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4-2 宇高悠兎の現実 ②


「せん、ぱい――」

 

 同じベッドの上。至近距離で。


「のあっ……!」

 

 霞音は俺の身体を抱きしめてきた。


「か、霞音っ……!?」

 

 そして霞音は『むにゃむにゃ』と何やら呟いたあと。

 うっすらと目を開ける。

 

「……! よかった、目が覚めたか……! あー、なんだ。さっそくで悪いんだが……なかなかに()()()()な、よかったら一瞬、腕の力を緩めてくれるとうれし――なっ!?」

 

 しかし霞音は未だ寝ぼけているのだろうか。

 

 俺と密着したまま。

 自らの鼻を。俺の胸に。


 ぎゅう、と押しつけてきた。


「ふんふん……せんぱいの、におい、です……」

「っ!?」

 

 霞音は鼻を動かすのをやめない。くんくんと息を吸うたびに、俺はなんだかくすぐったくて声が出そうになる。

(そもそもどうして『俺の匂い』なんてものがすぐに分かったのかは、深く探らないでおこう)


「ふんふんふん……せんぱい……すき、です……むふう……」

 

 などと。

 【絶対零度の美姫ブリザード・プリンセス】という呼び名が聞いて呆れるほど甘々にとろけた表情を霞音は浮かべている。

 

 緩みきった口元からはよだれが垂れて、接していたグレーの上着が黒く染まる。

(ちなみに俺は霞音の服だとサイズは合わなかったため、絵空さんのトレーナーを借りていた)


「か、霞音っ――!」

 

 さすがに今のこの状況は、いささか青少年少女の教育上よくない気がする。

 俺は優しく肩に手を置いて、霞音のことを引き離した。


 そこで。


「え? ……せん、ぱい?」

 

 霞音が不思議そうに目を瞬かせた。


「ああ。せんぱいだぞ」と俺はわざとらしく言った。

「……まだ、夢を見ているのでしょうか」

「どうしようもなく現実だぞ」

「……?」

 

 それでも霞音はとろんとした表情を浮かべていたが。

 

 目の前の俺の顔を。

 ぺたり。ぺたり。触って。

 

 そのあとの自分の頬に手をもってきて。

 ぱちり。ぱちり。触れて。


「……~~~っ!?」

 

 ようやく俺が現実(ホンモノ)であることに気がついたのか。

 我に返って大きく目を見開いた。

 

「どどどどど! どうして、せんぱいが……!」

 

 霞音は10cmくらい飛び上がってから、目をぐるぐると回している。

 

「こここここ! ここは私の、ベッドですよ!? へへへへへ! へんたいさん、ですっ! ししししし! しかも、私に、()()()()だなんてっ……!」

 

 ぜんぶの冒頭でどもりながら霞音は息を荒げている。

 俺はやれやれとため息を吐いて、


「ったく。抱きついてきたのはお前からだろうが」

「っ!?」


 霞音はここまでの出来事をひとつひとつ思い返すかのように視線を空に泳がしている。


「ええと……今は、せんぱいは、()()で……さっきまでのせんぱいは、()で……」

 

 どうやら霞音は眠っている間もまた、俺の夢をみてくれていたらしい。

 そのことにカレシの俺として誇らしく想う。しかし。


「……あ」

 

 未だ夢と現実の区別がつかない霞音にとっては。

 どこまでも重大な疑問を――彼女は口にした。


「あ、あのっ! 一体、()()()()が、夢だったのでしょうか……?」

 

 俺はその質問に対して。


「…………」


 どう答えるかすこしだけ思案をしたあと、悪戯めいた笑みを浮かべて言ってやる。


「さあ。どこまでだろうな」

「っ……」

 

 そこで霞音が、どこか寂しそうな顔を浮かべたのを見逃さずに。

 

 俺はそっと彼女に向かって顔を近づけると。

 

「え? せん、ぱい? ……っ!」

 

 その国宝のように白い頬に――キスをしてやった。

 

「~~~~~~~~っ!? な、な、な、なにを……!」

「ん? 別にこれくらいなんてことはない。お前は俺の――カノジョなんだろ?」


 実際は心臓はバクバクして、()()()()()()()()()()だったのだが。

 俺はカレシとして立ち振る舞うべく、紳士的に振る舞いながらそんなことを言ってやった。

 

「う、あ……」

 

 霞音は俺の唇が触れた頬を掌でさすりながら『かのじょ……私が、せんぱいの、かのじょ――』などとうわごとのように繰り返している。

 やがて『はっ』と気を取り直したあと、可愛らしい咳払いをして言った。


「それでしたら、よかったです」

「ん? なにがよかったんだ?」と俺はわざとらしくきいてやる。

「わ、私の――〝現実だったらいいな〟と思っていた部分は、きちんと現実だったようです」

「ほう。それはつまり、どの部分のことだ?」

「で、ですから……それは……はっ!?」


 霞音はそこで自分がからかわれている事に気づき、『ぷくう』と頬を膨らませた。


「せ、せんぱいは、いじわるさん、です……! もっと、か――彼女には、優しくしないとだめですよ? 私たちは、恋人、なのですから」

 

 まだ言い慣れていないように、言葉の節々でもじもじと顔を赤らめてはいたけれど。

 

 やっぱりその仕草は。反応は。

 とっても可愛らしくて。愛おしくて。

 

 たまらず思い切り抱きしめたくなる衝動を堪えながら。

 

「了解した。お姫様」

 

 なんて。

 どこまでも初心(うぶ)な王子様として言ってやった。

 

「っ! ――はいっ。期待していますね」

 

 霞音はお姫様みたいな笑顔を浮かべて言った。


 視線が数秒交錯する。目は逸らさないままだ。


「……」「……」

 

 不思議とふたりとも何も言葉を発さない。

 恋人どうしとして〝なにか〟を察するには充分すぎる間だ。


「…………」「…………」

 

 俺たちはやがてどちらからともなく身体を寄せ合って。

 お互いの指先を相手の肌に触れさせて。

 ゆっくりと、ゆっくりと。まぶたを閉じて。

 


 昨日の夜の()()()をするかのように。

 お互いに唇を近づけようとしたところで――

 

 

 ぴろん、と。

 枕元に置いてあった俺と霞音のスマホが同時に震えた。


「「……あ」」



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