つまり、誰かと完全に結ばれるまではどの物語も並行で発生し得るということだ。下手をすれば特別編のようにリアナが全員を落とす未来も起こりかねない。それはまずい。

 なら、手っ取り早く誰か一人に絞って親密になってもらえるように仲を取り持ち、ほかの誰かに目移りする前にカップル成立させて仕舞えばいい。

 題して、『ドキドキ♡恋のキューピッド作戦』。


(我ながら名案だわ!)


 降ってわいた天啓に内心歓喜しながら、テレーゼはさっそくこの作戦を実行しようと心に決めた。


 次の日から、テレーゼはこっそりとリアナの様子を窺い、またハーゼルに関する情報も集めた。

 テレーゼの見た物語の中で、リアナはカーマイン男爵の妾の娘という設定だった。

 可能な限り貴族子女は兄弟姉妹までシュトラウス学園に入学させる努力義務があるとはいえ、正妻以外に産ませた子に学費を出す貴族はさほど多くはない。さらに他の生徒からは妾腹ということで陰口を叩かれたりと、あまり良い扱いを受けないのが普通であった。

 だからこそ、そうした身分を気にせず優しく接してくれる相手としてエドワードを始めとした五人の男性が物語にはいるのだが、その中でリアナが現在親しくしているのは音楽の貴公子ことハーゼルただ一人だけのようであった。

 

 ハーゼル・クラウス・オレイユ子爵令息はこと音楽の才能に関しては一流だが、他の貴族子女との交友をわずらわしいと一蹴し一人で趣味の演奏に浸る自由気ままな青年だ。

 一見すると近寄りがたいようにも思えるが、その反面親しくなれば身分の差などお構いなしにひとりの友人として相手を尊重してくれる——というのが、物語での彼の人となりだった。先日のリアナとの演奏会を見るに、それは現実でも変わらないのだろう。


(まだハーゼルルート以外には入っていないのね。彼との物語が進行しているのならそれを進めてしまうのが一番確実だわ)


 現状を把握した後、テレーゼは二人がよく入り浸っている東棟に足を向けた。仲を取り持つならばやはり二人に接触して働きかけるのが手っ取り早いからだ。

 バイオリンの音色を頼りに医学実習室の前までたどり着き、薄く扉を開けて中の様子を窺う。夕暮れのオレンジに染まる教室の中にはリアナの姿はなく、ハーゼルが窓辺で一人練習曲を奏でていた。

 

(今日はいないのかしら?)

 

 テレーゼが首を捻っていると、不意に演奏を止めたハーゼルと視線がぶつかる。どうやら今日も立ち聞きに気付かれてしまったらしい。

 

「こ、こんにちは」

「そこで見ていないで入ってくればいいのに」

 

 気まずさからおずおずと挨拶をするテレーゼに、ハーゼルが呆れ顔で呟く。促されるままドアを開けてハーゼルの近くの席に腰掛けると、彼は窓際にもたれかかったままテレーゼを見下ろした。

 

「最近、ずっと僕を見ているようだけれど。何か用があるのかい?」

「いえ、その……音楽室ではなくてこういった所で演奏をされているので、珍しいなと思って」

「へえ。演奏会の真似事は音楽室でやれ、と言いたいのかな?」

「ち、違いますわ!」

 

 捻くれた解釈をするハーゼルに、テレーゼは慌てて手を振って否定する。そういえばハーゼルはこういう風にわざと人を遠ざけるような物言いをする人物であった、と今さらになって思い出し、その手強さに内心唸った。

