2-11 これが嫉妬の感情なんだ
「ねえ、そのこはだあれ?」
リリアはどこまでも澄んだ瞳で、俺のことを見抜きながらきいてくる。
「どうしてキミと手をつないでるの?」
「……こ、これは、……その、」
おれはごくりと唾を飲み込んで、どうにか言葉を絞り出そうとする。
しかし適切な言葉は出てこない。
リリアが短く息を吐いた。
「ふうん。否定はしないんだ」
沈黙。
何も言い返すことができない。何も言い訳はできない。
「すこし――ほんのすこしだけね。期待してたんだ。これは違うって。なにかの見間違いだ。夢でも見たんじゃないかって。キミが否定してくれることを。でも……やっぱりキミには、心当たりがあるみたい。その写真に描かれた関係性は、どこまでも、現実なんだね――」
そこでリリアはすこし前かがみになると、自らの胸を押さえるようにした。
前髪で顔が隠れて、表情は読み取れない。
「……リ、リリア?」
しばらくしたあと。
彼女は。
「あは。あはははははははは!」
どこか狂気染みたように笑いはじめた。
「そっか。これがきっと――嫉妬の感情なんだね。あはは。へえ、すごい。こんな気分なんだ。ボク、はじめてだよ。おもしろいなあ」
リリアは窓の外の赤い月を見ながらぶつぶつと呟いている。
しばらくしてから思い立ったように席を立つと、ゆっくりとした足取りで、テーブルを挟んだ俺のほうへと近寄ってくる。
「……っ」
思わず俺はあとずさる。椅子がずれてがたりと音がなった。
しかし今のリリアがまとった劇的な迫力の前では、席から立ち上がることはできない。
「嫉妬、か――あは。そうだよね。嫉妬するってことは、きっと――」
リリアは世界の果てにたたずむ人形のような微笑みを浮かべながら。
俺の耳元に、白桃色の唇を近づけて。
言った。
「ねえ、ボク――キミのこと、ほんとうに好きになっちゃったみたい」
「……え?」
「だからさ。ボクと付き合ってよ。練習なんかじゃなくて、現実的に」
リリアの言葉が信じられず、俺は首を振る。
「冗談、だよな……?」
「あは。冗談なんかで、女の子の方から告白すると思う?」
リリアが俺の顔を覗き込んでくる。至近距離にある彼女の瞳に俺の姿が映る。冷や汗が滴り落ちる。息をするのを忘れる。身体の感覚が消失している。
ただ心臓の鼓動だけが、今までに感じたことのないような音をたてている。
「ね。いいでしょ――?」
俺はどうにか意識を現実世界に引き止めながら、言った。
「リリアが俺と、現実的に付き合う? それは――できない」
リリアが目を広げた。
「どうして? 疑似だったらOKしてくれたのに――現実だとできないの? その理由は?」
「……」
リリアがちらりとテーブルの上の写真をみた。
「あの子のこと?」
「…………」
「ね。ふたりは付き合ってるの?」
やっぱり俺は。
答えることはできなかった。
ドアの下から生ぬるい隙間風が吹き込んできた。
アナログな照明器具のロウソクの火が揺れる。
床に落ちていた俺たちふたりの影が、やけに大きく伸びて縮んだ。
「ふうん。答えられないってことは、やましいことがあるんだ」
リリアが温度のない声で言った。
「いいよ。だったらこっちにも考えがあるもん」
彼女は脇のテーブルに置かれていた鈴を鳴らした。
ちりりんという甲高い音のあと、すぐに黒ずくめの男がひとりやってきた。リリアに封筒を渡してから、無駄のない動きで去っていく。
「ふうん――蝴蝶霞音ちゃん、か」
「なっ……!」
リリアは封筒の中に入っていた紙に目を通して、幼少期から聞き慣れた名前を読み上げた。
「お、おい……どうするつもりだ……?」
「決まってるでしょ? 同じ学校なんだもん」
言いながらリリアは紙を口元にあてて、当然のように言った。
「もしもユートが答えられないんだったら――直接ボクが話しに行く」
♡ ♡ ♡
「おい、リリア……!」
翌日の登校日。俺はすこしはやめに学校について、リリアのことを待ち受けた。
いつもの黒い高級車を校門の前につけて降りてきたリリアの横に並んで、どうにか説得を試みる。周囲の視線が痛かったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「頼む、考え直してくれ……」
しかし俺の制止もやむなく、リリアは無言のまま霞音の学年の校舎へと進んでいった。
がらり。教室の扉が開く。一斉に視線が注がれる。教室のざわつきがぴたりと止まる。
足音を響かせながら、リリアはまっすぐに霞音の座る席へと向かっていった。
「蝴蝶霞音ちゃん、だよね?」
「……はい?」
霞音はどこか不思議そうに目を細めている。
まるで目の前に現れた少女が現実かどうかを確かめているみたいに。
「今日の放課後、あいてる?」
身体はこわばらせている霞音に向かって、リリアはつづける。
「あのね――ユートのことで話があるの」
そこで霞音はぴくりと身体を跳ねさせ、明確な嫌悪感を顔に出した。
「ゆうと?」と霞音はいつもよりも低めの声で言う。「せんぱいのことを【下の名前】で呼んでいいのは――私と姉さんだけです」
初耳だった。
「へえ。……親はどうするの?」
つづけてリリアは顎に指先をあてながら真剣な表情で、そんなマジレスをした。
霞音は考え込むようにしたあと、答える。
「――親でも、許しません」
親もだめなのかよ、と俺は心の中で突っ込んだ。
「ふうん、なるほどね」
なるほどじゃねえよ、と俺は思った。
「「…………」」
彼女たちは互いに視線をすこしも背けようとしない。
間には激しく火花が散るのが見えるようだ。
(く、う……俺はいったいこの先、どうすればいいんだ……?)
ともかく。こうして。
夢みたいな美貌を持つ2人の少女が。
夢みたいな疑似恋愛を俺としていたはずの2人が。
現実世界において竜虎がごとく対峙することになった。
第二章完結! このあと3人の夢と現実がさらに交錯していく新章に突入です!
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