3-11 ぎゃふん!
御伽乃リリアの想い人の正体が世間にしれたのだ。
当然、そのあとも騒ぎはおさまらなかった。
渦中に巻き込まれた俺にとっては、もちろん他人事ではいられない。
ありとあらゆる好奇の目を向けられ、ありとあらゆる質問攻めにあい、ありとあらゆるもみくちゃを受けた。
(本当に散々な一日だったな……)
などとひとりで嘆息する暇も、今この瞬間まで許されなかった。
疲弊を吐き出すかのように、思いきり首を傾けてため息を吐く。
「どうしたの? 首でも痛めた?」と隣のリリアがきいてきた。
「……だれのせいだと思ってるんだ」と俺は答える。
放課後。
未だにおさまることのない(むしろ鰻登りだ!)周囲のざわめきの中を、どうにかくぐり抜けて校舎から校門へと向かうと、数多のマスコミや群衆も押しかけていた。
俺の姿が目に入ると『待ってました』と言わんばかりにもみくちゃにされながら、校門の前に停められていた送迎車の中(例のふわふわ座席の高級車だ)に乗り込んだ。
最初のほうは車に乗ったあとも一部のやつらが追跡をしてきていたが……運転手の機転なのか、高速道路に乗り込むとようやく周囲が静かになった。
というわけで。
俺とリリアはそんな送迎車の後部座席で、ふたり横並びに座っている。
「どういうつもりなんだ」と俺はきく。
「どういうつもりもなにも」とリリアは答える。「本気なところを見せただけだよ♡」
「本気……?」
リリアはこくりとうなずいて、
「ボクが本気でキミのことを好きってこと♡」
「っ……!」
リリアは指先をなにやら宙で動かしながらつづける。
「こうすれば逃げられないでしょ? 世界が見てる前で『キミのこと好き』って宣言したんだから。――それが御伽乃リリアっていう世界一の偶像にどれだけの影響を与えるかもわかった上で、ね♡」
ふふん、と自慢げに唇をあげる様子をみて、俺はやれやれとため息を吐く。
まったく。こいつは。
やはりどこまでも確信犯(誤用)だったか。
――芸能界のトップランナーである御伽乃リリアに、想い人がいて。
――その恋を現実的に応援してほしいと宣言する。
そんなことをすれば、これからの芸能活動に影響を及ぼすことうけあいだ。
なのに。彼女は。
堂々と公表をしてしまった。文字通り『全世界』に向けて。
そんなことができるなんて――
「本当に、本気なのか……?」
俺は本日何度めかもわからない絶句をする。
「あは。楽しくなってきたね、ユート♡」
俺の気持ちなんてちっとも知らないふうに、リリアは頬をほころばせている。
しかしなんだかその様子は、『女優としての笑み』ではなく、いつかも見せたあくまで等身大の少女の感情のようにもみえて。
俺の心臓は、妙に高鳴った。
「おい、すこし待ってくれ!」
動揺をごまかすように、俺は声を強める。
「そもそも、あの〝7日の約束〟はどうするんだよ!? 俺とお前の恋愛は、7日間限定の練習だと俺は聞いていたぞ? 昨日でその7日は過ぎただろうが!」
そう。約束は約束だ。
リリアから連絡があり、なりゆきで車に乗りこんでしまったが……本来は〝彼氏の契約〟はもう切れている。
しかしリリアは。
なんの悪気もなさそうに目をまたたかせた。
「うん。知ってるよ?」
「っ! そ、それなら――」
言いかけた俺の口に。
リリアは自らの人差し指を添えてきた。
「あの契約は期限切れ。はれて演技の練習のための〝疑似恋愛〟は終了。だからね? これからはキミのこと、本気で落としにいくから。今度は練習なんかじゃなくて――ホンモノの恋愛をしてもらえるように」
「……は?」
俺は絶句した。
「どんな手段を使っても。ボクのこと、好きにさせてみせるね? ――ダーリン♡」
「っ!?」
そんなもの。
そんなもの――
「話が違いすぎるだろうが……!」
俺はどうにか喉の奥から声を絞り出す。
7日間が経てばぜんぶが終わる?
ふざけるな。むしろ新たな激動が始まってしまったではないか。
全身に冷や汗が止まらない。
頭の中がひどく熱を持っている。
俺はこれからどうすればいい?
現実と夢の境目が、曖昧どころかぐちゃぐちゃに混ざった俺の学校生活は――
――夢ばっかみてないで、すこしは地に足のついた現実の恋愛も経験しとかねーと、いつか『ぎゃふん』と言わせられるぜ?
いつかスナガミがしてきた忠告が思い浮かんだ。
そうだ。そうなのだ。
リリアだけじゃない。
俺は今現在――もうひとつの〝恋愛〟の最中にある。
蝴蝶霞音。
未だ『疑似恋愛』の契約が切れていない彼女に、どう言い訳をすればいい?
ぶるり。
スマホが震えた。
メッセージの差出人は当然――霞音だった。
――『せんぱい。おっしゃっていた7日がたちました。』
――『今どちらにいらっしゃるかは分かりませんが。』
――『これでようやく。』
――『せんぱいと私。彼氏と彼女として。』
――『だれにも邪魔されることのない。』
――『ふたりだけの時間が。』
――『増えますよね?』
ぎゃふん、と俺は言った。
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