追放されたキノコ栽培師。食用キノコ、毒キノコ、ドーピングキノコなど、なんでもござれの縁の下の力持ちだったからパーティーは魔物に敗北、壊滅、逃走。じゃあその魔物、キノコで倒します
「どうだい? 今日はマッシュルーム入りのスープ、椎茸と挽肉のソテーにしてみたんだけど。椎茸は油を吸うからね。肉の油を余すことなく使えてよりジューシーになるのさ」
森の奥深く。もぐもぐとおれが作った料理を食べるパーティーメンバーたち。おれは料理にはそこそこ自信がある。スキルと料理の腕を見込まれてパーティーに加えてもらったのだ。だからみんな当然、美味しいと言ってくれ…
「わたし椎茸嫌いなんですけど~」
赤髪の女魔術師 ミラがそんな文句を言ってくる。それを皮切りに、次々と仲間の口から溢れ出る文句と罵詈雑言。
「おれも…個人的にスープにマッシュルームはなし派」
「てかこいつさぁ、料理と荷物持ち以外なにもできなくね?」
「戦闘の時も後ろでキノコ育ててるだけだしね。どうせち〇こもなめこでしょ?」
黙って聞いてればその発言は見過ごせん! おれはミラに言い返す。
「うおおおい! そんなちっさくねぇわ! おれのち〇こは松茸だわ!」
「ダリアうるさい」
そこでパーティーのリーダーである金髪の勇者、ヒナタにうるさいと言われてしまう。一斉にヒナタに視線が集まる。そして、
「正直、きのこは飽きた。もうおまえは用済みだ。消えろ」
はい。というわけでおれは、そんなしょうもない理由でパーティーから追放されたのだった。
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数日後。おれは森のすぐ近くの村に滞在していた。宿のベッドに寝転がりながらこれまでのことを思い出す。
キノコ栽培師
どんなきのこでも即座に育てられるスキル。おれはこれまでそのスキルを駆使し、パーティーメンバーの能力強化や痺れキノコ、毒キノコによる魔物の弱体化、果ては荷物持ちから雑用まで、勇者パーティーのメンバーとしていろいろなサポートを行ってきたつもりだった。だが…それは本当につもりだけだったようだ。パーティーメンバーはおれを必要としていなかった。
おれはけっこう皆との旅が楽しかったのにな…あれ、なんでだろう? 目から水が…
うん…とりあえずハッピーになって頭がパーになるキノコでも食べるとするか…
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その頃、森の中。勇者パーティーは一匹の魔物と対峙していた。像のような巨大な体躯にサイのようなごつい角。岩のようにごつごつとした肌。この森の主、ベヒモスだ。
「おら、おまえら! 気張ってくぞ!」
「「「おう!」」」
ヒナタの掛け声と共に、ミラがパーティー全体に強化魔法を施す。それと同時に赤い目を光らせたベヒモスが突進してきた。丸太のように太い足が地面を踏むたびに地面が揺れる。しかし勇者たちに焦りはない。なぜなら、
「いけ!」
「おう!」
こちらには竜の突進をも防ぐ自慢のタンクが居るから。重武装して盾を構えたタンクがベヒモスの前に立ち塞がる。作戦はタンクが攻撃を受け止めたところで、他の三人が側面からベヒモスを袋叩きにする。そう考えてヒナタが口角を上げた直後、
「がっはぁ!?」
タンクが吹き飛ばされる。そのまま木に叩きつけられて「ぼきっ!」と嫌な音が響いたかと思うと、ずるずると地面に落ちて動かなくなるタンク。目を見開くヒナタたち。
「くそが! やりやがったな! おまえら仇を取るぞ!」
「「おう!!!」」
熊の獣人と盗賊の男がヒナタの言葉に呼応し、三人が一斉にベヒモスに躍りかかる。獣人が斧を、盗賊が短剣を、そしてヒナタが聖剣を振るう。
ゴンッ!! ガキンッ! キィンッ!
