3-23 これがボクにとっての異常だよ♡
様々な夢のような贅沢を堪能したあと。
俺とリリアは、互いにバスローブ姿で『寝室のベッドの上』にいた。
寝室――とはいえ、やはりとてつもなく広い。広いだけでなくデザインも、まるで現代アートのような空間だ。(そして実際に絵画や彫刻などの『アート』も多く飾られている。リリアいわく、そのひとつひとつで家が建つレベルの価値があるらしい。そんな怖いものを気軽に置かないでくれ! 壊したらどうするつもりだ!)
壁一面の窓にはぶあついカーテンがかかっている。
部屋の中を照らすのは壁側のランプの蝋燭灯りだけだ。どういう仕組かはわからないのだが、枕元のスイッチを押すと、壁にかかっていたランプの中に並ぶ蝋燭に火が点るシステムになってるらしい。
「ボク、ロウソクの明かりって好きだよ」
ベッドの上で。
リリアが言った。
「ずっと見ていたくなるの」
「……」
「電気の光と違ってね? 炎には命があると思うんだ」
「…………」
「いつかは消えちゃう。永遠じゃない――儚いいきもの」
「………………」
「絶えず変化しつづけて、同じ状態の炎はひとつだってないんだよ?」
「……………………」
「そのゆらめきのひとつひとつが、かけがえのない瞬間なの」
「…………………………」
「それってさ。ボクたちとも似てると思わない? 一緒に過ごす一瞬一瞬がかけがえのない大切な想い出で――ねえユート。きいてるの?」
きいてるの、と言われても。
それどころじゃないだろうが。
「それどころじゃないだろうが……!」と俺は心の声をそのまま出した。
「?」
「頭の上に『?』マークを出しながら、笑顔で首をかしげるな!」
「なにがそれどころじゃないの?」
「そんなもの! ……この状況に決まってるだろう」
俺はため息を吐きながら言ってやる。
それどころではないこの状況。
蝋燭灯りに照らされた、最高級ホテルのスイートルームの一室で。
ふかふかの豪華なベッドの上に、思春期男子と女子がふたり。
しかもバスローブ姿で寝転がっている。
これを異常と言わずにどうなるのだ。
「とにかく、まずは経緯を説明してくれ……」
一体なぜこんなことになったのか。
それは俺にもさっぱりだった。なぜかって?
うたた寝から目が覚めた時にはすでに、こうなっていたからだ。
「過程よりも大事なのは結果だと思わない?」
「その結果が異常だからこそきいてるんだ!」
「あは。べつに面白い経緯なんてないよ? どこまでもふつうのことがあっただけ」
「話してみろ」
「ユートが途中で寝ちゃったから、その間にバスローブに着替えさせて寝室のベッドの上に連れてきたの」
「それのどこがふつうのことだ!」
俺はすかさず突っ込んだ。
しかしリリアは、清涼飲料水のCMのように爽やかな笑みを浮かべるばかりだ。(リリアの場合、実際にCMのイメージモデルをつとめているのだから洒落になってないのだが)
「下手すりゃ犯罪だぞ……!」
確かに昨日はほとんど眠れなかったし、食後で満腹だったこともあって、俺は眠気に耐えきることができなかったようだ。
「それでも寝てるときに勝手に身体を動かすなんて……はっ」
俺はあらためて自らの格好を見下ろす。
白い、ふかふかの、バスローブだ。
ということは。まさか。
「安心して? 着替えさせたのはちゃんと男のスタッフさんだから♡」
「ふう。それなら安心だな。ってなるかよ!」
おそるおそるバスローブの下を見てみる。よかった、ちゃんと履いていた。最後の良心だけは守られていたことに安堵して、俺はふたたびリリアへと身体を向ける。
体重を支えるためについた手のひらが、ベッドの中に沈んでいった。マシュマロレベルの柔らかさだ。きっとまた高級なものに違いない。
「どうしてこんなことをしたんだ」
「だって、せっかくのホテルデートなんだよ? その最後にふたりでベッドで過ごすのは、むしろふつうのことだと思うけど」
「どこがふつうだ、充分に異常だろ……!」
リリアの破天荒な行動に付き合ってきたせいで、感覚が麻痺していたが。
本来であれば、こんな最高級ホテルのスイートルームに、いち思春期女子が、いち思春期男子を呼び出すこと自体が常識外れだ。
「ふうん。異常、か」
リリアは今までより低いトーンでぽつりと言った。
その雰囲気が異様に映って、ぞくりと背筋に寒気が走る。
「……リリア?」
「さっきも言ったけど、ここまではボクにとってどこまでもふつうのことだよ? ううん。ずっと説明してるのに伝わらないなら――やって見せたほうが早いかな」
「やって見せる?」
こくり。
リリアは俺の目をまっすぐ見たままうなずいた。
「うん、ボクにとっての異常を♡」
「異常……? なっ!?」
リリアはバスローブ姿のまま、ベッドの上をゆっくりと滑るように近づいてきた。
そして俺の上に。
覆いかぶさるようになると。
「なにをする、リリア……!?」
何やら手にしていた金属製のものを。
がちゃり。
――俺の手首にはめた。
「……うん?」
肌にひんやりとした感触があった。蝋燭の灯りで照らそうと右手を持ち上げると、ふたたびがちゃり。――引っかかって上に持ち上げられない。
「ま、まさか……手錠!?」
間違いない。手錠だった。
ゆらめく炎を反射して不気味に光っている。
リリアはあろうことか、俺の手首と、ベッドのフレームとを。
――鈍色の冷たい手錠で繋いできたのだった。
「なにをしてるんだ、リリア!」
「言ったでしょう? さすがのボクでも、ここまでしたら『異常』だって分かるよ?♡」




