3-5 やっぱりせんぱいは鈍感です
「えへ。おいしかった?」
ひととおり食事を終えたところでリリアがきいてきた。
「ああ――本当に最高に美味しく、それでいて本当に最高に美味しかったぞ。本当に最高」
あまりのリリアの弁当の美味しさに、俺は語彙力中枢を完全に破壊されながら感想を言った。
仕方ない。最高に美味しいものは最高に美味しいのだ。
「腹もいっぱいだ。もう食べられない」
隣の霞音も満足したようで(特に次から次に出てくる味の異なるプリンに、後半の方は意地を張るのも忘れて『他はないのですか? このような美味しいプリン、お店でも食べたことありません……!』などとおおっぴろげに絶賛していた。対するリリアが『うんうん。お店に出したら原材料費だけで数万円はするからね、出せないと思うよー』などと不穏なことを言っていたが聞き流した。一体どれだけ希少な材料使ってるんだよ!)、今では満悦げな表情で屋上から広がる青い空をぼうっと眺めている。
「よかった。作った甲斐があったよー」
リリアはそこで弁当箱が入っていた鞄の中を漁って、一枚の紙を取り出した。
「じゃあこれ、ユート、よろしく♡」
「うん? なんだ、これは」
その紙を取って広げる。
中には可愛らしい丸文字で『お会計だよ♡』と添えられたあと、まったくもって可愛らしくない金額が書かれていた。
「なっ!?」
「キャッシュで払う? カードでもいいよ♡」
「こ、こんな金額払えるわけないだろ!」俺がバイトで貯めた金とお年玉貯金をすべて合わせたって桁が違う。「……つうか、カードでも払えるのかよ!?」
「分割払いでもおっけー」と言ってリリアはクレジットの決済機械を取り出した。
「なんでそんなもん持ち歩いてるんだよ! いろいろとめちゃくちゃすぎる! ……つうか高校生がカードなんて持ってるわけないだろ!」
「じゃあ現金?」
「こんな金額を常に現金で持ち歩いてるやつがいるかよ!? ハイパーインフレで貨幣価値が激減して子どもたちが札束で積み木遊びしてる国じゃないんだぞ!」
「じゃあ、無銭飲食ってこと……?」
「く……第一、お金がかかるなんて一言も聞いてない……!」
「食べた事実には変わりないよね?」
「確かにそうだが……なんとか、ならないか……?」
「うーん、しょうがないなー」
リリアはわざとらしく顎に指先を添えて考えるようにしたあと言った。
「それじゃあ、お代金のかわりに――ひとつだけお願い、きいてくれる?」
「っ……!」
しまった。はめられた、と俺は直感した。
リリアのやつ、最初からそういう魂胆だったに違いない。
俺はおそるおそるその〝お願い〟の内容をきいてみる。
「あは。心配しないで。簡単なことだから。今日の放課後――ボクとデートしてよ」
デート、という言葉に反応したのか、プリンの余韻でぼうっと夢うつつだった霞音がはっと目を覚ました。
「せんぱいと、リリアさんが、逢引……? だめです、そのようなこと許されません……! 第一、せんぱいは今日まではお忙しいのです。ボランティア、でしたよね?」
その練習恋愛の相手が眼の前にいることを悟られないようにして、俺はごまかす。
「あ、あー……ボランティアなんだが、さっき連絡があってな。今日は、夜遅くからの開始になったんだ」
「そ、そうでしたか。でしたら、それまでの間、リリアさんとではなく私と――」
「えー! それはずるいよ! 霞音ちゃんだって、ボクのお弁当食べたでしょ?」
「それとこれとは関係ありませんっ」
「よかったらプリンのおかわりいる?」
「いりませんっ」
「あは。そう言いながらその手はなあに?」
「はっ! これは、身体が勝手に……!」
霞音は泣きそうになりながらも頬を高揚させ、目の前のプリンに向かってぷるぷると手を差し出そうとしていた。
つうか霞音のやる、あれだけ食べたのにまだ食べるつもりか!?
デザートは別腹というが、どうやらプリンに関して霞音の胃袋はブラックホールよりも巨大らしい。
「う、うう……ずるい、です……っ! です、が……」
身体を震わす葛藤の末に。
霞音は。意を決したようにきゅうと目をつむって。
「い、いりませんっ」
その言葉が予想外だったのは、リリアも同じだったのだろうか。
俺たちは驚いたように目を広げた。
「ぷりんはいりません……それよりも、せんぱいとの〝でーと〟のほうが、100倍……10倍……3倍は良いですっ」
どんどん倍率が下がっていったのは、いささか寂しい気持ちにもなったが。
それでもあれだけ熱烈に求めていた大好きなプリンよりも、俺と一緒に過ごすこと(それも、別に今日でなくたって明日以降も遊ぼうと思えば遊べるのだが――それでも、だ)を選んでくれたのは、なんだかとても嬉しかった。
「ふうん。そっか」
霞音の断腸の想いにあてられたのか。
リリアは短めの息を吐いてから、ぱちんと胸の前で手を合わせて言った。
「わかった。それじゃ――〝3人で〟ってのはどう?」
「「……え?」」
俺と霞音の声があわさった。
「ボクと、ユートと、霞音ちゃん」
リリアは絆創膏が巻かれた指先でそれぞれを示しながら言った。
「3人で」
「……なにをだ?」
「デート♡」
当然のようにリリアは言う。
「3人で逢引など、そのようなこと……! ですが……」
霞音はプリンや弁当のことですこし後ろめたさ(あるいはささやかな感謝)を感じていたのか、こくりと喉をならしたあとにおずおずと言った。
「いたしかた、ありませんね」
「わあ♡ デートしていいってこと?」
「でーとはいけませんっ」
「? どういうこと?」
「3人揃っての逢引だなんて、いけません。不純です。ですが……私とせんぱいふたりの逢引に、リリアさんがついてくるというのであれば、許してあげましょう」
「おいおい、それじゃ実質は3人で遊ぶってことだし、あまり変わらないんじゃいか?」
「大違いですっ」
霞音は語気を強めたあと、小さくつぶやいた。
「……やっぱり、せんぱいは鈍感です」
「あは。わかった」
ぱちん、とリリアが手のひらを胸の前であわせた。
「うん、それでいいよ♡ ボクと、ユートと、霞音ちゃん――3人で一緒に遊ぼう?」
「リリアさんはあくまで、私たちのでーとについてくるだけですからね」
「お、おい! 俺はまだ賛同していないぞ!」
この昼休みを乗り切るのさえ、結構な精神的ストレスだったのだ(素晴らしく美味しい弁当のおかげでそのストレスは随分と和らいだが)。
ただでさえ夢と現実の区別が曖昧で。
すこしでも押せばぽきんと壊れてしまいそうなほど綱渡りな関係の3人で遊びに行くとなれば、俺の胃袋に穴が空きかねない。
しかし。
おれの抵抗も虚しく。
――放課後の3人デート(霞音いわく、2人デート+1)の決行が決まった。
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