3-1 なにって――ただの宣戦布告だけど?
まさしく神と神とが最後の日にぶつかり合う最終戦争がごとく。
夢みたいに現実離れした美貌を持つふたりの少女――
蝴蝶霞音と御伽乃リリアが至近距離で睨み合い、火花を散らしていた。
場所は俺の部屋だ。
「……って! なんでわざわざ俺の部屋なんだよ……!」
「仕方ないでしょう。これからごうも……間違えた。尋問を始めるのには、密室の方が適してると思って」とリリアが言った。
「おうおう。今一瞬〝拷問〟って言いかけなかったか……?」
「あは。気のせいだよー」
彼女はCMの中と何一つ変わらない爽やかな笑みで言った。
俺の背筋がぶるりと震える。
「それで、どうなの?」
「どうってなんだよ……?」と俺は答える。
「キミと霞音ちゃんは、どういう関係なわけ?」
ずい、とリリアは俺に向かって顔を寄せてきた。
「どういう関係も、なにも、その……、」
俺は言いよどむ。
だって仕方がないだろう? 俺と霞音の〝疑似恋愛〟の関係は、誰にも言うわけには――
「良いでしょう」
しかし。
その〝秘密の関係〟を俺に強要してきた霞音本人が言った。
「せんぱいには特別に許可を出します。私たちの関係のこと、正直にリリアさんにお答えされてください」
「ん……本当に、いいのか……?」
こくり。
霞音は控えめに、しかし力強くうなずいた。
「つってもだな。俺たちのことを話すと、余計に事態がややこしくなる気しかしないんだが――」
もう一度ちらりと霞音の表情をうかがうと、いつもはクールな瞳の奥に熱い炎のようなものが揺らいでいるのが見えた。
俺はその熱気にあてられるようにして、覚悟を決めて――
言った。
「わ、分かった。正直に言おう。か、霞音は! お、俺の、……」
「ユートの?」
「お、俺のっ……! か、か――かのじょ、だ」
「カノジョ?」
俺はこくこくとうなずく。
「……カノジョ?」とリリアはまたきいてくる。
俺の喉がごくりと鳴る。
冷や汗が背中を伝っていく。
「ふう。リリアさん。これでお分かりになられたでしょうか」
ぱちん。
霞音が手のひらを胸の前で合わせてつづける。
「せんぱいは私の〝彼氏さん〟なんです。それも、私のことが大好きで仕方がないときています」
「ふうん」とリリアは作り物のような笑顔のまま冷たい声をだした。「ふうううううん」
俺の冷や汗はだらだらと止まらない。
まともにリリアと視線をあわせることはできなかった。
「そんな〝彼女〟の私から逆にお尋ねします。御伽乃リリアさん――あなたはせんぱいと、どのようなご関係なのでしょう?」
「お、おい! 質問はリリアからだけでいいだろ?」
「せんぱいは黙っていてください」
「……っ」
まずい。
このままでは事前の予想を超えて『いささか以上にまずい事態』になりかねない。
「御伽乃リリアさん。あなたはせんぱいと、どのようなご関係なのですか?」
ずい、と圧力をかける霞音に対して。
リリアはすこしもひるむことなく。
霞音の瞳をまっすぐに見返しながら。
言葉をつむいだ。
「ボクは――」
「あなたは?」
「ボクは、ユートの」
「せんぱいの?」
張り詰めた空気が。
つぎのリリアの言葉で。
一瞬で、弾けた。
「――〝友達〟だよ?♡」
リリアは胸の前で可愛く手を合わせながら強調する。
「ただの、トモダチ」
「……ふうん」
霞音が疑いの視線で俺の方を見てくる。
――逃げ出したい、と俺は思った。
リリアが? 俺の? 単なるトモダチ?
実際のところは違う。
リリアは7日間限定(明日でちょうど7日目になる)の〝契約カノジョ〟だ。
そもそも。
もうひとりのカノジョである霞音だって、治療が終わるまでの期限付きで。
つまりは。
俺の前で見えない火花を散らして対峙する、夢のような美貌をもつふたりの少女は。
どちらも俺にとっては〝非現実的なカノジョ〟なのだった。
どこまでいっても――
「現実じゃ、ない……」
そんな俺のつぶやきは聞こえなかったのか、リリアは作ったような笑顔のままつづける。
「へえ。そっかそっか。霞音ちゃんはユートのカノジョだったんだ」
ふふん、と霞音が勝ち誇ったような顔を浮かべた。
頭上では髪の毛がぴこぴこと得意げに揺れている。
「そのとおりです。せんぱいは私のことが大好きな彼氏さんなのです」
「そっかそっか」
そしてリリアは笑顔のまま、ふと疑問を呈する。
「霞音ちゃんも?」
「え?」
「付き合ってるんなら、霞音ちゃんも当然――悠兎のことが大好きなんだよね?」
「……っ!」
霞音が一瞬硬直した。
戸惑いを隠しきれないように明確な混乱が仕草から見て取れる。
「わ……私はっ。……仕方なく、つきあっているのです」
「しかたなく?」
「はいっ」
霞音が強めに首をふった。
「せんぱいの方が泣きながら私に『付き合ってほしい』と懇願をされてきて、仕方なく」
「ふうん。じゃあ、霞音ちゃんは悠兎のことが別に好きじゃないってこと?」
「……!」
ふたたび霞音が固まった。
「私が、せんぱいのことを……す、すき……?」
そんな自問自答をぶつぶつと繰り返すうちに、霞音の顔はみるみる真っ赤になっていった。
唇はわなわなと震え、目はぐるぐるとまわり、頭上の髪の毛は空中を不安げに漂っている。