しかし三人の攻撃はベヒモスの硬い皮膚に弾かれ、傷一つ与えられない。それどころか、盗賊がベヒモスの足に踏みつぶされて「ぐぇっ」という断末魔の悲鳴と共に大地の染みとなった。
おかしい。ベヒモスくらい、いつもなら余裕で倒せるはずなのだ。にも関わらずもう既に二人も…
ベヒモスの突進を横に跳んで避けるヒナタ。そこでとある違和感に気が付く。
なぜか身体がいつもより重いのだ。まるで昨日まであったはずの羽が飛んで行ってしまったかのように、身体が思うように動かない。なぜ? どうして? と目を泳がせるヒナタ。
しかしそんな悠長に考えている時間はない。
ゆっくりと振り向くベヒモス。その赤く輝く目がヒナタの姿を映す。わなわなと震えるヒナタ。
だがまだだ。まだ、魔法が…
「―――――我が命に応えて現出せよ! イグニス・フレイム!」
全てを焼き尽くす灼熱の業火。ミラの放った魔法がベヒモスを襲う。爆発。轟音。マグマの温度を優に超える炎がベヒモスの身体を包み込む。
「ぐもおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
「や、やったか!?」
ベヒモスの絶叫が響き渡る。思わずガッツポーズをするヒナタ。
しかし、爆炎が晴れた先、そこには無傷でこちらを睨むベヒモスのが姿あった。その赤い目は怒りに満ちている。
いまにも飛びかからんとするベヒモス。姿勢を低く、ただでさえ太い足の筋肉が盛り上がってさらに肥大化する。
勝てない。それを見て悟ったヒナタたちは踵を返し、脱兎のごとく逃げ出した。
「ぶぅぅぅもぉぉぉぉぉ!!!」
その背後ではベヒモスの怒りに満ちた咆哮が轟き、ヒナタたちを追いかける地響きが鳴り響く。
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夜。おれは食料品の買い出しに来ていた。
え? キノコ出せるならそれ食べればいいじゃんって? バカだなぁ。キノコだけだとバランスのいい食事にならないだろ? それにキノコは他の食材と掛け合わせることでその真価を発揮するんだ。そんなこともわからんやつはキノコ検定でも受け直してくるんだな! キノコ検定ってなにか知らんけど!
いかんいかん。さっき気持ちよくなるキノコを食べたからだろうか? 随分とテンションがハイだ。すれ違う人々がこちらをやばい人を見るような目で見てくる。うん、極めて心外だ。
おっと、それよりも食材だ。おれはレタスを手に取っり、じっと観察する。できるだけ質のいいものを狙いたい。ここは集中である。
そうしておれが野菜や肉を選んでいると、
「ぎゃああぁぁぁぁ!!! 助けて! だれか助けてぇぇぇぇ!!!」
昨夜、おれのことを追放したヒナタが泣きわめきながら走って来るではないか。後ろにはミラと熊の獣人もいる。
……なんだあれ?
そのままおれに気が付いた様子もなく走り去っていく、三人の背を見送る。その直後だった。
「ブウウウゥゥモォォォ!!!」
地響きとともに魔獣の咆哮が轟いた。驚いて振り向くと、そこにはこちらに突進してくるベヒモスの姿。
それを認識した次の瞬間、おれは宙を飛んでいた。
遅れてベヒモスに吹き飛ばされたのだと理解する。気持ちよくなるキノコのせいだろうか? 不思議と痛みはない。ぐるぐると回る視界の中、ゆっくりと近づいてくる地面を見つめる。
……あ、おれ死んだな。
恐らく、このまま地面に叩きつけられれば死ぬだろうと悟る。
おれが18の時だ。王国の姫であり、同時に騎士である姫騎士。サラサラの金髪をなびかせながら魔物を討ち、アレキサンドライトのように昼夜で色の変わる目を持つ王女。
おれは彼女に憧れて騎士を志願した。しかしキノコ栽培師なんていうクソみたいなスキルしか持たないおれは試験に落ち、それでも一縷の望みにかけて冒険者になった。
それから4年。大した手柄は上げられず、結局は勇者に言いように使われて不要になったら捨てられて…
クソみたいな人生だ。心からそう思う。だけど同時に…死にたくない。
人の真価は死に瀕した時に初めて発揮される。
おれが憧れた姫騎士の言葉だ。
その言葉を信じるなら、おれの真価が発揮されるのは今じゃないのか? 夢を諦めたくない。いくら醜くても、ダサくても、少しでも可能性があるならこの世にしがみついていたい。どんなに不格好でも、足掻いて、足掻いて、足掻いて、掴み取りたい!
