3-4 高校生の弁当のレベル超えてるだろ!
「これは一体、どういうことでしょうか……」
翌日。昼休み。学校の屋上に。
急遽リリアによって呼び出された霞音が、怪訝そうな顔を浮かべていた。
「どういうこともなにも、見ての通りだよ?」
あっけらかんとリリアが言った。
屋上の端っこにレジャーシートが敷かれていて、その上にリリアはちょこんと座っている。
そして向き合うように俺も正座して、ふたりの間には弁当箱が広げられていた。
「あは。お弁当ー」
じゃーん、とリリアは両手を広げてみせる。
「……それは見れば分かります」霞音が不機嫌そうに言った。「どうして私を呼び出したのです?」
「んー。だって、もしもボクとユートがこっそり内緒でお弁当を食べてたら、現カノジョの霞音ちゃんは嫉妬で怒り狂っちゃうでしょ?」
「なっ……!」霞音の髪の毛がぴこんと昂ぶるように立った。「わわわわわ私がせんぱいに、嫉妬など……!」
いいからいいから、とリリアはまるで小型の愛玩動物をなだめるようにしてつづける。
「それならさ、霞音ちゃんをここに呼んじゃえば話が早いかなって思って」
霞音は納得いかないようにして、「意味が不明です。リリアさんは私に宣戦布告をされたのでしょう? それで仮にも――ちっとも私と同じ立ち位置には追いついていませんが――恋敵である私が、リリアさんとせんぱいとが仲睦まじく昼食を食べる様子を指を加えて見ていなければならないのですかっ」
「あは。恋敵。良い表現だね。ぞくぞくしちゃう。でも安心して? お弁当はちゃんと霞音ちゃんの分もあるよ?」
「いりませんっ」
霞音は断固として拒否した。
「どうして私がせんぱいのことを強奪しようとする盗人と、ご昼食をご一緒しなければならないのですか。第一、せんぱいもせんぱいです。私という彼女がありながら、どうしてリリアさんと――」
「あ、デザートにプリンもあるよ?」
「今日だけはご相伴にあずかることといたします」
霞音は一瞬で陥落した。
どうにか顔を険しく保ってはいるものの、頭上の髪の毛はぴこぴこと揺れている。
(おいおい、ちょろすぎだろ……!)
俺の嘆息は気にせずに、霞音はそそくさとした足取りで俺たちの近くに座った。
3人でお弁当を取り囲む形になる。
「ん? そういや、この弁当……」
見るにつけ、それらはどれも市販のものではなさそうだ。
可愛らしい弁当箱に、彩り華やかなおかずの数々が盛り付けられている。
「お前が、作ったのか?」
リリアは大きくまばたきをして、「あは。ボク以外のだれがつくるのさ」
「てっきり、使用人のだれかが作ったのかと思ってな」
「今回は違うよー」
リリアは自分の家に使用人がいることは否定せずに言った。ったく。その部分は冗談のつもりだったのにな。やはり一般庶民の俺には想像できない世界にリリアは存在している。
「むう……リリアさんが、こちらのお食事を……」
隣をみると、霞音が悔しそうな、それでいて羨望も混じった視線を豪勢な弁当たちに向けていた。
「ほらほら。せっかくなんだし、ふたりとも食べてー♡」
「あ、ああ」
俺は『いただきます』をしてから、おそるおそるそのひとつを箸でつまんで口へと運んだ。
一口サイズに揃えられたハンバーグだ。味は――
「ん! うまい!」
「ほんと!?」とリリアが目を輝かせる。「えへ。うれしー。霞音ちゃんはどう?」
「……ふむう。可もなく……不可もなく、です」
霞音はそう淡白に言いながらも、頭上の髪の毛はぴこんぴこんと喜ばしげに揺れており、何より持っている箸はものすごい速度で弁当との間を行き来していた。
きっと味に関しては、霞音も相当にご満悦なのだろう。ただ強がってはっきり『美味しい』と口にできないだけだ。
「あは。よかった。まずくはなさそうだね」
「ま、まずいなどっ……あ。いえ。……その、」
霞音は納得いかなさそうにしつつも、箸の速度は緩まない。
「こっちもよかったらどうぞ♡」
リリアは背後の袋から、さらなる弁当をいくつか取り出して広げていく。
ううむ。やはりどれも最高に旨そうだ。
「……ん?」
弁当を広げるリリアの指先をふとみると、絆創膏が巻かれていた。
「リリア、大丈夫か? その、指先」
「うん? ああ、これ?」
リリアはなにも隠す素振りもなく、あっけらかんと言う。
「だいじょぶだいじょぶ。指先だってボクの商売道具だからさ。怪我しないように予防で巻いてただけだよ? 心配してくれてありがと♡」
「おお、そうか。無事ならよかった」
俺が安堵していると、隣の霞音がいつの間にか手にしていたプリンを食べながら言った。
「……せんぱいは鈍感ですね」
「うん? なにか言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
霞音は眉間にしわを寄せている。
「あ、霞音ちゃん。プリンはどう?」
「か、可もなく不可もなくですっ」
むう、と霞音は頬を膨らませながらも、頭上の髪の毛をぐるぐると大回転させながら言った。
「これ以上の評価をするには、量が足りませんっ。おかわりを要求します……!」
「あは。いっぱい作ってきたから食べて食べてー」
「む、う……これで負けただなんて、思っていませんからね……!」
霞音はそんな負け惜しみをしつつも、次なるプリンが目の前に置かれるのを、まるで『待て』をしている時の犬のように口元をよだれで湿らせなら待っている。
(……まったく。宣戦布告の恋敵を相手にこれじゃ、完全陥落じゃないか)
しかし、と俺は箸を口に運びながら思う。
――あまりにも、リリアの手作り弁当は美味しい。
俺も自炊はする方だが――それとは根本的なレベルが違う気がする。もしかすると芸能界の頂点に君臨し経済感覚が一般人とは異なるリリアのことだ。毎日の弁当にはコストパフォーマンスも重視されるがそれを完全に無視して、庶民じゃとても手の届かない徹底的な高級食材を使用しているのかもしれない。……つうかそんな気がしてきた。冷静にみたら卵焼きに乗ってるやつ、これってキャビアだよな……? いち高校生の弁当に高級三大珍味を使うな!
「こっちはA5ランク松坂牛ステーキのフォアグラ載せだよ♡」
「高校生の弁当のレベル超えてるだろ!」