 ハーゼルとリアナの両方に働きかけて二人を結びつけるつもりであったが、こういう態度を取られるならハーゼルに接触するのは避けたほうが良いかもしれない。

 と、なれば——


「あの……先日、リアナさんがあなたの演奏を聴いていらしたでしょう。だからここに来ればリアナさんに会えると思って……」

「ふうん。それじゃ、用があるのは彼女の方かい?」

「ええ。わたくし、できればリアナさんとお友達になりたいの」


 ハーゼルがダメならリアナから。題して、『リアナと仲良くなって恋のキューピッドになってしまおう大作戦』。

 将を射んと欲すればまず将を射る、とばかりのド直球で安直な作戦だが、やはりこれが一番確実だ。リアナの恋路を応援するのであれば、彼女と仲良くなって相談に乗るなりアドバイスをするなりすればいい。


 ただ、この作戦にはひとつだけ穴がある。


「友達、ね。なぜ仲良くなりたいんだい? 言ってはなんだが、君と彼女では身分に差があるように思えるけれど」


 ……そう。まさしくハーゼルの指摘通り、テレーゼとリアナが仲良くする理由はないのだ。


 同じ学園に通っているとはいえ、テレーゼは王家に連なる高貴なる血筋を持つエルマーニ公爵の娘。一方リアナは諸侯のひとりでしかないカーマイン男爵の妾の子。

 爵位だけでも開きがあるのに、正妻の子と妾腹ではさらに扱いに大きな差が生まれる。学園の華であるテレーゼが後ろ指を指されることも少なくない彼女に声をかけるには、相応の理由がいる。


 生まれのせいで苦労しているだろうから、力になってあげたい。

 ……ダメだ。少ないとはいえ他にも妾の子という身の上の生徒はいる。彼女でなくてはならない理由にするには弱い。

 前世の物語でエドワードと結ばれていたから、それを阻止するために仲良くなりたい。

 ……これもダメだ。突拍子がなさすぎて頭がおかしくなったと思われる。身分違いを気にしない柔軟な思考のハーゼルでも「実はこの世界は物語の舞台なんです」なんて話をやすやすと受け入れてくれるとは思えない。


 熟考を重ねたのち、テレーゼが導き出した答えは——


「じ、実はその……前世からの縁がある人が見える、というおまじないで彼女の姿を見て。それからずっと気になっているのです」

「おまじない。と言うと、あの水盆のかい? 確か僕が聞いた話だと未来が見える、という話だったが」

「ええ、そうなのです。前世にせよ未来にせよ、そこで私のそばにリアナさんがいるのなら、きっと良いお友達になれるのではないかと……」


 秘技。『嘘をつくならそこに少しの真実を混ぜよ』の術。

 正直苦し紛れの策ではあったが、それでハーゼルは納得してくれたのか「なるほど」と小さく頷いた。


「学園の華ともあろう人が、そんな理由で興味を持つなんてね……おまじないとやらも馬鹿にできないな」

「あら、ご存知ありませんの? おまじないで見た前世の恋人を目を皿のようにして探す女子も少なくありませんわ」

「恋とは病の如きものだな、まったく」

 

 やれやれと首を振りながらも、ハーゼルは「そういうことなら」とテレーゼとリアナの仲を取り持つことを約束し。

 そして後日、言葉通りにふたりが顔を合わせる場が用意されたのであった。

 

「ご機嫌麗しゅう、公女様」

 

 スカートの裾をつまみ、緩やかに一礼をするリアナにテレーゼは内心舌を巻いた。

 

(完璧なカーテシーだわ)

 

 リアナのカーテシーの姿勢はケチのつけようもないほど美しく整った、まさしくお手本のような代物だった。

 学園に通う前から家庭教師をつけて礼儀作法を教えなければ、これほどまでに美しい所作はできないだろう。

 あくまで妾の子にも関わらずしっかり教育を施されているのは、物語の中だと彼女が実はさる国の王女であり、自国で起こったクーデターから逃れてカーマイン男爵の下に身を寄せたという事情があるからなのだが——それはさておき、リアナの所作は公爵家令嬢として幼少期から厳しく躾けられてきたテレーゼをも唸らせるほどに洗練されていた。

 

