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4-4 御伽乃リリアの夢

「あ、ユート♡」

 

 扉をノックすると、世界に誇れる最高峰女優(プリマドンナ)――御伽乃リリアがぴょこりと顔を出してくれた。


「入って入ってー」

「ん……土足でいいのか?」

「うん、大丈夫だよー。えへへ、ユートが()()()()()()()嬉しいな♡」

 

 そう言うとリリアは俺の腕を引っ張るようにして、〝楽屋〟の中へと招き入れた。

 

 つい癖で取材連中(パパラッチ)が周囲にいないか気にしてしまったが……あいにく、今はもう俺をしぶとく監視するようなマスコミはいない。

 リリアがふたたび配信の中で『あはは。ふられちゃった。このことは、()()()しておいてね――?』というような旨の発言をすると、あれだけつきまとっていた奴らは不気味なくらいぴたりと止んだ。(もしかすると、リリアが『強大なコネクション』を使って業界に()()をかけたのかもしれない。……ううむ。なんだかその線が濃厚な気がしてきた)

 

「……あれ? それ」

 

 リリアは俺が抱えていた花束を見て言った。


「ああ。いちおう、な」

 

 こほん、と咳をして俺はリリアに花束を渡した。


「あらためて――舞台初日、おめでとう」

「えー! ユートがこんなことしてくれるなんて……ありがとー♡」

 

 リリアは手慣れた様子で花束を受け取って微笑んだ。

 

 舞台の初日。

 それはつまり御伽乃リリアの〝夢〟だったミュージカルの舞台――『世界最後の初恋(通称:セカコイ)』。

 これまで落ち続けていたそのオーディションにリリアは見事合格して。

 

 劇的な恋を演じる主役(ヒロイン)として、今日の初日を迎えていた。

 

「それにしても……すごい熱狂だったな」

「ほんとっ? 本番中はお客さんのことを気にすることもできないくらい集中してて――でも、最後のカーテンコールの時に、人生で一番の拍手とスタンディングオベーションをもらえて――ボク、なんだか感動しちゃった。映像のお仕事だとこういうことってないから、やっぱり生の舞台の魅力だよね」

 

 当然。御伽乃リリアが主演をつとめることになったセカコイの舞台は、配役が発表されてから今日(こんにち)に至るまでとてつもない話題になっていた。

 チケットは発売開始直後にソールドアウト。国内だけでなく海外からも多くの予約が殺到し、回線はパンクしたという。

 

 そんなプレミアチケットを、リリアは俺のために2枚押さえてくれた。

 もう1枚は霞音の分とのことだったのだが……霞音はあいにく外せない用事ができたとのことで、今日来ることは叶わなかった。

 余った1枚はリリアに事前に戻して(なんせ、貴重なチケットだ)、今日は俺ひとりで慣れない舞台鑑賞へと訪れていた。

 

「霞音ちゃん、残念だったなー」

「うん?」

「観て欲しかったの、ボクの晴れ舞台。感想とかも聞きたかったし」

「……あいつも俺と同じで、ミュージカルなんて見慣れてないと思うぞ」

「でもね? もしかしたらボクの舞台を観て、()()()()()に目覚めてくれるかもしれないでしょ? 前にユートにも言ったけど、霞音ちゃんがその気になったら、きっとこの世界(げいのうかい)でも成功すると思うんだ。――そうじゃないとボク、ライバルがいなくって()()()()がないんだもん」

 

 それはまさしく芸能界の覇者であるリリアだからこそ言えた台詞だったが――。

 霞音という存在を評価してくれることは、なんだか俺にとっても誇らしい気分にもなった。


 なにせ。


 霞音は俺の――()()()()なのだから。


「それで。霞音ちゃんとは順調なの?」

 

 タイミングを見計らったようにリリアがきいてきた。


「ん……ああ。おかげさまでな」

 

 なんだか気恥ずかしくて、俺は頬をかく。


「ふうん、そっか」

「な、なんだよ」

「べつに。幸せそうでいいなあって」

「っ! ……そう、みえるか」

「うん。とっても」


 リリアは顎に手をついて、にやにやと悪戯な表情を浮かべている。

 

「あー……しかし、本当に良かったぞ」

 

 俺は照れを誤魔化すように、今日の舞台の感想を伝えた。


「ミュージカルをまともに観るのははじめてだったが……圧倒された。演技のひとつひとつから、熱気や迫力が伝わってきて。リリアが言ってた(ライブ)ならではの魅力なのかもな」

「ほんと? えへへ。ユートがそう言ってくれててよかった。――ぜんぶ、ユートのおかげなんだもん」

「何を言ってるんだ。リリアの努力が実を結んだんだ」

 