とてもじゃないが正気の状態にはなさそうだった。
(ったく。そんなに『俺のことが好き』だと表立って口に出すことが嫌かよ……ま、そんなことしたら今までの霞音の〝恋愛マウンティング〟が崩れちまうもんな)
確かに今まで。
霞音は俺に恋人関係の〝強者〟として、上の立場からマウントを取ってきてばかりで、実際に俺のことを『好き』だと口にしたことはない。
(しかし、な。実際のところは例の病気のおかげで、霞音の『好き』は俺に見事なまでに筒抜けなんだが――)
俺はやれやれとため息を吐く。
しかし事態は変わらない。相変わらず霞音は全身を真っ赤にして、頭からはぷすぷすと湯気が出ている。
(ったく、しょうがないな)
俺は助け舟を出してやることにした。
「おい、リリア。そんなことはどうでもいいだろう。霞音が俺のことを好きかどうかはともかく、事実として、俺たちふたりはお付き合いをしている」
「ユートは黙ってて」
「な!?」
俺が差し出した舟は、リリアによって一瞬で叩き壊された。
「ボクは霞音ちゃんにきいてるの」
リリアは霞音に向き直ってあらためて問う。
「霞音ちゃん自身は? ユートのことは好きじゃないの?」
「わ、私は、その――」
霞音はもごもごとしながら指を絡ませる。
視線はちらちらと俺の方を向いて、表情の赤みはさらに強くなっている。
「べ、べつに。私は……」
「好きじゃないんですか?」
「そ、そんなこともっ。……ない、かも、しれません。私は。せ、せんぱいのことを。す、す、す――むう」
そこで霞音ははっと気づいたようにして、言葉に力を込めた。
「御伽乃さんには関係ないことではりませんかっ!」
「関係あるよ」
しかし。
「関係おおありだよ?」
リリアはごく当たり前のようにして。
ごく当たり前には到底思えないことを。
断言した。
「だってボクは――ユートのことが〝好き〟なんだもん」
「……え?」
霞音は呆気にとられたように口をぽかんとあけた。
「……は?」
俺は霞音以上に口を大きく開いた。
「あれ? 聞こえなかった? ボクは。ユートのことが。す。き」
わざとらしく節をつくるようにして、リリアは繰り返した。
「だからね? 霞音ちゃん。ユートのことリリアにくれない?」
「お、おい! 何を言ってるんだよ、リリア!? 余計に事態がややこしくなるだろうが……!」
俺の驚愕を無視してリリアは続ける。
「ボクは本気だよ? ボクはね、ユートのこと好きなの。明確に好きなの」
そこでリリアは、大きな瞳を霞音に向けて、彼女をじっと見透かすようにしてつづける。
「カレシのことを〝好き〟って言い淀んでるような人よりも――こんなふうに好きって断言できるボクの方が、ユートのことをカノジョとして幸せにできると思うんだ」
「な、な、な……!?」
霞音はしどろもどろになりながら、これまで以上に目をぐるぐるとまわしている。
「せっかくの〝カレシカノジョ〟の関係なのに、一方的に片方が好きなだけだなんて、相手がかわいそうだと思わない?」
まずい。予想以上だった。事態はややこしくなりすぎている。
どうにか丸くおさめる手段はないかと思案していたところで、リリアのスマホの着信音が鳴った。
俺の知っている曲だった。エリック・クラプトンの『Change The World』――ひと昔前の洋楽だ。
「わ、たいへん。このあとの撮影が早まっちゃったみたい。今すぐいかないと」
リリアが舌をぺろりと出して言った。
そのままスマホをしまおうとした際、ケースについていたストラップが引っかかったようですこし手間取る。
やけに年季の入った、俺も昔好きだった古いキャラクターもののストラップだった。
ふむ。
さっきの音楽といい、時代の最先端を征くリリアにも懐古主義のようなものがあるのだな、とふと思ったが。
今はそれどころではまったくない。
「……っ!」霞音がはっと我を取り戻して言葉を絞り出す。「御伽乃さんが、せんぱいのことを……好き? そ、そのようなこと、信じられません……」
ああ、そうだよな。驚きももっともだ。
俺だって信じられないさ。
霞音は戸惑いながらもつづけた。
「第一、そのようなことを私に伝えて、どうするおつもりですか……!」
そんな質問に。
リリアは髪の毛をどこか幻想的な素振りでかきあげてから。
霞音の耳元に顔を近づけて。
いつかの街で見かけた看板広告の中のような。
完全完璧たる微笑を浮かべて。
――言った。
「なにって――ただの宣戦布告だけど?」
「「……っ」」
呆然とする俺たちふたりを前にして。
「――と、いうわけで」
リリアは言葉通り。
宣言した。
「これからよろしくね? ユートの〝現カノジョ〟の霞音ちゃん♡」
こうして俺たちの夢のような恋愛関係に。
劇的に花びらが舞い散って。
――世界はいっそう歪んでいくことになった。
いよいよ第三章の開幕です!
3人の関係が、まさしく夢のような〝非現実み〟を帯びていき……!?
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます〜!
完結まで毎日更新です。
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