 それだけでなく、リアナは容姿も麗しい。短く切り揃えられた柔らかな亜麻色の髪も、白くきめ細やかな肌も、ふっくらとした薔薇色の頬も、エメラルドのようなきらめくグリーンの瞳も、その全てが目を捉えて離さないほどに美しい。

 さらには学業の成績も並いる貴族子女を押さえて上位に食い込んでいるのだから恐ろしい。完璧な淑女と謳われるテレーゼから見ても、彼女は完全無欠の美少女であった。

 

(こんなに素敵な子がライバルだなんて、とても太刀打ちできないわ)

 

 主人公の風格を前に鼻白みながらも、テレーゼもまたカーテシーを返す。焦る心を抑えてにっこりと微笑んでみせると、対面するリアナがぽっと頬を染めて俯いた。

 

「会えて嬉しいわ、リアナさん。おまじないで姿を見た時から、ずっと会いたいと思っていたの」

「わ、私も……オレイユ様からお話を伺って、今日この時公女様と会う瞬間を待ち焦がれておりました」

 

 テレーゼの言葉に、リアナがどこかもじもじと恥じらった様子で言葉を紡ぐ。緊張しているのかしら——とテレーゼが考えていると、ハーゼルがぱんと手を打ち鳴らした。

 

「それでは、後はお若い二人に任せるとして。邪魔者はここで退散させてもらおうかな」

「えっ、オレイユ様……?」

「まあ、邪魔者だなんて。あなたもご友人としてここにいてくださってもよろしいのよ」

「いやいや。いくらなんでも運命の出会いを邪魔するほど僕も無粋じゃないよ」

 

「ごゆっくり」とウィンクをして、ハーゼルが後ろ手に扉を閉める。教室の中にふたり取り残されたところで、リアナは唐突に深々とテレーゼに向かって頭を下げた。

 

「あ、あの、申し訳ございません……私が余計なことを言ったので、オレイユ様に何か勘違いをさせてしまったみたいで」

「余計なこと?」

 

 テレーゼが聞き返すと、リアナは恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら答える。

 

「その……公女様のなさったおまじないは、女子の間では『前世の恋人の姿が見える』という噂で通っているもので……それをうっかりオレイユ様に話してしまったので、公女様が私の前世からの縁で結ばれた恋人なのだと思われてしまったようで……」

「はうっ⁉︎」

 

 とんでもない爆弾発言に、テレーゼは悲鳴じみた声を漏らして硬直する。……確かにあのおまじないはそんな恋占いじみた噂のあるものだった。だからテレーゼもエドワードが映らないかと思って試してみたのだ。

 実際のところテレーゼが見たのは何の変哲もない前世の記憶だったわけだが、前世の恋人が見えると噂されるおまじないでリアナが見えたということは——リアナが前世の恋人だと言っているようなものである。

 

(わたくしったら、なんてごまかし方をしてしまったの……!) 


 後悔しても、時すでに遅し。今のテレーゼにできるのは、ただ申し訳ないと頭を下げ続けるリアナをなだめすかし続けることだけであった。


 ◇◆◇◆◇◆


 それから数ヶ月。テレーゼはリアナとハーゼルの仲を取り持つべく精力的に活動を続けた。


 リアナとハーゼルをお茶に誘って、「あとは若い二人で」と退出したり。占い師を買収して二人は相性ぴったりだと言わせたり。リアナと街に買い物に出かけてハーゼルの喜ぶプレゼントを選ばせたり。

 テレーゼの活躍の甲斐あって、二人は次第に親密な仲になっていった。このままいけばふたりは結ばれて、ハーゼルルートの大団円を迎えるであろう。


 一方、テレーゼの恋路にも変化があった。エドワードの名で王宮への呼び出しがあったのだ。

 恋のキューピッド作戦に勤しむ合間に、テレーゼはエドワードとなるべく逢瀬を重ねて彼の喜ぶプレゼントを贈ったり興味のある話題を振ったりと距離を縮めるべく奮闘していた。その成果がようやく実を結んだのかもしれない、とテレーゼは喜び勇んで王宮へ馬車を走らせた。


