3-18 すなおになれなくてごめんなさい
夏の夜。
帰宅するとドアの前にひとりで座り込んでいた霞音のことを、俺は部屋にあげてやった。
意識が朦朧としているらしく(おそらく例の症状の悪化が原因だろう)、階段をのぼる足取りはおぼつかないままだった。
「俺の部屋に来たのは……あの日以来だな」
霞音とテーブルを挟んで向かい合う。
「そう……ですね」
あの日。
それは俺が霞音にコンビニでプリンを買ってきてあげた日だ。(本当はもっと大きな変態黒歴史騒動があった気がするが、霞音の名誉のために忘れたことにしておこう)
「すみません。急に押しかけてしまい」
俺はため息を吐いてから、やれやれと首をふってやる。
「急なだけじゃないだろ。こんな夜遅い時間に……どうしたんだ。なにかあったのか?」
「あ……」
さっきは『せんぱいに会いにきました』と言ってくれていたが……本当に、それだけの理由で、こんな真夏の夜にひとり――しかもいつ帰宅するかも分からない俺のことを、家の前でずっと待っているものだろうか?
「ふあんに、なってしまって」
しかし意外にも。
霞音は正直に語ってくれた。
「不安?」
こくり。
霞音はうなずいて、
「あの……私……なにか、しましたでしょうか?」
「ん? ……どういうことだ?」
霞音の夢のことについては、引き続き慎重にならなければならない。
なにしろ、どれが現実でどれが夢の中の話なのかは、当の本人にも区別がつかない状態だ。
例の眠気のせいもあるのだろうか。
やはりどこまでも夢うつつな表情で、霞音は自分の想いを吐露していく。
「いえ……このようなこと、御本人の前でお話することでもないかもしれないのですが……最近、せんぱいの態度は、以前とは違うものになってしまいました」
そういえば、旧校舎の保健室でもそんなようなことを言っていたな。
つまりは現実ではない――『霞音の夢の中の宇高悠兎』が、霞音に対して冷たくなっているとかなんとか。
「先ほどは助けていただけましたが、学校の方では、最近ではとうとう――話しかけても無視をされるばかりで」
「っ!?」
おいおい。前と同じなんかじゃない。
明らかに夢の中の俺の霞音に対する態度は悪化している。
「好きという言葉も、……随分と長い間、聞けていません」
「……っ」
俺はその霞音の言葉を。
やはり否定することはできない。
霞音にとっては、夢の中の俺もどうしようもなく現実だ。
「せんぱいのことを待ち受けて、このようなことをお聞きするのはずるいとわかっています。ですが、もう、ひとりで我慢をすることはできなくて」
霞音は視線を合わせないままつづける。
「あの……せんぱいは、本当に、私のことを、――カノジョの私のことを、すきなのでしょうか?」
俺はなにも。
答えらない。
「私、なにかしましたでしょうか?」
霞音は繰り返す。
「わるいことをしたなら謝ります……ごめんなさい」
その言葉は、なにかに怯えたように震え、悲痛に満ちていた。
言葉だけでなく、小さな全身も震えている。
制服の胸の部分を、やはり白く小さな手のひらでぎゅうとおさえて霞音はつづける。
「ごめんなさい、ごめんなさい……わるいことしてごめんなさい。……ごめん、なさい、……ひぐっ……ごめん、なさい……っ」
言葉には嗚咽が混じりはじめた。
「せんぱい、ごめんなさい、ごめんなさい……私のことをこれ以上、きらいにならないでください……」
なんてことはない。
霞音は泣いていた。
涙が頬を伝う。それを指先で抑える。またあふれる。袖口で拭う。絶え間なくこぼれる。抑える。声が漏れる。
もう、止まらないようだった。
「せんぱい……すき、です」
唐突に零れた霞音の告白に。
霞音からのハジメテの『好き』に。
「――っ!」
俺の胸の奥から、熱いなにかが押し上がってきた。
「すき、です――せんぱいのことが、だいすき、です。今までいっぱいひどいこと言って、ごめんなさい。すなおになれなくて、ごめんなさい。きらわないでください。ごめんなさい。すき、です――」
自らの心情を。
プライドもすべて捨てて。
涙とともに素直に吐露していく――
そんな霞音の様子をみて。
俺はもう、我慢ができなくて。
「霞音っ――!」
溢れてくる涙ごと包むように。
俺は霞音の小さな身体を、抱きしめた。
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