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3-19 ふたりの関係に答えを出したいんだ

「霞音っ――!」

 

 身体を震わせ、涙混じりに言葉をつむぎつづける霞音のことを。

 俺は思いきり、抱きしめてやった。

 

「せん、ぱい……?」

「すまん。霞音に、そんなことを言わせて」

 

 腕の中で、霞音の身体がぴくんと跳ねた。


 ――すなおになれなくて、ごめんなさい。

 ――せんぱいのことが、だいすきです。


 そんなことを涙ながらに言われて。


 ――俺だって好きだ。


 などと答えてみせるのは簡単だ。

 

 今までしてきたみたいに。あくまでも疑似恋愛として。

 霞音の夢の中と同じ、『霞音のことが大好きな彼氏』として。


 『好きだ』と言葉にするのは簡単だ。


 しかし。

 もう自分の気持ちを。言葉を。――(いつわ)ることはできない。


 ――絶対に自分の心に嘘はつかないで。

 

 そんな絵空さんさんの言葉が脳裏をよぎる。

 絵空さんの言葉に俺はうなずいた。だが仮に、絵空さんとその時約束をしていなかったとしても、俺はきっと今ここで『霞音のことを好きだ』とは言えなかっただろうとも思う。


 霞音の方は。

 ここまで重ねてきた自らのプライドもすべて捨てて、身体を震わせ、声を震わせ、自分の気持ちを正直に吐露してくれた。

 なのに。

 

 俺はこれまでの間。

 自分の気持ちを、ただただ誤魔化してきてばかりだった。

 

 治療という名目があったとしても。そんなことは関係ない。

 俺はどこまでも素直になってくれた霞音に対して、どこまでも正直でいなければならない。これ以上は誤魔化していてはいけない。向き合わなければ、と俺は思う。今までのように、演技として好きだということはできない。じゃあ。


 ――俺は霞音のことが好きなのか?


 この期に及んで、その結論は出ないでいる。

 でも、今回ばかりは結論を出さなくてはならない。

 好きとか。愛してるとか。違いがわからないとか。

 うだうだと決めかねている場合じゃない。言い訳している場合じゃない。結論を先延ばしにしている場合じゃない。


 だからこそ――


「霞音……もうすこしだけ、時間をくれないか」

「?」

 

 霞音はおそるおそる顔をあげて、涙がにじむ目を俺に向けた。

 

「考える時間がほしいんだ。霞音との関係に――()()を出したい」

「……っ」

 

 そんな俺の提案を、霞音はどう捉えたのだろうか。

 濡れる瞳は小さく不安げに揺れている。

 表情も、今にも(かすみ)のようにどこかに消えていってしまいそうなほど(はかな)げだ。


「わかり、ました……」

 

 しばらく時間が過ぎたあとに。

 すっと霞音が俺から身体を離した。

 

 鼻をすする音が時折聞こえる。

 頬をぐしぐしと手の甲で拭っている。

 

 ふだんは強気な霞音からは想像できない、まさに夢のような様子をぼうっと眺めていたら、

 

「……み、みないでくださいっ」


 なんて。 

 霞音は頬を膨らませて、俺のことをにらみつけてきた。

 

「あ……わるかったな。急に、その……抱きしめたりなんかして」


 ぴくん。

 霞音は気恥ずかしそうに身体を跳ねさせたあと、小さく言った。

 

「あやまらないでください……こんど、とっておきの『ぷりん』でちゃらにしてあげます」


 ようやく霞音の口調に、いつもの強がりが戻ってきた。

 俺は笑って、霞音に言う。


「ああ。わかったよ。とくべつなプリンをごちそうしてやる」

 

 ぴこん、と霞音の頭上で髪の毛が跳ねた。

 壁にかかった時計を見る。もう随分と遅い時間だ。

 

「随分と長引かせちまったな。家まで送ってく」

「ほんとうですか? ……あ、ですが、」と霞音は言いにくそうにする。

「ん?」

「……とられちゃいます」

「とられる?」

 

 霞音はカーテンが閉まる窓際のほうに目をやった。

 その向こう側からは、夜にも関わらずガヤガヤと喧騒(けんそう)が聞こえてくる。

 時折フラッシュも焚かれている。性懲りもなく、未だマスコミや野次馬がうろついているのだろう。

 

 ()()()()

 それはつまり、世間を騒がす俺が、いち同級生少女である霞音を家まで送っていくところを、ということだろう。

 

 だが。

 

「べつにいい」

 

 と。

 俺は堂々と言ってやる。


「……え」

 

 霞音が驚いたように目をまたたかせる。


「べつにいい。家に送るところを撮られたってなんだ。お前は――俺のカノジョなんだろ」

 

 霞音は抑えきれない喜びを噛みしめるようにして。

 こくりとうなずいた。

 

 

「――はいっ」


 

 

     ♡ ♡ ♡


 

 

 俺たちはそのあと。

 堂々とふたりで家を出て。

 

 数多のフラッシュが焚かれるのも気にせずに。

 霞音のことを送り。

 

 その道中で。


 はっきりと。迷うことなく。


 

 

 ――手をつないでやった。


 

 

     ♡ ♡ ♡

 


 

 それからしばらくした後。

 都内高層マンションの一室で。

 

 御伽乃リリアは机に座り、一冊の本に目を通していた。

 週刊誌だ。その紙面にはゴシップな見出しとともに、蝴蝶霞音と宇高悠兎が()()()()()()、霞音を家まで送っている道中の写真が掲載されている。

 

「……ふうん」

 

 ぱさり。本を机の上に放り投げる。

 卓上には同じようなニュースが並ぶ雑誌が大量に置かれていた。

 

 

「そっちがその気なら、ボクにも考えがあるんだから――」


ここまでお読みいただきありがとうございます〜!

完結まで毎日更新です。

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(執筆の励みにさせていただきます――)

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