 応接室で待っていたエドワードの表情には、どこか翳りの色が見えた。どうしたのかしら、と首を捻りながらテレーゼがエドワードの対面の長椅子に掛けると、エドワードは躊躇いがちに口を開いた。


「すまない、テレーゼ。君との婚約を解消したい」


 突然の宣告に、テレーゼは頭から冷水を浴びせかけられた心地になった。身体の芯がすうっと冷えていき、頭の中でエドワードの言葉がうるさく反響する。


「君が私のために心を砕いてくれていることは知っている。不誠実極まりない対応だとも思う。だが私は愛する人を見つけてしまった。その人はクレール王国の正統なる後継者だった」


 霞む視界の中でエドワードの姿が何重にもぶれ、すぐ近くにいるはずの彼の声がひどく遠く聞こえた。


 知っている。男爵令嬢リアナ・カーマインの本当の名はユリアンヌ・レティ・フォニエ・クレール。

 謀反を起こした王弟の手から逃れるべくメイドに連れられてこのミューゼル王国まで亡命し、そしてつい最近暴君となった王弟が討たれたことでクレールの正統なる王として担ぎ出されたのだ。


 リアナの出生は物語の終盤で明かされる。王宮から出されたその御触れに、学園の生徒は大いに驚愕した。リアナ自身も一変した自分の立場にひどく戸惑いを覚えていた。

 それでも変わらずいつもの態度で接してくれるハーゼルが心の支えとなり、クレールの女王となる決意を固めるのが物語での展開だった。


 全て物語の通りに進んでいると思っていた。それなのに。


「クレールの政変を収めたあかつきには、変わらぬ友好の印としてクレールの王族と我が国の王族で契りを交わす約定になっていた。できることならば私がその架け橋となりたいのだ。わがままだとはわかっているが、私はそれほどまでに彼女に惹かれてしまった。私のように心ない男に嫁ぎ愛を得られぬ妻になるよりは、己を愛してくれる男に嫁いだほうが君も幸せだろう」


 エドワードの言葉のひとつひとつが胸を貫き、テレーゼの心から血を流させる。

 惹かれた? いつ? どうして?

 物語ではふたりが惹かれ合うきっかけとなる出来事はいくつもあった。でも現実では起きていなかった。

 それなのに、どうして?


「……本当にすまない。常に側で尽くしてくれていた君ではなく君の友人に懸想するなど、あまりにも酷なことだとわかっている。だがどうしても恋い焦がれることを止められなかった。君の隣で微笑む彼女の顔が忘れられなかった。王太子でなくなったとしても、私は彼女の側にいたいと思ってしまったのだ」


 ああ、そうだ。エドワードルートでは彼は次代の王となる未来を捨ててでもリアナと結ばれることを選び、女王ユリアンヌの伴侶になるのだ。

 そこは物語と同じ。でも、これは物語じゃなくて現実。

 現実だから、物語と違うことが起きる。テレーゼがリアナと仲良くなったのも物語とは違うこと。


 わたくしがリアナさんと友達になったから、物語とは違う結末を迎えてしまった?


