3-17 デートの邪魔しないでもらえます?
「おい、お前ら! いい加減にしろ!」
夜。俺は自分の家に帰るのにも一苦労していた。
俺の強めの口調に、まわりを囲んでいた人々は一瞬怯むも、懲りずにまた押し寄せ質問やらなんやらを浴びせてくる。
〝御伽乃リリアの想い人〟として世間に知られた俺のことを、マスコミたちは日夜嗅ぎまわっている。
よく週刊誌やネットニュースじゃ芸能人がスクープをすっぱ抜かれている写真を見たことはあったが……まさか、俺が撮られる側になるとはな。
『すみません、一言お願いできますか!』
『御伽乃リリア氏のことをどう思われているのでしょう!』
『リリアちゃんのアプローチをお受けにならないということは、他に好きな方がいらっしゃるのですか!』
エトセトラエトセトラ……。
耳にタコができるくらいに繰り返される質問だ。
それでも俺はかたくなに、質問のすべてに答えずにいた。
そのうちに諦めてくれるかと思ったのだが……あのリリアの生配信から随分と日にちが経っても、俺への関心は止むことはなかった。
それだけ『御伽乃リリアを現在進行系でフりつづけている男子高校生』という大ゴシップに、世間が注目しているということだろう。
「……まったく。これじゃ完全にストーカーじゃないか。プライバシーもあったもんじゃない」
周囲で焚かれるカメラのフラッシュを浴びながら、俺は思う。
一時はリリアから『送迎の車だしてあげよっか?』『なんなら、ほとぼりが冷めるまで別のおうちを買ってあげてもいいよ?』などという超高校生級の提案(つうか高校生どころか、超人類級だ! ふつうの庶民は、ささいなことでふらっと家を買ったりしない!)をされたのだが、俺はそれを断った。
なにしろ、俺のことを凶悪事件の指名手配犯もびっくりなほどに世間からの厳戒監視対象にせしめたのは、他ならぬリリアのせいだったからだ。
そんな相手に借りを作るのは、なんだかしゃくだった。
「とはいえ、さすがにそろそろ限界だ……」
ここまでの非日常的な生活で、ストレスもひどく溜まっている。
ため息をつきながらも、どうにか俺は家の敷居をまたいだ。
「ふう……ここまで来ればあいつらは入ってこれないからな」
なにしろここは私有地だ。一歩でも入れば不法侵入罪になる。
そのあたりはやつらもわきまえているようで、境界を超えることはしてこない。とはいえ。
「外の道には、変わらずマスコミが溜まってるんだがな……」
なにかすこしでも『スクープ』を先んじて抑えたいのだろうか。俺の家の前には、四六時中人が絶えないでいる。一度おそるおそる夜中にカーテンを開いてみたことがあったのだが、その瞬間をパシャリとフラッシュで撮られた。おいおい。やつら、夜の間も寝ずに番をしているのか……? それ以来、俺は部屋の中じゃカーテンを開いて日光を取り入れることすら許されていない生活を送っている。
「まったく、両親が家にいなかったのが不幸中の幸いだ。絶対に迷惑をかけていたからな……ん?」
ふと歩いていた足を止める。
家に入るドアの前に、人影がみえたのだ。
(まさか……あいつらとうとう不法侵入罪覚悟で、家の敷地にまで入ってきやがったか……!?)
なんてことを思ったが。
その影は、俺のよく知る声を出した。
「あ、せんぱい……」
なんてことはない。玄関のドアの前に座り込んでいたのは、霞音だった。
「ん――霞音!?」
しかしその表情はひどく眠そうで、ぼうっとうつろな瞳をしている。
「どうしてこんなところにいるんだよ……!?」
「せんぱいを……まっていました」
「待ってたって……!」
大声を出したのが良くなかったか。
ばしゃばしゃばしゃ、と背後で一斉にフラッシュが焚かれた。
「おい、やめろ……! 霞音は関係ない!」
実際はもちろん、関係オオアリだったのだが。
彼らの耳には届かないようで、声を荒げながらの追求はやまない。
『その子はだれだ!』『おい、相手の顔をおさえろ!』『ようやくスクープか!?』などとけたたましく騒いでいる。
数多のフラッシュの明滅に、霞音は眩しそうに目を細める。
俺はその肩に手を貸して、霞音を立たせた。
無論。その瞬間をカメラたちは逃さずに、さらに激しい閃光が焚かれる。
「う、や……」
霞音が顔を手で覆った。
その拍子に足をよろけさせて、ふたたびその場に倒れ込んでしまう。
「大丈夫か!?」
「あ、はい……」
無数のマスコミたちの口撃と圧の前で。
力なく視線を泳がすことしかできないでいる霞音の様子を見て。俺は。
頭の中で、なにかが吹っ切れた。
「……すまん、霞音。すこし待っててくれるか?」
座り込んだ霞音の身体をドアに預けてから。
俺は玄関の前に群がるマスコミたちに向かって歩いていった。
「…………」
閃光はこの間もやまない。
しかし俺は気に留めることなく、集団の先頭で巨大なカメラを構えていた男の前に近寄って。
そのカメラを――ぐいと思い切り掴んでやった。
『おい、何をする! やめろ! ……く、動かないっ! なんて、力だ……』
男はカメラを自分の手元に取り戻そうと力をこめる。俺はそれを、より強い力で押さえつけてやる。
あくまで無言のまま。相手の瞳を睨みつけて。カメラごと俺の身体の方向へと引っ張ってやる。男の顔が目の前にきた。その表情は驚愕と得体のしれない恐怖に満ちているようだった。
『……ハッ! ふ、ふざけやがって! なにか手でも出してみろ! こっちは証拠の映像だって撮ってるんだぞ!』
ふざけてるのはそっちの方だ、と俺は思う。
しかし、強がる相手の瞳はひどく不安そうに揺れていて、なんだか哀れにも思えた。
『おいっ、は、離せ! このカメラはいくらすると思ってる! ……お前ら、ぼうっとしてないで早く撮れ! スクープだぞ!』
まわりにそう囃したてるが……。
俺のただならぬ雰囲気に気圧されたのか、周囲はいつのまにかカメラを撮影するのを止めて、ただ俺たちの顛末を呆然と見つめるばかりだった。
『くっ……! ふざけるなよ、一般人が! すこし御伽乃リリアにそそのかされたからって、調子に乗りやがって! おいっ! 聞いてるのかっ!』
なにかわめいているようだが、俺の耳には聞こえてこない。言葉のひとつも響いてこない。ひどくどうでもいい。
俺はその男の眼の前に顔を近づけて。
「あの」
言ってやった。
「――これからデートなんで、邪魔しないでもらえますか?」
『っ!?』
そのままカメラを離してやると、バランスを崩した男が勢いよく地面に転がった。
その様子に一瞥をくれてやると、男は『ひっ……』と、尻もちをついたままあとずさり、群衆の中にそそくさと消えていく。
俺はドアの前に座り込む霞音に向かって、
「わるいな、霞音。迷惑かけた」
「あ……いえ」
霞音は驚いたような、それでいてどこか羨望のこもった眼差しのまま、首をふって言った。
「あ、――ありがとうございましたっ」
俺は霞音にだけ見えるように静かに微笑んで、
「カレシがカノジョのことを助けるのは、当たり前だろ?」
なんてことを呟いて。
今度こそ霞音の肩を抱いて、家の中へと入っていった。
――そんな『スクープ』の様子を写真に撮るやつは、もはやだれもいなかった。