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3-6 好きな人の前で歌うなんて、ハジメテだし♡

「3人でお願いしまーす♡」

 

 リリアが店員に向かって指を3つ立てて言った。

 

 場所は商店街の中にあるカラオケ店。

 リリアが『高校生のデートといえばカラオケだよね? 雑誌に書いてあったもん』などと言って、あまり気の乗らない俺と霞音をなかば強引に連れてきた。

 

『はーい!』


 店の奥からぱたぱたと女性の店員さんが出てきた。そして彼女は、『おまたせしましたー、3名様です――ね゛っ!?』などと途中で奇声にも似た叫びをあげた。

 それも致し方ないだろう。なんせ目の前にいたのは、今現在も店の入り口のモニター映像で最新曲のミュージックビデオが流れている【御伽乃リリア】――の御本尊様(ホンモノ)だったのだから。

 

『え、あ、あっ……』


 などと明らかにテンパりつつも、店員さんは部屋の案内をしてくれた。

 その最後に、『あのっ、わたし、昔からリリアちゃんの大ファンですっ』と告白してくれた彼女のことを、リリアはやはり画面の中とひとつも変わらない完璧な笑顔を浮かべ「わーうれしー、ありがと」と握手をしてあげていた。


「これからもボクのこと、応援よろしくね♡」


 

     ♡ ♡ ♡


 

「おい……いいのかよ?」

 

 カラオケの個室に入って、俺は心配からリリアに言った。


「なんのこと?」

「変装のひとつもせず、そんなに堂々として」

 

 やや感覚が麻痺してきたが……目の前いるのは世界一の偶像(アイドル)なのだ。

 学校を出て商店街に来るまでの間にも周囲には人だかりができていたし、パニックに近しい事態にもなっていた。


「あは。だいじょぶだいじょぶー。男の子とふたりきりだったら問題あるかもだけど、今は3人だし。トモダチどうしでふつうに遊んでるふうにみえるでしょう?」

「ううむ……まったくもって〝ふつう〟には思えない気がするがな」

 

 俺は諦めたように嘆息する。

 今も個室の前には、明らかにリリア目的の別の客たちが集まってきていた。

 ドアについた狭いガラスの窓から内側を覗こうとしているのを、先ほどの店員さんがやってきて追い払ってくれている。ありがたい限りだな。

 

「せんぱい、せんぱい」

「ん?」

 

 ちょんちょん、と俺の背中をつつかれた。

 隣に座って曲を入れるデバイス――デンモクを物珍しげに見つめている霞音だった。


「この機械はどのように使うのですか?」

 

 霞音はカラオケに来たこと自体はじめてらしく、建物に入る前から、まるで都会に出たての田舎者のようにきょろきょろと周囲を物珍しげに見回していた。

 

「ああ。このペンで画面をタッチすると、曲や歌手の名前で検索できるんだ」

 

 霞音は感嘆の息を吐いてから、気づいたように言った。


「せんぱいは、カラオケ、はじめてではないのですね」

「ああ。何回か来たことはある」

 

 霞音がジト目を向けてきた。


「……どなたといらしたのですか?」

「うん? ああ、いや、家族とだが」と俺は正直に答えた。

「そうでしたか」なぜか霞音は安堵したような表情を浮かべている。「それなら良いのです」

「ふん。悪いな。あいにく俺には一緒にカラオケに行けるような友達はいないんだ。……つうか、霞音はどうなんだよ。てっきり来たことあると思ってたぞ」

「別に。とくだんそうのような機会がなかっただけです。……ただ、歌うこと自体に興味はありましたが」

 

 霞音はぴこぴこと頭上の髪の毛を揺らしながら言った。

 

「そうか。なら良かった。最初はあまり気乗りしなかったが……これもせっかくの機会だ。霞音も好きな曲を入れればいい。ん? ……この曲は」

 

 スピーカーから流れてきた前奏に聞き覚えがあった。

 以前リリアに『今度新曲出すんだけど、どうかな? ユートにこっそりリリース前にきかせてあげる♡』と言われてMVと一緒に鑑賞した曲だ。

 

「えへ。よかった、ボクの新曲。ちょうど今日からカラオケ配信だったみたい」

 