「君にはいくら詫びても足りない。王家から賠償金の支払いと次の縁談の紹介はされるが、それでも君の受けた苦痛には見合わないだろう。……本当にすまない」


 それ以上は頭に入ってこなかった。

 

 ただ平静を装うことだけに全ての意識を割いてエドワードと言葉を交わして、部屋から退出して、馬車に乗り込んで学園の寮まで戻る。エドワードと何を話したか、去り際に彼がどんな顔をしていたかなんて覚えていない。


 寮の部屋で侍女にドレスを脱がせてもらった後、テレーゼは一人にして欲しいと告げて部屋の鍵を閉めてベッドに突っ伏した。貴族寮の部屋はいくら声を上げても外には音が漏れたりはしない。枕に顔を埋めてわんわんと子供のように泣き喚いて、気が付けば朝を迎えていた。


「ひどい顔」


 泣き濡れたまま眠ってしまったテレーゼの顔は、頬に涙の跡がくっきり残り目元も赤く腫れていた。

 侍女を呼んで顔を洗い、化粧を施して貰えばだいぶ見られる顔になったが、それでも目元の腫れまでは隠せなかった。


(少し時間が経てば治るかしら……)


 なるべく注目を浴びないことを願いながら学園に向かうと、学内はいつもより慌ただしい雰囲気に包まれていた。


「何かあったの?」


 親しい女子生徒を探して声をかけたものの、彼女はテレーゼの目元が腫れているのに気付いたのか「大丈夫ですか」と尋ねて心配するばかりでまるで要領を得ない。

 何があったのか聞かせてちょうだい、と強めに促すと、ようやく彼女は気まずそうにことの仔細を教えてくれた。


「オレイユ様が殿下を殴られたんですって。殿下のいらっしゃる教室までわざわざ出向いて」

「ええっ?」


 詳しく話を聞くと、朝登校したエドワードが教室に入ろうとしたところで待ち構えていたハーゼルがエドワードと二、三言葉を交わした後突然エドワードの横っ面を殴りつけたらしい。

 ハーゼルはすぐにエドワードの護衛に拘束されたが、普段からは想像もつかないほどの剣幕で「彼女の気持ちを考えないのか」「お前は男として最低だ」などとエドワードに怒鳴り散らしていたそうだ。


「それで、近くで殿下とオレイユ様の会話を聞いていらした方がいらっしゃったのですけれど。殿下がリア……クレール王女殿下に求婚なさったそうで。でも、殿下は公女様と婚約なさっているはずでしょう? だからどういうことだろうと騒ぎになっているのですわ」

「……そう、だったの」


 どうやら、テレーゼとの婚約解消とリアナとの婚約は同時並行で進められたようだ。

 リアナはエドワードの求婚を受け入れたのだろうか。なぜハーゼルがエドワードを殴ったのか、という疑問よりもそちらのほうが気にかかって仕方なかった。


 ふらふらと教室に向かうと、いつもの教室後方の席にリアナが座っているのが見えた。

 何が言いたげにこちらを見つめるリアナに微笑みを返して、テレーゼは自分の席に着く。上手く笑えたかどうかはわからない。リアナが表情をこわばらせたのを見るに、ひどい顔をしていたのかもしれない。


(早く立ち直らなければね……)


 そうは思うものの、これからどうするべきかまるで考えがまとまらない。

 子供の頃から将来は王妃になってエドワードを支えるのだと夢見ていた。それ以外の未来など想定していなかった。

 王妃教育を施されたテレーゼなら、どこへ嫁いでも上手くやっていける実力はあるだろう。でも上手くやれるビジョンが見えなかった。エドワードに婚約解消を言い渡された瞬間から、テレーゼの将来のビジョンはがらがらと崩れ去ってただ真っ黒な暗闇だけが鼻先に広がってしまった。


 授業の内容もまるで頭に入らず、放課後を迎えたテレーゼは虚ろな心地で寮へ戻った。部屋に戻って何をするかなんて考えていなかった。ただ何も考えないで済むように早く寝て、明日になったら授業を受けて、終わったらまた寝るだけのことだ。


「テレーゼ様!」


 自分を呼ぶ声に、テレーゼは反射的に足を止めた。

 振り向いた先にはリアナが立っていた。教室からテレーゼを追いかけてきたのだろうか。


「なあに、リアナさ——クレール王女殿下」


 半ば無意識のうちに以前の彼女の名を呼んでから、今は違うのだと思い直して訂正する。彼女はくしゃりと顔を歪めた後、テレーゼに歩み寄って深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、テレーゼ様。私の……私のせいで、エドワード様との婚約を解消されたとお聞きしました。私が頭を下げてどうにかなることではございませんが、どうしても謝りたかったのです」

