表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/78

4-7 蝴蝶霞音の夢 ②

 なんにつけても、()()()()はできないように世の中はできている。

 

 机の上で眠れる霞音に密やかに〝キス〟をしようと顔を近づけたところ――

 

 ぱっ。と。

 霞音が目を覚ましたのだった。

 

「っ!」

 

 思わず見開いた俺の目と。

 霞音の寝ぼけなまこが、ぱちりと合った。

 

「……?」

 

 霞音は一瞬ふしぎそうに目を細めたあとに、

 

「~~~っ!? せん、ぱいっ……!?」

 

 と慌てて飛び起きた。


「ど、どうしてこちらに……!」

「あ、いや、これは、その、なんと、いうか」

 

 俺はしどろもどろになりながら後ずさる。

 霞音は机の上に開きっぱなしになっていた日記帳に気がついて、慌てて閉じた。

 

「……みましたか?」

 

 俺は首を振った。

 霞音は疑い深い視線を向けてくる。


「では……私の部屋に勝手に入って、一体なにをされようとしていたのですか?」

 

 霞音は日記帳を掌で覆いながら、問い詰めるような視線できいてきた。これが最後通牒(つうちょう)ですよ、というように。


「そ、それは……」

  

 俺は覚悟を決めて、


「き――キスを。しようと、してた」


 と。正直に言った。

 

 そうしたら――


「……っ!?」

 

 霞音が()()()と顔から蒸気を吹き出した。

 頭上の髪の毛はぴいんと伸びている。

 

「な、なにを考えているのですかっ……!」と霞音は眉をひそめた。「このあとは、姉さんの家庭教師ですよ? その前に、き――きすをする、だなんて」


 ふじゅんです、いけません、などと顔を赤くしてつぶやく霞音に向かって、俺は補足する。

 

「あー……一応、なんだが。絵空さんからも、()()はあった」

 

 視線を机の上にある霞音のスマホに向けてやる。

 霞音はそれに気付いて、画面をタップ。通知を確認した。

 

 確認して――

 

「……っ!?」

 

 ふたたび()()()()と湯気を噴出させた。

 頭上の髪の毛は激しく左右に振れている。

 

「な、な、な……!」

 

 霞音はぶんぶんと首を振って。

 きっ、と俺をにらんで。


「そ、それで。姉さんの言うとおり――い、()()()()()()しようと、私の部屋にやってきたのですか……?」

 

 なんだかひどく誤解があるような気もしたが……。

 俺はふうと息を吐いて。もはやどうにでもなれ、という気分で。


「ああ――そうだ」

 

 霞音のおかげで手慣れた『霞音のことが大好きな彼氏』の演技(フリ)で、堂々と言ってやった。


「っ!」


 霞音がますます目を丸くした。

 俺はごくりと喉を鳴らしてから、おもむろに霞音に近づくと。

 

 彼女の顎を、くい、と。

 持ち上げてやった。


 至近距離で互いの目線が交錯する。


「せせせ、せん、ぱい……?」

 

 霞音は頬を紅くしたまま、目をぐるぐる回している。

 

 べつに。ここで止める必要なんてない。俺は前とは違う。


 俺の中で生まれた感情――〝霞音とキスをしたい〟という衝動は。

 霞音のことが〝大好きだ〟というどうしようもない情熱は。

 

 演技なんかじゃ。

 もう、ない。

 

 だったらその想いを。

 現実にしたって――

 

「霞音……」


 しかし。

 霞音はしばらく葛藤したような素振りの末に。

 

「~~~~~……だ、だめ、ですっ!」

 

 などと。

 俺のキスを、()()()


「……あ」

 

 そこで俺ははっと気づいた。


(しまった……()()()()()


 自分の欲求ばかりを優先して、〝霞音(あいて)の想い〟を考えることができていなかった。

 

 俺はキスをしたいと思った。

 しかし――霞音は()()()


 恋は俺という思春期男子を決定的におかしくさせてしまう。

 自分の中に生まれた原初的(プリミティブ)な衝動をおさえることができず、本能のままに動いてしまった。

 一番大切な、霞音の想いを無視して。

 

 そんなことも分からないようじゃ、やっぱり俺は恋愛初心者のままだ。


「す、すまんっ! 今のは……忘れてくれ」

 

 俺は慌てて霞音から距離を取った。


「さ、先にリビングで予習をしてくるっ」俺は上ずった声で言う。「……勝手に部屋に入って悪かった。霞音もゆっくり――」

「ち、ちがいますっ」

「え?」

 

 しかし。

 部屋から立ち去ろうとした俺のことを。

 

「……ちがうんです」


 霞音は止めてきた。

 おずおずとした様子で彼女は切り出す。


「き、きすは――そのあと、姉さんにどんな顔をすればいいか分かりません」

「あ……」

 

 なんてことはない。

 霞音は俺と同じような不安を抱えていたのだ。


 すくなくとも霞音から()()されたわけではないということに安堵の息を漏らす。

 

 霞音はごくりと喉を鳴らしてからつづけた。

 

「で、ですので。きすはだめですが、そのかわり――()()()、でしたら」

「……うん?」

 

 霞音は俺に向かって正対(せいたい)して。

 両手を小さく広げながら繰り返す。


「ぎゅう、でしたら――いいですよ?」

「……な」

 

 しばらくの沈黙の後に。 

 霞音の両手を広げたポーズが、『俺とのハグ』を示すジェスチャーだと気付いて。


「~~~っ……!」

 

 俺の脳内が、一転して歓喜の色に染まった。


「そ、それともっ……」

 

 霞音はどこか不安げにしながら言う。


 

 

 

()()()は、いや、ですか……?」

 

 

 

 

 い や な わ け な ど。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