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3-10 夢を現実にしやがって!

 御伽乃リリアによる重大発表生配信。

 そんな世界中を巻き込んだ阿鼻叫喚の騒ぎから一夜あけて。

 

 俺が通う高校には、大量の人々が押し寄せていた。

 

 ファンに野次馬にマスコミに――

 

 東京ドームでも埋められるのではないかと錯覚するほどの人だかりが。

 校門の前にできていた。


『おさないでくださいー!』『生徒の登校の妨げになるような行為はおやめくださいー!』


 などと教員や警備の人たちが制しているが、どうにも限界があるようだ。

 果てはパトカーまで出動して警官がかけつける騒ぎにもなっている。

 

「たのむ……通してくれ……! ぐ……はあっ、はあっ……ようやく学校の敷地を(また)げた……」

 

 俺は言葉通りもみくちゃにされながら雑踏の間をくぐり抜け、どうにか校門の前へとたどりついた。

 

「よう! 悠兎(ゆうと)!」

 

 ばん、と背中を叩かれる。振り向くと恋話拡散器(ラブスピーカー)として悪名高いスナガミがいた。

 こういった芸能ゴシップはスナガミの大好物だ。表情にはニヤニヤと悪魔めいた笑みが浮かんでいた。

 

「なんだ、スナガミか」

「はん。オレで悪かったな。だがまあ、昨日()()()()()があった後だ。今日だけは失礼も許してやろう。てめーも、ここに集まった狂信者(ファン)たちと同じで、見事に()()したんだもんな」


 スナガミはどこかあざ笑うような下卑た微笑を絶やさずにつづける。

 

「悠兎の大好きで大好きでたまらないリリアちゃんが、奇跡的にうちに転校してきてくれたまでは良かったが……そこで昨日のアレときてる」

 

 スナガミは俺の肩に手を置いて、うんうんとうなずきながら言った。

 

「まさか、この学校にすでに()()()がいたとはな……もしかしたら転校も、そいつ目的だったんじゃねーか? 失恋はショックだろうが、ま、最初からリリアちゃんなんて高嶺の花――手の届かない『夢』だったんだ。落ち込みすぎるなよ?」

 

「……ああ、ソウダナ」

 

 俺は冷や汗をかきながらぎこちなく答える。

 ばんばん、とスナガミにふたたび背中を叩かれた。

 俺の失恋を残念がるどころか、明らかにそれを楽しむようににやにやと笑っている。


「しかし、すんげー騒ぎになってるな」

 

 スナガミが周囲を見渡す。

 増員された警官たちの手によって、どうにか通学路は確保されたが、それでも周囲には数多の人だかりができている。

 カメラのフラッシュも激しい嵐のようにばしゃばしゃと鳴りつづけている。


 もちろん、それらの視線の先には――

 

 昨夜、全世界をざわつかせたお騒がせの主役・御伽乃リリアその人がいた。


「ん……なんだ。あいつ、もう来てたのか」と俺はつぶやく。

 

 リリアは校舎に行くまでの途中にある桜の木。その幹に背中を預けながら、木陰に佇んでいた。

 

『リリアちゃーん!』『昨日のライブの真意は!?』『好きな人がいるなんて、嘘だよね!?』

 

 校舎の敷地内には入っていけない群衆たちが大声をあげているが……リリアはその叫びがすこしも聞こえていないように()()()()としながら、目の前を通過していく生徒たちを眺めていた。まるでその中から、特定の待ち人を探しているみたいに。

 

「だれかを待ってるみたいだな」スナガミが言う。「言わずもがな――きっと昨日暴露した〝意中の人〟だろうがな」

「……ふむ」

 

 みるとその気配をまわりも察知しているのだろうか。

 周囲のやつらは(主に男子だが)ひどく落ち着かない態度をとっている。

 

「『リリアちゃんの想い人――それってもしかすると、俺のことなんじゃねえか?』――そんな砂漠の中の(かすみ)よりも(はかな)い希望に踊らされて、リリアちゃんの前を通ってやがる。ったく。人間っつーのはあさましい生き物だな。そんな宝くじで一等が5回連続で当たるような奇跡、凡人のオレたちに降ってくるわけねーだろーが」

 

 案外スナガミは現実的なんだな、なんてことを思いながら様子を眺める。

 たしかに通り過ぎる誰もがチラチラとリリアに期待めいた視線を向けている。

 中には『好きな人ってオレのことだろ? なあなあ?』とも言いたげに鼻息荒く、リリアの前を何度も高速で往復するやつらも存在していた。シャトルランかよ!


