2-8 ようやくいち思春期男子っぽくなってきたな
「なあ、スナガミ。――好きってなんなんだろうな」
つぎの日の学校。
俺は級友のスナガミにそんな疑問を投げかけていた。
「なんだよ急に、気持ちわりーな」
スナガミは顔をしかめた。
俺は窓際の自分の机にひじをついて、ふうとため息をつく。
結局、リリアとの〝夜景デート〟の終わり際にされた質問に、俺は答えることができなかった。
――ユートは一緒に死んじゃってもいいやって思うくらい、ボクのことを愛してる?
そんなことを問われても。
そもそもリリアが勘違いをしているだけで、俺は彼女のファンではない。
様々な行き違いから生まれた、虚構の疑似恋愛なのだ。
しかし。
好きという気持ちは。人を愛するという気持ちは。
一緒に死んでも構わないとまで傾倒しなければ、成立しないものなのだろうか?
「……好きって、なんなんだろうな」と俺は繰り返す。
「ったく。んなの深く考えなくても分かるだろーが。好きだって思ったら好きなんだよ」
スナガミはいつもの軽い感じで答えた。
好きだと思ったら好き――人を好きになることに関して悩みのなさそうなスナガミらしい解答だ。
「あん? もしかすると悠兎、リリアちゃんのことで悩んでるのか?」
スナガミはにやにやとしながら顔を寄せてきた。
「あ、いや……そんなんじゃ、」
「ごまかさなくてもいーぜ? なんてったって、悠兎の好きな人はあの御伽乃リリアなんだもんな。それに関しては同情してやろう。てめーの恋が実ることは、どう考えたって現実的じゃねーもんな」
スナガミが俺の肩を叩いて、うんうんとうなずきながら同情の視線を向けてきた。
「それでも、てめーは相当に恵まれてる方だぜ? なんてったって画面の向こうの想い人が、同じ学校の、同じクラスの――隣の席にまで近づいてきてくれたんだ。全国のリリアちゃんファンからしてみれば、羨ましいのバーゲンセールだ。そのことはちゃんと肝に銘じておけよ? ……いくらその恋が叶わないからってな」
いや、実際はそんなリリアと〝疑似恋愛〟までしているんだが。
なんてことはもちろん言わなかった。
「あ。わかったぜ。悠兎てめー、そのことで悩んでるな?」
「ん……?」
「悠兎はリリアちゃんのことが好きだ。しかし、その恋が実ることはない。そこでてめーは考えた。だったら夢の存在である御伽乃リリア以外に、手が届く範囲の他のダレカと付き合うことはできないか? しかしあいにく、別に好きと思えるやつはいない。嗚呼、『好き』って一体なんだろな――っつー流れとみた。どうだ、図星だろーが?」
絶妙にぜんぜん違ったが……。
それでも〝好きとはなにか〟という哲学的疑問には変わらない。
俺は特に否定しないでおくことにした。
スナガミはつづける。
「いやー、成長したな。あの唐変木だった悠兎が、ついに恋愛のことで悩むよーになったか。オレはうれしーぜ。ようやくいち思春期男子っぽくなってきたな」
スナガミはばんばんと俺の背中を叩いてきた。
「しゃーねー。友の頼みだ。オレがアドバイスをしてやる。いいか? てめーみたいに、手の届かない存在に恋するような夢見がちなやつは、どりあえずだれでもいいから付き合ってみればいーんだよ」
形から入るのも大事だぜ、とスナガミは付け足した。
「付き合う……現実に、か?」
「他になにがあるんだよ?」スナガミは眉をひそめる。「まさか夢の世界でだけ付き合うってわけにもあるめーし」
俺はぎくりとする。
「あ、いや……。現実として付き合う時には、すくなくとも相手のことを現実的に好きな必要があると思ってな」
スナガミはそこで『はあああ』と呆れたようにため息をついた。
「だったらこっちからも質問だ。――好きってなんだ?」
「え?」
「てめーが最初に訊いてきたんだろーが」スナガミは机に手をついて力説をはじめた。「好きじゃねーと相手と付き合えない? だったら、どれだけ好きだったら付き合っていいんだよ? その基準はあるのか? そんなことを考えてたらキリがなくなるだろーが。べつに〝付き合いたくない〟ってんじゃなければいーんだよ。付き合ってみてはじめて見えてくることだってあるしな」
スナガミは矢継ぎ早に言ったあと、俺に向かって指を突きつけた。
「とにかく。悠兎は色々と考え過ぎだ。いち思春期男子として、もっと気楽に恋愛したほうがいーぜ? 手の届かないリリアちゃんに夢見るのも否定はしねーが……夢ばっかみてないで、すこしくらい地に足のついた現実の恋愛も経験しとかねーと、いざって時に『ぎゃふん』と言わせられるぜ?」
ふむ。
地に足どころか、夢みたいな疑似恋愛ばかり現在進行系で経験している俺には耳が痛い話だ。
いつかぎゃふんと、か――これがフラグにならなければいいがな。