 リリアはゆっくりと首を横に振った。そして小さく『ありがとう』とつぶやいたあと。

 世界の果てにある湖みたいに透明な瞳を俺に向けて――言った。


「ねえ、ユート。今だって、世界でいちばん、()()()だよ――」

「っ!?」

 

 俺は思わずびくりとした。びくりとして――気づいた。

 それは今見てきた舞台の中の台詞だ。

 

「どう? どきどきした?」

 

 リリアは悪戯な笑みを浮かべてきいてきた。


「……ああ。心臓に悪いぜ」

 

 リリアは満足そうに笑ってから、椅子に座り直して繰り返す。


「ぜんぶ、ユートのおかげだよ」

「いや……俺はなにもしてないさ」

「あんなに濃密な()()()()だったのに?」

「疑似の、な」

 

 リリアはわざとらしく片方の頬をふくらませた。


「あーあ、ボクは()()だったのになあ」

「何を言ってるんだ。その本気の気持ちは世界中のリリアのファンに向けてやれ」

「もー。ユートはなんにも分かってない。なーんにもだよ?」

「当然だ。俺とお前じゃ、住む世界が違うんだからな」

「……ふうん」とリリアは演技みたいに唇をとがらせた。「ま、いいけどね」

 

 なんだかこんなリリアとのやり取りも懐かしく思えた。

 おれは遠い目をして言う。

 

「……いろいろあったな」

「え?」

「ああ、いや。……()()()の話だ」

 

 まあ。実際のところ、その7日間の約束は。

 他ならぬリリアのわがままによって破棄されて。

 いささか()()()()があったのだが。


 ともかく。

 今となっては夢のような話だが。

 名実ともに芸能界のトップである御伽乃リリアと。

 彼女の〝夢〟のために――俺は()()()()()をして。

 

 そしてその結果。

 御伽乃リリアは自らの夢を掴んだ。

 

 すべてを捨ててでも手に入れたかった世界を――彼女は手に入れた。

 

「あらためて、おめでとう。良かったな。夢を叶えられて」

 

 しかし。

 リリアはそこで、なにもない虚空をじっと見つめるようにして。


「7日間」

「え?」

「7日間――世界の創生と、()()()――」

 

 そんなようなことを、ひどく(かす)かな声でつぶやいた。

 詳細をうまく聞き取れず、俺は聞き返す。

 

「リリア……何を言ってるんだ?」

「え? あ――ううん。なんでもない。きにしないで?♡」

 

 リリアはいつもの完璧な笑顔に戻って言った。

 首をかしげていると、楽屋のドアがノックされた。『はーい』とリリアが応えると、マネージャーの女の人が顔を出した。どうやら俺と同じように楽屋挨拶に来た人たちが列をなしているらしい。

 

「ごめんね。ほんとはもっと話してたかったんだけど」

「いや、俺も長居して悪かった。招待してくれてさんきゅな」

「…………」

「ん? どうした」

「ユートさえよかったら、今夜またこの前と同じホテル――押さえておくけど?」

 

 俺はふふと笑って、「勘弁してくれ。またベッドを壊す羽目になったら洒落にならない」

 

 あはは、とリリアも笑った。

 

「じゃあね。ユート――来てくれてありがと」

「ああ。最後までがんばってくれ」

 

 リリアはまた完璧な笑顔で俺を見送ってくれた。


 

     ♡ ♡ ♡


 

 関係者による挨拶もひと段落して。『ふう』とリリアは楽屋の中で短めの息を吐いた。

 祝花(いわいばな)でもらった胡蝶蘭(こちょうらん)の花びらを撫でながら、リリアはひとりごちる。

 

「本当に――夢みたいだったな」

 

 無事に初日は終えられたが。

 明日から1ヶ月ほどステージはつづいていく。夢の舞台は終わらない。


「本当に、ぜんぶ悠兎(キミ)のおかげだよ。キミがボクに教えてくれたんだ。ホンモノの恋――ホンモノの()()

 

 そこでリリアは。

 ぷちり。花びらを一枚ちぎって。

 その花弁に唇を当てた。

 

「ま、いつまでもくよくよしててもしかたないか。明日からも、どうしたって世界はつづいていくんだもん」

 

 リリアは『うーん』と大きく伸びをして、スマホの画面をタップした。

 背景画像になっているのは――あの夜。ホテルの最上階スイートルームで。

 ベッドで眠りについている悠兎の前で、自分も画角に入るようこっそり自撮りした時の〝2ショット写真〟だった。

 

「えへへ。なにも焦る必要はないよね?」


 リリアはそんな2人で映る、待ち受けの写真を眺めながら。

 いつか小さい頃に()()からもらったキャラクターもののストラップを握りしめて。




  

「だってこれからの人生――まだまだ60年はあるんだもん」

 

 


 

 なんてことを言って。

 劇的な表情で微笑んだ。



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