彼らの天国
「おぉー……意外だ」
と、思わず呟き、彼は咳払いをした。
独り言などは恥ずかしい。お上りさんと思われかねない。しかし、軽く辺りを見回してみれば、誰もが横になってのんびりしているようで、こちらを気にする様子はない。
「ここが天国かぁ……」
彼は確認するようにそうしみじみと言った。
そう、彼は死んだ。つまらない事故で、死ぬには早い年齢だった。しかし、当人はそれをさほど惜しんでいなかった。地獄に堕ちると思っていただけに喜びの方が勝っていたのだ。
生前、彼は痴漢や万引き、脱法ハーブなど小さな犯罪を重ねていた。しかし、逮捕されたことはまだ一度もなかった。だから、天は自分の悪行を知らなかったのだろうと、彼は納得した。
彼はなんとなく近くにある木のもとに腰を下ろし、背中を預けた。
その木にはいくつかの林檎ほどの大きさの実がなっていた。そのことに気づいた彼は、億劫そうに立ち上がり、一つだけ摘んだ。そして、食べてみて驚いた。味と食感が変化するのだ。それは咀嚼しながらふとステーキがあれば良いなぁと思った瞬間のこと、その味になったのだ。さすがは天国。彼は感心し、ラーメン、カレーなど様々な味を楽しんだ。
また一つ摘んで食べ、満腹になると、そのぽかぽかとした気候もあり、誘われるままに眠りについた。
そして、それを繰り返した。
しばらく経つと、彼は立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回しながら歩き始めた。
飽きたわけではないが、少しは変化が欲しい。この気候も暮らしもこのままずっと続くのだろうから。それに一つ疑問があった。しかし、誰かに話を聞いてみようとしたが、皆ぼんやりとしていて、ろくに返事もなかった。
誰か話したそうな人はいないかと考えていたその時、見つけた。しかし、それは人ではなく……
「あ、あの」
「はい?」
「天使ですよね……? あ、天使さんか、ははは……」
「ええ」
「お、おおぉ、あ、いや、自分なんかが天国に来ちゃってすみませんっていうか、ははは、いやー、お日柄もよく、素敵な場所で、なんてぎこちないですよね。久々に会話する気がして、いやー、でもあれですね。おなかとか空くんですね、天国なのに。あ、いや、文句とかじゃなくてですね、はははは」
と、彼は久しぶりに会話ができることに喜び、笑った。その彼に、天使は言った。
「ええ、まあ、ここはあなたのための天国じゃないので」
「へえー……ん? え、それはどういう意味……」
「ここは虫たちのための天国です」
天使がそう言って、彼の下腹部を指さした。「健康でいてくださいね」と天使が囁くと、彼のおなかが機嫌良さそうに、ゴロゴロと鳴った。