次の瞬間だった。俺の腕に、一つのキノコが生えた。夜の闇よりも深い、奈落の底よりも暗い、漆黒のキノコ。おれは本能のままに、それに齧りついた。
途端に身体が軽くなる。闇に呑まれかけた意識がはっきりとした。自分がどうなったか、黒いキノコがなんだったかなんて考える余裕はない。
迫る地面に向かって手を伸ばす。
「トランポリン・マッシュルーム!」
急成長する巨大なキノコ。それにぶつかったおれは「ぽよん」と宙を跳ね、そして地面に着地した。今度は青くて細いキノコを手に生やす。それにおれは齧りつく。
「スピードアップ・マッシュルーム!」
足を速くするキノコ。いまのおれの速さは全速力の馬をも凌ぐ。風を切って走り出したおれは瞬く間にベヒモスを追い抜き、そして正面に立ち塞がった。
「バースト・マッシュルーム!」
「ぶぅぅぅもぉぉぉぉぉ!!!?」
指を鳴らすと共に、通りすがりに地面に設置していた爆発するキノコを炸裂させる。ちょうどその上を駆け抜けていたベヒモスが悲鳴を上げた。
ベヒモスの外殻は硬い。しかし滅多に攻撃されない腹の部分は比較的柔らかいのだ。その腹をピンポイントで爆破されれば、いくらベヒモスでもダメージは負う。
怒りに燃える目を向けるベヒモス。足を踏み鳴らし、こちらに敵意が剥きだしだ。
それを見たおれの手はぶるぶると震える。これは恐怖か? それとも興奮か? そんなのどっちでもいい。とりあえず景気づけに気持ちよくなるキノコを齧っておく。ふぉぉぉぉぉ!!! 上がってきたぁぁぁ!!!
「来いよ! でかいだけのデブ野郎が!」
「ぶぅぅぅもぉぉぉぉぉ!!!」
ベヒモスが咆哮を上げると共に、おれに向かって突進する。おれはしゃがんで地面に手をつけると、不敵な笑みを浮かべた。
「ジャイアント・マッシュルーム!」
ボンッ! ボンッ! と目の前に現れる巨大な二つのキノコ。その材質はゴムにも似た弾力を持つ。そして、
ずうううううん…
ベヒモスがそのキノコにぶつかる。しかし巨大キノコの弾性に押し戻されて突破はできない。おれはさらにその巨大キノコに、赤、青、白、黄色、色とりどりのキノコを生やす。カラフルに彩られた巨大なキノコはまるでモザイクアート。
そして
パンッ!
おれが手を鳴らすと共に、それらは破裂した。撒き散らされた無数の胞子がベヒモスを襲う。その効果は鈍化、麻痺、毒、催涙などなど、ありとあらゆるデバフ。
「ぶぅぅぅもぉぉぉぉぉ!!?」
それらをモロに食らったベヒモスは悲鳴を上げる。しかし致命打にはなりえない。家にぶつかり、壁にぶつかり、暴れ回るベヒモス。恐らく筋力強化をしたところで、凡人のおれではベヒモスを倒せない。ならば…
おれは全身にキノコを纏う。白の斑模様を持つ赤黒いキノコだ。
このキノコは毒キノコ。それもただの毒ではない。食べたものを即死させる猛毒だ。人間なら一欠けらで即死。ベヒモスほどの図体でも、身体中に生やした毒キノコならば十分だ!
そしておれは、暴れ回るベヒモスの口に自ら飛び込んだ。
「ぶぅぅぅもぉぉぉぉぉ!!!」
ベヒモスの断末魔が響き、おれは耳を塞いだ。もちろんキノコで。その間にも、せっせとベヒモスの喉に毒キノコを放り込む。そして、
ずずぅぅぅぅん…
外でベヒモスの倒れる鈍い音が響く。それを合図にベヒモスは動かなくなり、おれは息を吐いた。
やった…やったぞ! 一人でベヒモスを倒した! おれ一人で!