「いいえ。王女殿下が気になさることではありませんわ。殿下のお心を繋ぎ止められなかったのはわたくしのせいですから」

「でも……」


 リアナの目は悲痛に潤んでいた。

 ああ、彼女はあくまで友人としてわたくしを憐れんでくれているのだわ。わたくしが彼女と友達になったから殿下の目に彼女を触れさせる機会が増えて一目惚れのきっかけを作ってしまったのだろうけど、彼女からすれば自分が殿下を取ってしまったようなものだものね。

 でもいいのよ。わたくしのことは気にしないで。どうせわたくしは恋の障害だもの、わたくしを乗り越えてあなたは幸せになって。


「どうかお幸せに、王女殿下」


 そう告げてテレーゼが一礼し、顔を上げるとリアナは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「……私の幸せを願うのであれば。私が幸せになるためのわがままを言っても構いませんか」

「え、っ」


 わがまま、という単語にエドワードの言葉がフラッシュバックし、テレーゼの思考が凍りつく。

 ——わたくしは求められていない。殿下が求めるのはリアナさんだけ。

 殿下がわがままでリアナさんを求めたのなら、リアナさんもまた殿下を求めるのかしら?

 それなら両想いだし、何よりわたくしはもう婚約者などではないのだから、わがままだなんて言わなくてもいいのに。

 そう。わたくしはただの邪魔者。だから用が済めば消えるだけ。


 内心自嘲するテレーゼの手に、不意に温かいものが触れる。冷え切った心の芯を溶かすような温もりに現実に引き戻されたテレーゼが見たのは、縋るように胸の前でテレーゼの手を握るリアナの姿だった。


「テレーゼ様。どうか私の伴侶になってください。私の妻として、私と共にクレールを治めてください」

「……えっ」


 唐突な告白に、テレーゼは耳を疑った。

 わたくしが伴侶に? どうして? 殿下ではなくて? 


「あの、で、殿下と婚約をなされたのでは……?」

「殿下の申し出ならば断りました。私のせいで婚約を破棄されたのにこのようなことを申し上げるなんて、厚かましいとはわかっていますが……それでもテレーゼ様を慕う心を捨てきれなかったのです」

「わ、わた、わたくしを? オレイユ子爵令息ではなく?」

「まさか! ハーゼル様は良いご友人です。それにハーゼル様もテレーゼ様との仲を応援してくださっていたのです」

「え、えええっ⁉︎」


 まさかの展開に、テレーゼは目を白黒させる。

 そういえばふたりをお茶に誘った時、中座したテレーゼをリアナが追いかけてきたり、リアナとハーゼルへのプレゼントを買った時にリアナに言われてお揃いの髪飾りを買ったり、学園祭の時にやはり三人でいるところでテレーゼが中座する前にハーゼルが消えて二人きりにされたりと、それらしい兆候はあった気がする。


 だがいくらなんでも、ほかの見目麗しい殿方を差し置いてテレーゼがリアナの意中の人になるなんてあり得るだろうか。そもそも出会いもハーゼルの仲介というだけで、ドラマティックな展開があったわけでもないのに。


(あっ)


 リアナとの出会いを思い返して、テレーゼの脳裏にある可能性がよぎった。

 水盆のおまじない。前世の恋人が見えると貴族女子の間で一時期ブームを巻き起こしたそれ。テレーゼはそれでリアナが見えたとハーゼルに話し、ハーゼル経由でもリアナに話は伝わっていた。


 まさかその瞬間から、ありもしないはずのテレーゼルートに入ってしまったとでもいうのだろうか——⁉︎


「テレーゼ様」


 愕然とするテレーゼをよそに、リアナは熱を帯びた瞳でじっとテレーゼを見つめてくる。明らかに恋する乙女の眼差しだ。

 確かにここは現実であって物語ではない。だから物語と違う出来事が起きたっておかしくはない。


 でも、まさかわたくしが彼女(ヒロイン)に見初められるだなんて思わないでしょう……!


