3-33 ぜんぶ、お前の〝夢〟なんだ
「せん、ぱい……?」
霞音はベッドの上で身体を起こして、俺のことを夢うつつな表情で見つめている。
そんな彼女のことを見て、俺はほっと安心する。
目覚めた。俺のキスで。ということは――。
霞音にとって俺は、まさしく〝王子様〟として認められたということだろう。
「……?」
霞音は不思議そうに目をぱちくりさせながらこちらを見ている。
いつの間にか部屋に吹き込む風はやんでいた。
俺はうつろな表情の霞音に身体を向けたまま、壁際のスイッチを押した。オン。暖かい色の電気が部屋を照らす。
霞音は一瞬眩しげに細めた目を、すぐにまん丸に開いた。
「っ!? せ、せんぱい!? どうして私の部屋にいらっしゃるのですかっ!?」
霞音は驚きからか視線を激しく右往左往させて、
「な……なにかへんなことをされましたか」
なんてことを。
布団を顔のところまで上げて聞いてきた。だから。
俺は微笑ましくふふと息を吐いて、
「ああ、した」
なんてふうに。
正直に答えてやった。
「っ……!」
霞音は瞳を震わせて叫ぶ。
「へ、へんたいさん、ですっ!」
つづいて霞音は枕を投げてきた。
床に当たってぱふんとどこか気の抜けた音をたてる。
「でていってくださいっ! せんぱいのへんたいさんっ……!」
そんな霞音の様子をみて。
どこまでも素直じゃない彼女のことをみて。
俺は口元を緩ませたまま、言ってやる。
「本当に――出ていったほうがいいか?」
「……っ!」
霞音は手をぴたりと止めて。
目をきょろきょろと空に泳がせて。
やがて消え入るような声で――言った。
「ごめんなさい……いて、ください」
その仕草をみて。俺はやっぱりどうしたって。
愛おしくて。たまらなくなって。
俺は唇をぎゅうと噛みしめて、きく。
「どうして、泣いているんだ?」
「え?」
霞音は指先を目元にあてる。
そこではじめて、自分が泣いていることに気づいたようだった。
「…………」
霞音は少しだけ考えるようにしたあとつづける。
「せんぱいが――私に、冷たくするのです。どんどん御伽乃さんの方になびいて、離れていってしまって……」
俺は霞音の潤んだ瞳をじいと見つめる。
霞音の言葉は止まらない。
「何度だって謝ります。ごめんなさい、私、素直になります。……いけないところは、直します。ですから、前みたいに――私のことを大好きなせんぱいでいてください。お願い、します……私から、……うぅ……離れて、いかないでください……」
いつかもきいたニュアンスの台詞。
それだけ霞音の中で、俺という存在を重たくみてくれているのだろう。頭の中がその一色で染まっているのだろう。あの日記帳から溢れていた言葉と同じように。
だから。
俺は――言ってやった。
「ちがうんだ、霞音」
「っ……」
霞音はそこで目を見開いて、なにか信じられないものを見たように声を強めた。
「な、なにがちがうのですか! せんぱいは! ……せんぱいは、なんにもわかっていません。私はこんなにも、真剣に悩んでいますのに……やっぱり、出ていってください。せんぱいなんかしりません……せんぱいなんて――」
「ちがう! そうじゃない」
「そうじゃなかったらなんなのですかっ」
俺はもうたまらなくなって。
霞音の肩を掴んで。しっかりとその瞳を見抜いて。
すべてを――激白した。
「それはお前の――夢なんだ」
霞音は怪訝な顔を浮かべる
「……? 何をおっしゃって――」
俺は遮るようにもう一度。
「リリアといい感じになって霞音と距離をおき、さらには無視までしちまうなんて俺は――霞音。お前の中の夢の出来事なんだ。現実じゃない」
「で、ですが――」
狐につままれたようにしている霞音に、俺はつづける。
「霞音。お前は事故の後遺症で、夢と現実の区別がつかなくなっている」
「……はい?」
霞音が大きく目をまたたかせた。
そうだよな、と俺も思う。実際に霞音の症状を目の当たりにしていなかったら、俺だって信じられなかったさ。
そのあとも頭の上に「?」マークを浮かべる霞音に、俺はさらなる詳細を説明をしてやった。
「だから……お前のことを無視していた俺なんてのは、現実には存在しないんだ。あくまでお前がみた夢の中の出来事で――お前はそれを、病気のせいで現実と錯覚してしまっている」
そうしたらやはり。どうしたって。
「し、信じられません……。で、ですが。もしそれが、本当に、現実だったとしたら……」
気づいてしまう。
病気のことが霞音にバレれば。
必然的に。超然的に。
「ということは、つまりは――現実世界のせんぱいに、私の夢の中のことが、筒抜けだったということですか……?」
まさしく。
霞音の懸念のとおり。
霞音の夢の中のこと。
つまりは。
あれだけ俺に対して。
恋愛でマウントを取りまくっていた霞音は。
――他ならぬ俺のことが『大好き』だということが。
すべて。
筒抜けだったという事実に。
「…………っ」
霞音は。
気づいてしまったのだ。
気づいて。そして。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!?!?!?!?!?!」
知られた羞恥から顔を茹蛸よりも真っ赤に染めて。
ぽふんと頭を爆発させた。