「…………」

 

 そして。

 俺は今日。

 学校には()()をしにきたわけで。


 そうなると必然的に。

 校舎へと向かわなければならないわけで。


「途中で引き返せたら、どれだけ良かったか……」

 

 校舎までの途中にいるリリアの前を通らなければならないのは、俺だって例外ではなかった。


「ま。せーぜー悠兎も淡い期待に胸を膨らませながら、リリアちゃんの前を通り過ぎるんだな!」

 

 隣のスナガミが俺の背中をふたたび叩いた。

 

 その勢いのままに俺は歩きだして。

 リリアの前を――通り過ぎる。


(頼む、リリア。空気を読めよ……!)

 

 まさしく。

 そんな(かすみ)よりも淡い期待は。

 打ち砕かれて。

 

 

「あ――ユート!」

 

 

 リリアは病んだ世界を一瞬で明るく照らすような希望あふれる声で。

 

 俺に(この俺に!)。


 話しかけてきたのだった。


「よかった、ちゃんと会えた」

 

 周囲のざわつきが一瞬不気味なくらいに静まり返って。

 次なるリリアの一言で――

 

「へへ。ずっとキミのこと、待ってたんだよ?」

 

 爆発した。

 

「「っ!?!?!?!?!?」」

 

 だれもが信じられないように目を見開いている。

 彼らの口をつく言葉は、ありとあらゆる種類の(驚愕・称賛・嫉妬・恨みつらみ・罵詈雑言・興味津々・羨望・信じられない・その他本当にあらゆる種類の――)叫びだった。

 

『おいおい! なんであんな冴えないヤツが!』『だれだっけ?』

『ほら、あいつだよ』『ブリザードプリンセスの幼馴染だろ』『は!?』

『なんであいつのまわりにだけ』『規格外の美女たちが集まってくるんだよ……!』

 

『不公平だ!』『不可解だ!』『非現実的だ!!!!』

 

 非現実的、か。

 ああ、俺だってそう思うさ。

 

「な、な、な……!? おい、悠兎! てめー、どういうことだ!? いつの間にリリアちゃんと……これは夢か? いてええっ!?」


 スナガミが思い切り自らの頬をつねったあと悲鳴をあげた。


「はは……信じられねえ。悠兎の野郎、()()()()()()()()()()……」

 

 カメラのフラッシュも鳴り止まない。

 現実から目を背けるように背後に目をやると、校門のところに敷かれていた警備のバリケードが決壊するのが見えた。

 もはや暴徒とも化した群衆が、学校の敷地内に雪崩(なだれ)こんでくる。

 

「おいおい、さすがにあれに捕まると、やばいんじゃないのか……? リリア、逃げ……なっ!?」

 

 しかし。

 リリアはそんな大騒ぎなど、やっぱりひとつも気に止めない様子で。

 まるで世界には自分と俺の2人しか存在していないみたいに。

 

 この世の果てみたいに澄んだ瞳の中に――たった俺だけを映している。

 

「いこっか、ユート♡」

 

 俺のひじに、すこしの遠慮もなく腕を深くからませて。

 世界一の偶像は、校舎に向かって歩きはじめた。

 

「お、おいっ……!」

 

 後方からは地響きのような足音が聞こえる。向かう校舎までの道には、同じく数多の人だかりができている。しかし、御伽乃リリアが発する圧倒的なオーラのせいか。まるでモーセが海を割るかのように、俺たちの目の前にできた群衆の山が左右の二手に別れていった。

 

 そんな神話のような光景の最中。

 できた道の中央に。

 

 ただひとり。リリアのオーラに負けず。たった一人。

 

 道を譲ることなく鎮座する少女の姿があった。

 

「っ! 霞音……!」

 

 俺は反射的にリリアの腕を振りほどこうとするが、がっちりとロックをされていた。

 むしろ力を入れると『やんっ♡ ユート、へんなとこ触らないでよ。もー、えっちなんだから』となにやら柔らかなふくらみに(わざと)俺の腕を押し付けてきて、これ以上はどうにもできそうになかった。

 

 霞音は動かない。

 モーセの道の中央で。腕組みをしたまま。

 

 ただじっと両の瞳で、きゅうと。

 あらゆる激烈な感情を押し殺すようにして。

 リリアのことを見つめている。

 

 そんな霞音の横を通り過ぎるときに。

 リリアは彼女の耳元で。

 

 言った。


  

「これでわかったでしょ? リリア、本気だから♡」



『ううう……!』と霞音が歯ぎしりをする音が、俺にだけ聞こえた。


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