「お、王女殿下……」

「リアナ、とお呼びください、テレーゼ様。あなたにはそう呼ばれたいのです」


 きゅ、とテレーゼの手を握る指にさらに力を込めてリアナが言う。

 物語の中でも、こうやって結ばれる相手には「今まで通りリアナと呼んでほしい」と彼女は言っていたのだ。互いに名前で呼び合うのも、心に決めた相手だけ。


 テレーゼは、もはや目の前の現実を受け入れるしかなかった。


 ◇◆◇◆◇◆


 夕暮れの東棟に、美しいバイオリンの音色が響く。


 伸びやかに奏でられる音色に導かれるまま薬学実験室を訪れたテレーゼを、ハーゼルはやわらかな笑みで出迎えた。


「相変わらず仲睦まじいようで安心したよ、エルマーニ嬢」

「あなたのおかげですわ。オレイユ様」


 テレーゼとその隣にいるリアナに穏やかな眼差しを向けるハーゼルに、テレーゼは最大限の敬意を込めてカーテシーをした。

 

 本来ならば王族への傷害で不敬罪に問われるところであったハーゼルは、エドワードの意向とリアナの嘆願により数日の停学処分という軽い処分にとどめられた。

 彼はエドワードが身勝手な婚約解消でリアナもテレーゼも深く傷付けたことを二人の代わりに怒ってくれたのだろう、とリアナが教えてくれたのだ。


「君達二人の新しい門出を祝って何か弾こうか。何がいい?」

「私はハーゼル様が弾いてくださるのであれば何でも構いません。テレーゼ様は?」

「わたくしもお任せしますわ」

「わかったよ。それじゃ好き勝手に弾かせてもらおう」


 言うが早いか、ハーゼルはバイオリンの弓を引いて優美な音色を奏で始める。紡ぎ出される旋律はミューゼル王国の結婚式でよく演奏される行進曲のそれであった。

 

 目を閉じて聞き入るテレーゼの手にやわらかな指が触れて、肩にリアナの温度が伝わる。身を寄せ合うふたりの少女を、祝福を込めた婚礼曲のメロディーがやさしく包み込んでいった。

地味王子より先に書いていたけど没りかけていた作品でした。

水盆のおまじないがあるあたりルヴィルカリアの周辺国かもしれません。きっと。


◆テレーゼ・リシア・エルマーニ


公爵令嬢。

リアナとハーゼルを結びつけるべく動いていたら、なぜか自分がリアナと結ばれてしまい困惑した。

ちなみにミューゼル王国とクレール王国では貴族間の同性恋愛は愛人関係止まりが多いもののそんなに珍しくはなかったりする。



◆リアナ・カーマイン


男爵令嬢、だったが実は王女。

テレーゼを運命の人と思い込み、テレーゼルートに突入。彼女を伴侶としてクレール王国へ連れ帰った。

同性で婚姻するのは……とかお世継ぎはどうなさるの、などとテレーゼにはごねられたが、同性愛は貴族間では珍しくないしクーデターを起こした王弟(元第一王子)とはまた別の王弟(第三王子)から養子を取れば問題なし!と押し切った。つよい。



◆ハーゼル・クラウス・オレイユ


子爵令息。

百合をお膳立てして去っていく男。実はリアナにほんのり想いを寄せていたりもしたが、リアナとテレーゼが親密になっていくにつれて自ら身を引いた。

リアナ達が結ばれた後は、リアナに推薦されクレール王国の宮廷楽団長を務めた。

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