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3-16 ユウくんは霞音ちゃんとキスはした?

「今の霞音ちゃんに必要なのは――王子様(すきなひと)とのキスなの」

 

「……はい?」


 俺は思わずききかえす。まるで狐か狸に化かされているみたいだ。

 しかし目の前で、どこまでも現実的に、絵空さんはつづける。


「つまりね? 霞音ちゃんを覚醒させて症状の進行を止めるには、霞音ちゃんの『大好きな人』の体液――つまりは、()()()()とのキスに含まれる、唾液成分が、いちばん効果的みたいで」

 

 一瞬、俺をからかっているのかとも思ったが。

 状況が状況だし、なにより絵空さんはこういう真剣なときに冗談を言う人ではないのは古い付き合いから知っている。

 

 つまりは、なんだ。

 今の霞音の症状を緩和するためには。

 霞音の好きな人(おうじさま)とのキスが必要ってこと。らしい。


 そしてこの場合、霞音の好きな人というのは――


「他でもない、俺のこと、か……」


 俺は信じられないように首を振って言ってやる。


「はは……そんな童話(ゆめ)みたいな話、あるんですね」

 

 そこでようやく絵空さんの表情がすこし緩んだ。


「うん。あたしも驚いているのだけれど。今のところ、他にそれ以上の方法は、ないみたいで。だからね? もしも、もしもユウくんが嫌じゃなければ――お願いしたいなって」

「霞音との……き、きすをですか」

「そう。霞音ちゃんとの、接吻(きす)


 絵空さんはどこか強調するように下唇を噛んでからつづける。


「でもね、今回のことは演技とかフリとか、そういう贋物の感情じゃいけないと思ってて。つまりは――本当に好きじゃないと、いけないなって思っていて」

「俺が、霞音のことを?」

 

 こくり。

 絵空さんはうなずく。


「ねえ。ユウくんは、霞音ちゃんと()()はした?」

「はい? ……はいっ!?」


 驚いた拍子に、机の上のコーヒーカップをがちゃりと鳴らしてしまう。


「し、したことありません! あるわけないでじゃないですか……!」

「ううん、そうよねえ」

 

 絵空さんは手のひらを頬にあてて、残念そうに言った。


「でも……だったらなおさらね」

「なおさら?」

「ええ。霞音ちゃんを夢から目覚めさせるには、王子様のキスが必要――そんなおとぎ話の世界みたいなことだからこそ、そこにある『好きの気持ち』は現実(ホンモノ)じゃなきゃいけないと思っていて。接吻(きす)が現実で行われるなら、それは夢じゃいけないと思っていて。治療のためって割り切ることは簡単かもしれないけど――ううん。それすらもとてもむずかしいことかもしれないけれど。せめて、そこにある気持ちだけは。想いだけは。現実(ほんもの)じゃないといけない気がするの。それに……ふたりにとっては、大切なハジメテのチュウ(ファーストキッス)なんでしょう?」

 

 絵空さんの口ぶり的に。

 霞音もまだ、だれともキスは()わしたことがないらしい。


(……って、なんで俺は今すこし安心したんだ)

 

 俺は自分をたしなめるように首をふる。

 

「ねえ、ユウくん。だからあらためてきいちゃうね。ユウくんは、霞音ちゃんのことが、好き?」

「そう、ですね……前に恋愛のことは、なんでも相談しろって言われたんで。絵空さんには正直に話します。――好き、です」

 

 絵空さんは一瞬顔をぱあときらめかせる。

 それを制するように補足してやった。


「俺は霞音と疑似恋愛をしてきたことで、霞音のことを、はっきりと――『恋愛』の観点で意識するようになりました。ですけど……」

「――音が、ちがうのね」

 

 見抜かれたような絵空さんの言葉に、俺ははっと目を見開く。

 

「はい……。俺は霞音のことは好きです」


 自分の中に芽生えた感情。

 霞音のことを好きな気持ち。

 それをはっきり口にしたことで、なんだか俺の身体の奥にあるなにかが震えだすような感覚があった。


「間違いなく好きです。霞音と一緒に過ごしていく中で、俺の心臓ははっきりとドキドキする瞬間があります。たとえば照れてるところを見たときだったり。……手をつないだりしたときだったり。ですが……」


 絵空さんはそのつづきを慎重に待つように、小さくまばたきをした。

 

「その胸の高鳴りが、『好き』以上に『愛している』の音かというと――俺にはまだ、そのふたつの違いが、分からないでいます」

 

 ――好きと愛してるじゃ、心臓の音がぜんぜん違うのよ?


 いつかそう教えてくれたのは、まさに目の前の絵空さんだ。

 だからこそ、俺は正直に今の自分の気持ちを答えた。


「だから、すみません。今のまだ迷っている状態じゃ、俺の霞音への好きが現実(ホンモノ)だなんて、とても言えなくて……」

 

 俺はふたたび頭を下げる。


「ううん、いいの。正直に話してくれてありがとう。きっとユウくんのそういうところを、霞音ちゃんは好きになったんだと思うわ」

 

 絵空さんは季節の終わりに咲く花のように微笑んだ。


「ねえ。これだけは約束してくれる?」

「なんでしょうか?」

 

 絵空さんはテーブルの上にあった俺の手に、自らの手のひらを重ねた。


「絶対に、自分の心に――嘘はつかないで」

 

 絵空さんの言葉を何度も頭の中で繰り返したあと。

 俺はうなずいた。

 

 今。現在。ふたつの夢の間で揺れている俺の心は。

 一体、どんな現実に着地することになるのだろう?

 

 それを確かめるためにも。

 

 

 ――霞音に会いたい。

 

 

 そんなこと思った。

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