2-10 ボクのことが大好きじゃなかったの?
「うお……! なんだこれは、本当に料理なのか……?」
目の前の硝子製の芸術的な皿に、前菜がこれまた芸術的な盛り付けでのっていた。
「あは。毒じゃないから安心して」とテーブルを挟んだところにいるリリアが言った。
場所は夜景の見える会員制のフレンチレストランの個室。
以前のドラマとは別の撮影現場(今度は誰もが知る飲料水のCM撮影だった)が終わったあと、予約していたこの場所に連れてこられた。
リリア曰く『知り合いのお店なの』とのことだったが、移動途中にちらりとネットで調べると、著名なグルメガイドで最高点の星がついていた。
予算はどれくらいだろうか、と確認すると俺の想像と桁が2つ違ったため、涙目になりながらリリアの方を向くと、『だいじょうぶ。ご馳走してあげる』と言われ俺は震えながらレストランの敷居をまたいだ。
「ん、旨い……! さっき説明を受けたときはカタカナばかりで、一体どんな食材が使われてるかはさっぱり不明だったが……とにかくすごくめちゃくちゃ旨いな」
俺は壊滅的な語彙力で感動しながら、料理を口に運んでいく。
せっかくご馳走になるのだ。ならば全力で味わったほうがいい。
「……ん? どうした、リリア。食べないのか?」
みるとリリアは皿には手をつけていなかった。
テーブルの上で両肘をつき、掌の上に顎をのせている。
視線は向かい側の俺のことをじっと見つめていた。
「……リリア?」
かちゃり、フォークを皿に置く。
俺の問いかけには、リリアは答えない。
「…………」
彼女の瞳は作り物の人形みたいに透き通っている。
ぞくり。なぜだか背筋が震えた。
「――ねえ」
リリアがようやく言葉を発した。
まるで世界の果てから響いてきそうな音だった。
「ボク、分かっちゃった。キミからときどき感じる違和感の正体に」
「ん? なんの話だ?」
首をかしげていると、ウェイターが次の料理らしきものを運んできた。
皿の上に銀色のドーム型の蓋がかぶさっている。ウェイターがなにやらリリアと目配せをした。リリアがうなずく。蓋をゆっくりとした手つきで外す。同時に白い煙がまわりに広がった。それがおさまったあと。皿の上には。
一枚の、写真があった。
「ん?」
俺は目をしかめる。写真の中には【ふたりの人物】が写っている。ふたりは手をつないでいる。カップルのようだ。高校生――俺と同じ制服だ。俺と同じ?
ちがう。写真に写っているのは同じもなにも俺自身だ。
そしてそうなると、当然。
手をつないでいるもうひとりの少女は決まっている――蝴蝶霞音だ。
「……っ!」
一気に全身に悪寒が走った。息が一瞬止まる。
おそるおそる視線を目の前のリリアに向けると。彼女は。
さっきとなにひとつ変わらない澄んだ瞳で、じっと俺のことを見つめていた。
「ね。そのこはだあれ?」
俺は助けを求めるように窓へと視線をずらすと、外には嘘みたいに真っ赤な月が浮かんでいた。その月が届ける紅い光が、窓に怪しげに反射する中――
リリアは言った。
「ボクのことが大好きじゃなかったの? ――ボクのカレシくん」