 リリアがカゴの中からマイクを取ってその場に立ち上がった。

 その拍子にリリアの髪が俺の横顔を撫でて、甘い苺のような香りが(ほの)かに広がり妙な声を出してしまう。


「ユート? どうしたの、へんな声だして」

「な、なんでもない、気にするな。ほら、そろそろはじまるぞ」

「あ、ほんとだ! じゃあ歌っちゃうねー♡」

 

 画面をみると本人映像のMVのようだった。

 まるで中世のお姫様のような幻想的なドレスを着ているリリアの姿が映し出されている。森の中にある廃墟のような場所だ。その中央に一本のマイクスタンドがある。画面の中のリリアはその前に立って、口元にマイクを寄せる。前奏が終わると同時に。画面の中のリリアと、現実世界のリリアの唇が――


 重なる。

 

「「――っ」」

 

 最初の一音(いちおん)で十分だった。

 

 まさに絶句。まさに圧巻。

 俺と霞音は身体を震わせて、リリアの口から零れる歌声に釘付けになった。


(なんだ、これは――スマホで聞くより何倍もいい、すさまじすぎる……! まるで違う曲みたいだ……!)

 

 ごくりと喉を鳴らして、あとは一瞬で時は流れた。

 そのままリリアの感動的な歌唱を、俺たちは最後まで聞き入る。

 

「――ふう。おーわりっ♡」

 

 マイクをことりと机の上に置いて。

 リリアは髪の毛を耳にかきあげた。


「あれ? ふたりともどうしたの? ボクのうた、なんかへんだった?」

「あ、いや……その逆だ。すごかった」

 

 こく、こく、と霞音もリリアが恋敵(ライバル)であることを忘れてうなずいた。


「ほんと? よかった、うれしいな」

 

 未だに全身が脈打つように余韻が残っている。

 ふだんは大きなホールで、それこそ何万人もの客を前にして歌っているんだ。

 

 それが今はどうだ?

 立ち上がれば髪の毛も触れ合うような狭い個室で。

 俺と霞音――たったふたりだけに向けて。


 何万もの大観衆を熱狂させ沸き立たせる力をもった歌声を歌姫(リリア)は届けてくれた。あまりにもオーバーキルだ。

 

「よかった。……なんだかとっても緊張したんだ」

 

 リリアはそこでいつもの完璧な微笑ではない、等身大の高校生のようにはにかんだ。

 その仕草が新鮮で、ずいぶんと親しみが湧いた気がした。

 

「緊張なんてちっともしてるようには見えなかったけどな」と俺は言ってやる。

「えーしてたよ。()()()()してた」

「そんなにか」

「うん。だって好きな人の前で歌うなんて、ハジメテだったし」


 俺はその言葉にどきりとした。

 リリアが浮かべている笑みは、やはりメディアの中では見たことのない、いち思春期女子の素直な感情が混じったものに思えた。


 不覚にも。その等身大の様子に。


 ――あまり芸能人に興味がない俺が、はじめて『かわいいな』などと思ってしまったのだった。

 

「……そっちのほうが、ふだんのお前より良いと思うぞ」

「? なんの話?」


 しかし。

 首をかしげて俺のことを覗き込んでくるリリアの表情は、いつもの『百点満点』の挙動に戻っていた。

 

「いや、なんでもないさ」

「へんなの」とリリアは笑ってから気がつく。「あれ? つぎの曲は? だれもいれてないの?」

「……あ」

 

 すっかり忘れていた。

 ここはリリアの単独ライブ会場などではない。

 あくまで〝ふつうの友達どうし〟で来ているカラオケなのだ。

 ならば必然的に、リリア以外にも歌う機会が訪れる。


 そして今回の場合、リリア以外とは俺と霞音のことなのだが……。


「とてもじゃないが、リリアの神歌唱(カラオケ)を聞いたあとには歌えないな……」

 

 日本が世界に誇る歌姫の次のカラオケなど、ハードルがエヴェレストだ。

 なみの心臓を(よう)していては、次に名乗りあげることはできないだろう。


「しかたない。リリア、悪いがこのあとも連続で歌って――ん?」

 

 予定を変更してリリアの単独ライブにしようかと思ったのだが……同時にぴこっと画面が切り替わった。

 だれかが次の曲を入れたらしい。


「って、霞音?」


 俺は驚いて彼女の方を向く。


「お前、……歌うのか?」

 

 リリアのあの歌唱の後に? と念を押す前に。



 こくり。


 

 霞音は堂々とうなずいた。



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