表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/78

3-20 これが最後のお願いだから


  ――『ねえ。ユート』

  ――『今からあえない?』


 わるい。今は無理だ。


  ――『どうして?』


 すこし、ひとりになりたい。


  ――『ひとりでなにするの?』


 かんがえごとがあるんだ。


  ――『かんがえごと』


 ああ。俺にとっては、すごく……たいせつなことだ。


  ――『ふうん』


 わるいな。それじゃ、また。


  ――『今からあえない?』


 おおい! 人の話をきいてたのか!


  ――『あのね』

  ――『前に話してた舞台。おぼえてる?』


 ……ああ。

 もちろん覚えてる。リリアの〝夢〟だ。


  ――『そのオーディションの本番がね、明日なの』

  ――『だからさ……最後の一晩だけ』

  ――『〝恋愛のお稽古〟――手伝ってくれない?』


 電源ボタンを一度押して、俺はスマホの画面を閉じた。

 前にリリアが話してくれた大人気ミュージカルの舞台。『世界最後の初恋』――通称セカコイ。

 リリアは世界一の女優でありながら、そのオーディションに落ち続けていて。

 

 演出家からは『お前の恋する演技はホンモノじゃない、ニセモノだ』と言われてしまったという。


 もともとは、リリアの夢であるセカコイの舞台のオーディションに合格するために。

 今までリリアがしたことがなかったという――『現実世界の恋愛経験』を積む練習に、と俺と仮初(かりそめ)の恋愛契約を結んだ。

 

 しかし、その7日間の契約が切れたあとも。


 リリアは俺のことを『本気で好きになった』という。


 最初は半信半疑ではあったが……そこであの生配信だ。

 あろうことか、リリアは全世界に向けて『学校に好きな人がいる』と宣言し、翌日にはその〝片思い〟の相手は俺であることを明らかにした。

 芸能界は(特にそれが若手女優ならなおさらの)人気商売だ。


 ――御伽乃リリアに片思いの好きな人がいる。


 そんな誰もが飛びつきたくなるゴシップが、あろうことかリリア本人から提供されたのだ。

 事実。全世界のお茶の間は連日連夜、リリアの恋話(ニュース)で盛り上がった。

 

 そんな一種の炎上騒ぎになってまで、リリアは俺のことを好きだと言ってくれた。 

 世界に向かって宣言してくれた。

 本気の度合いを示してくれた。

 

 トップスター・御伽乃リリアとしての未来がどうなってもいいと。

 

 それだけの覚悟を示してくれた。


 スマホの画面が震える。


  ――『ねえ。今からあえない?』

  ――『これが最後の、おねがい』


 リリアの真剣な表情が、脳裏に思い浮かんだ。


 

     ♡ ♡ ♡



「や」

 

 ドアから顔を出したリリアがあっけらかんと挨拶をした。

 場所は俺には一生縁がないと思っていた、都心の超高級ホテルの最上階だった。

 

 リリアに呼び出されたあと、俺は例のごとく家の前に停められた送迎車に乗り込むと、しばらくの運転のうちに地下の駐車場のようなところに到着した。周囲にあるのは、俺でもロゴを知っているような超高級外車ばかりだった。その中でも異彩を放つ黒塗りの車から俺は降りて、英国紳士のような装いのホテルのスタッフに案内されてエレベーターへと乗り込む。中にはもうひとり、正装をしたスタッフの女性がいて、優雅な素振りで中へと迎え入れられた。何階にいくのか気になりちらりとパネルに目をやると、そこにはひとつのボタンしかついていなかった。どうやらこのエレベーターは、その階層専用のようだ。(そんなことってあるのかよ……?)随分と長い間エレベーターは上昇をつづけていて、途中で耳が痛くなった。気になって尋ねてみると、やはり最上階へと向かっているらしい。目的階について。エレベーターを降りると、背後から『どうぞ、ごゆっくりとお過ごしください』と深々としたおじぎとともに見送られた。『あ、いや……部屋は? 何号室とか、あるんじゃないのか?』『いえ。お進みになりましたら分かるかと存じます。こちらのフロアには――()()()()しかございませんので』

 

 まさしく。だれにでもわかった。

 黒いふかふかの毛並みの絨毯(下手すると俺の家の布団よりも寝心地がよさそうだ)が敷かれた廊下を進むと、その突き当りに扉があった。深呼吸をして、こんこん。部屋をノックしたところで冒頭へと戻る。

 

「や」


 ドアから顔を出したリリアが、あっけらかんと繰り返す。


「……よう」

「はいる?」

 

 俺はやれやれと首を振る。


「一応はそのつもりで来たんだがな」

「よかった――はい♡」

 

 リリアは両手を広げて、俺を招き入れる仕草をする。


「なんのつもりだ?」

「ひさしぶりに会えたんだもん。ぎゅうしちゃ、だめ?」

「……だめだ」

「えー、けち」


 リリアがわざとらしく頬を膨らませる。


「べつに俺たちは、付き合っているわけじゃないだろ」

「霞音ちゃんとは違って?」

「……ああ」

 

 リリアは唇を軽くとがらせる。

 

「ふうん。いいなあ。嫉妬しちゃう」

「嫉妬?」

「うん。だって、ボクだって好きな人とお付き合いしたいし」

「お前にもいるのか……好きな人」

 

 リリアは驚いたように目を見開いた。

 

「あは。何言ってるの? 眼の前にいるよ?」

「…………」

「ボクは、ユートのことが、好き」

 

 リリアは俺の胸元で、白くて細い指先を、ゆっくりと滑らせながら言う。


「世界に向けて配信するだけじゃ、まだ足りなかった?」

「もう一回」

「え?」

「もう一回――言ってくれるか?」

「へんなの。うん。いいよ? 何度だって言ってあげる。ボクはユートのことが好き」

 

 好きと愛しているの違い。その間で揺れる今の俺には。

 リリアの言葉の響きが。

 好きの響きが。

 

 そのどちら側にあるのかが、いやがおうにも()()()()()()()

 

 そしてその確信を。

 俺はこのあと、リリアに伝えなければならない。


「ボクは。ユートのことが。好き。――どう? これで満足?」

「……ああ、満足したよ」

「ほんと? じゃあ、ぎゅー♡」とリリアが両手を広げる。

「それとこれとは、話が別だ」

「あは。残念。でもいいよ。――つづきは中でしよ?♡」


 まるで異世界にでも繋がっていそうな重厚な扉の中に。

 俺は吸い込まれるようにして消えていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