おれはベヒモスの口内で拳を振り上げた。そして一頻り喜んだあと、外に出ようとして…
「ん?」
ベヒモスの口が開かない。おれの力が弱すぎるせいだ。
心臓が早鐘を打ち、焦燥感が胸のうちに広がる。
まずい。これはまずい。どうしよう? このままではネチョネチョと涎まみれのベヒモスの口の中で一生を終えてしまう。絶対にいやだ。それだけは嫌だ。
するとその時だった。ベヒモスの口が開かれ、外から誰かが覗き込んだ。さらさらの金髪が揺れる。
「驚いた。まさかベヒモスの口のなかに飛び込む人がいるなんて」
そう言って手を差し出してくる赤い瞳の女性。おれはその手を取って外に出た。目の前の人物へと視線を向け
――――そしておれは目を見開いた。
「初めまして。わたしは王国第二王女 フィルディアーナです」
そこには、憧れの姫騎士の姿があった。
急に推しが目の前に現れて咄嗟に言葉が出てこない。どうしよう!? なんて言えばいい!?
おれが口をパクパクさせて固まっていると、姫騎士がクスリと笑う。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。たまたま通りかかったらベヒモスが暴れていたので、その助太刀をしようと駆け付けただけなので。ベヒモスを倒したのはあなたですよね?」
「ははははい! おおおおおれでひゅっ!」
いかん噛んでしまった。恥ずかしい。頬が赤くなるのが自分でも分かる。
ちらりと見ると、姫騎士はにこりと微笑んでくれている。まるで月夜に咲く一凛の花のよう。あぁ…尊い。
とそこで、逃げたはずのヒナタとミラが引き返してくる。そして姫騎士と向かい合うおれを見て目を丸く、次いで肩をわなわなと震わせる。
「姫騎士様! ベヒモスはおれたちの獲物でした!」
「そ、そうです!もう一歩のところまで追いつめて、とどめを刺そうとしたところをそいつが邪魔したんです!」
こいつらなにを言い出すんだ! おまえらはただ逃げ惑っていただけじゃないか!
おれが肩を怒らせながらヒナタたちを睨んでいると、その横で姫騎士がベヒモスに視線を向けた。じっとベヒモスの死体を見つめた後、ヒナタたちの方へ視線を戻す姫騎士。
「見たところベヒモスに外傷はないです。あなたたちの言うことを信じるなら、ベヒモスの外殻はかなり削れていないとおかしいですよね? あなたたちは本当にベヒモスを追い詰めたのですか?」
「ほ、本当だ! 勇者の名に誓って…」
「わたし、嘘つきって嫌いなんですよね。それこそ思わず斬りつけてしまいそうなほどに…」
そう言って腰に帯剣したレイピアに手を掛ける姫騎士。冷ややかな視線が勇者たちを貫き、凄まじい殺気が周囲を覆う。まるで周囲の温度がいくばくか下がったと錯覚するほどのだ。
おれは生唾を飲み込む。
そしてその殺気にあてられたヒナタたちは一歩、二歩と後退ると、
「「す、すみませんでしたぁぁぁ!!!」」
脱兎のごとく逃げ去っていった。その背中を見送りながら、おれはちょっとスッとした気分になった。内心ざまぁみろ! である。
姫騎士がおれの方へ向き直り、にこりと微笑む。
「あなたのお名前を窺っても?」
「え…は、はい! だ、ダリアと申します!」
「ダリアさんですね。よくベヒモスからこの村を、民を守ってくださりました。一国の王女としてお礼します…端的に言って、よく頑張りました」
そう言って姫騎士がおれの方へ手を伸ばす。おれの頭にポンと、白く小さな手がのった。憧れの人に名前を憶えられただけでなく、「よしよし」されてしまうなんて!
最高に幸せです! もう二度と頭は洗いません!
さて、今回のお話はここまで。
その後、姫騎士の側近として取り立てられたり、おれを追放した勇者たちをとっ捕まえたり…っていうことがあるんだけど。それはまたべつのお話。
メインで書いてる王道ファンタジーとは別に、ちょびっと追放系書いてみたくなって書いた短編です。
思いついたことをテキトーに詰め込んだだけなんですが、出来としてはどうなんでしょう? 追放系あまり読まないんで、筆者にはどうなのかよくわかりません。
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※アールゲニア伝説 ~親のように慕っていた竜を殺して『龍殺しの英雄』になった獣人の少年。最強の力を手にして望むのは……友達!? はい、ぼっちなので~
連載中です。よろしくお願いします。