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3-15 霞音ちゃんのことで話があるの

「……ったく。しつこいやつらだな」

 

 数多の取材陣を押し切りながら、俺はカフェの店内の入り口をくぐった。


「場所は……ここであってるよな」

 

 店員に名前を告げると、奥の個室へいそいそと通された。店員さんも興味津々なのか、俺の顔をちらちらと見てくる。後ろをみれば、あとをつけてきたマスコミ(あるいは野次馬)たちが入り口のガラスに張り付くようにこちらを見ている。何人かは店内にまで客として入ろうとしていたが、俺が個室のドアに消えていくのをみるとそれ以上の追跡は諦めたようだった。

 

「あ、よかった。ユウくん」

 

 俺をこの場に呼び寄せた、霞音(かすね)の姉――蝴蝶(こちょう)絵空(えそら)さんが言った。


「ぶじに来られた?」

「……無事、とはとても言えないかもしれませんが」

 

 俺はここまでの道中で崩れた服装をなおしながら言う。

 

「そうよね……ごめんなさい、急に呼び出しちゃって」

 

  ――『霞音ちゃんのことで、お話があるの』

 

 そんな連絡があったのは、例の『旧校舎保健室騒動』から幾日か経ったあとだった。

 その間に霞音に連絡をしても既読はつかず、電話も取ってくれないでいた。

 気になった俺はスナガミを通じて霞音の様子を探ってもらおうとしたのだが、ここ数日霞音は学校を休んでいるとのことだった。

 

  ――『できれば、直接お話したいのだけれど』

 

 絵空さんのそんな提案に、俺はすぐにうなずいた。

 とはいえ俺は現在進行系で『世界中から追われる』立場である。

 状況を察してくれたのか、絵空さんが自分の名前で近くの個室のある喫茶店を予約してくれたのだった。


「それで――なんです? 話って」

 

 俺は絵空さんの向かい側に座って、事前に注文していたホットコーヒー(これが抜群にうまかったのだが……今はそれどころではないので割愛)が届いたところで切り出した。


「霞音に、なにかあったんですか?」

「ええと、……ううんとね……、」

 

 絵空さんはしばらく言いにくそうにしたあと、ひと息をおいて語りだす。


「あのね。――霞音ちゃん、さいきん、眠る時間が増えてきてるみたいで」

「眠る時間、ですか?」

 

 絵空さんはうなずいて、「うん。最初のうちは、日中の居眠りみたいなところから始まったのだけれど。それがだんだんひどくなってきて」

 

 すこしだけ思い当たった。

 旧校舎の保健室から去っていく最中、霞音はよろよろと千鳥足になり、床にへたりこんでしまったことがある。

 それより前も、校内で見かけるとなんだかうつろな表情をしていることが多かった気がする。それこそ夢の中にでもいるみたいに。


「しばらくは学校を休むことになったのだけれど……眠る時間はどんどん増える一方で。それでね? 当の本人は、学校にもまだ通いつづけてるつもりでいるみたいで」

 

 それはつまり『霞音が夢の中で学校に通っている』ということなのだろう。

 そんな夢の中の出来事を、霞音は病気のせいで現実のことだと錯覚している。

 いずれにせよ、そんな夢を見る時間が増えているということは――

 

「それって……症状が悪化してるってことですか?」

「うん。そうみたい」

「……どうにか、ならないんですか」

「お医者さんにもね? 相談したのだけれど。それが、その……」

 

 絵空さんはそこでさらに言いにくそうにした。

 机の上で所在なさげに両手を何度も組み替えている。


「遠慮しないで言ってください! これでも俺は、霞音とは幼馴染ですし、それに……あいつの夢の中では、カレシなんです。俺に協力できることなら、なんでもします」

「ほんとう?」

 

 こくり。俺は強くうなずいてやる。

 絵空さんはどこか安堵したようにかすかに唇の端を緩めて、


「あのね……これもまた、夢みたいなお話なのだけれど」

 

 と前置いたあとに、語り始める。

 

「あのね。眠っている状態の霞音ちゃんの症状を減らすには、その逆――起きているとき。つまりは脳が『興奮状態』にあるときに放出される物質が必要みたいで」

「? つまり、その『興奮させる物質』を使って、眠りがちな霞音のことを覚醒させてやる、ってことですか?」

 

 絵空さんは曖昧にうなずく。

 

「だったら話は早そうな気もしますけど。そういう薬とか、なんでも」

 

 絵空さんは首を横にふる。

 

「それがね。今の霞音ちゃんの症状にぴったりと効く薬……とかは今現状、ないみたいで。ええと、語弊があるかしら。……あるにはあるのだけれど、……すこしだけ()()があるというか、なんというか、……」

「大丈夫です。さっきも言ったように、俺はどんなことでも受け入れます」

 

 絵空さんはすこし気まずそうな顔を浮かべてつづける。

 

「えっとね。霞音ちゃんの症状を緩和させるには、霞音ちゃんのことを〝興奮〟させる――つまりは、そういうホルモンとかタンパク質とかを適切に含んだ――()()()()を、外部から投与することが一番らしいのだけれど」

「総合物質」と俺は聞き慣れない言葉を繰り返す。「どういうことです?」

「ううんと、その……わかりやすく言うと、それはつまり、」


 絵空さんはそこで踏ん切りをつけるようにして。

 言った。


 

「――王子様(すきなひと)との、キスのことなの」



「……はい?」


 俺は目をぱちくりさせる。


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