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2-5 カレシを放っておくわけにはいかないでしょ?

「お帰りなさいませー♡ ご主人さまっ」

 

 ふりふりのメイド衣装に身をつつんだ御伽乃(おとぎの)リリアが言った。

 そのまま俺は店内の席へと案内される。運ばれてきた『妖精さんのてづくり♪おむらいちゅ』とやらに、御伽乃さんは『だいすき♡』とケチャップでお絵かきをしてくれたあと、


「美味しくなあれっ♡ 萌え萌えきゅんっ」

 

 と甘ったるい声で魔法をかけてくれた。


「いかがですか? ご主人さま――」

 

 やけに胸の膨らみが強調されたポーズを取ったまま、御伽乃さんが席に座る俺に上半身を寄せてきたところで――

 

『はーい、カットー!』

 

 カン、という乾いた音とともに()()が打ち切られた。

 

 あのあと、ドラマの撮影現場に連行された俺は、御伽乃さんの【従兄弟(いとこ)】として周囲に紹介された。そのまま見学でもする流れかと思ったら、なぜかこうして【エキストラ】として撮影に参加することになったのだった。

 

『おつかれさまー! リリアちゃん、どのシーンもよかったよー! 監督も絶賛!』とADらしきスタッフが言った。

「本当ですか? ありがとうございますっ」

 

 場所は天井の高い巨大なスタジオの中に組まれたメイド喫茶のセット。

 想像以上の量の照明やカメラなどの機材が置かれ、想像以上に多いスタッフの人たちが所狭しと行き来している。俺にとっては完全に〝異世界〟だ。

 

 そんな異世界においても――

 

『リリアさんっ!』『リリアちゃーん!』

 

 御伽乃リリアは()()にいた。

 撮影を終えた彼女は、あっという間に他の共演者の人たちやスタッフ、何やら偉そうなスーツ姿の人たちに囲まれていく。

 

 ――ふむ。こうしてみるとやっぱり、俺なんかとは別世界の住人だな。

 

 御伽乃さんの隣にいるのは俺でも知ってるような超有名俳優だ。爽やかなイケメンキャラとして売っていて、御伽乃さんほどではないものの、テレビに映らない日はない。

 

「……ふう。一般人は控室にでも戻るか」

 

 幸いにも俺は待機場所として個室をもらえた。(エキストラではあったが、ここまでの高待遇をされるのは間違いなく『御伽乃リリアの従兄弟』という体裁(ていさい)をとったおかげだろう)

 

 スタッフの人を呼んでその場を離れようとしたところで、

 

宇高(うたか)くんっ」

 

 御伽乃さんが俺に向かって駆け寄ってきた。

 こちらに来る際に、隣にいたイケメン俳優を無理やり引き剥がすような形になり、周囲の視線は俺へと一斉に注がれた。

 

「お、おい。いいのかよ。他の人たちは」

 

 リリアはすこし不思議そうな顔を浮かべて後ろを振り返ったが、とくだん問題なさそうに言った。「いいのいいの。だって――」

 

 つづいて俺の耳元に顔を寄せて囁く。


「付き合った初日に、()()()を放っておくわけにはいかないでしょ?」

「……っ」

 

 耳に御伽乃さんの吐息がかかった。感触がくすぐったくて、俺は慌てて距離をとる。

 それらの一挙手一投足に突き刺さる周りの視線が痛かったが……。

 

 しかし御伽乃さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべて。

 くるりとその場で回って無邪気にきいてきた。


「ねえ。ボクの〝猫耳メイドさん〟はどう? 似合ってる?」

「ん……ああ。似合ってるよ」

「すごく?」

「すごく」

「――ふうん。でも、ボクのファンって盲目(もうもく)だからなあ。なんでも好きって言っちゃうんだもん」

 

 御伽乃さんはそんなふうに言いつつも、『えへへ』と嬉しそうに頬を緩めながらつづける。

 

「でもね? 本番中はけっこう緊張したんだよ? だって――カレシに見られての演技なんて、ハジメテだったんだもん」

 

 御伽乃さんはそこで実際に頬を恥ずかしそうに赤く染めた。

 

「そ……ソウカ」

 

 俺も若干照れながら言った。

 まったく。カレシの演技(ふり)というのは、どれだけしても慣れないものだ。


「でもね? ボク、監督にも褒められちゃった。今回の監督、こだわりがすごくってけっこうリテイク出すことで有名なんだよ? こんなにスムーズにいくなんて――さっそくキミのおかげかも」

 

『リリアちゃーん! 次のシーンまでにヘアメイクなおすよー!』


「あ……もう行かなきゃ」

 

 御伽乃さんは周囲からのぎらぎらとした視線を引き連れて去っていく。

 その途中で振り返って、彼女はわざとらしく言った。


 

「ありがと。またあとでね? ――ご主人さま♡」


 

     ♡ ♡ ♡


 

 控室に案内された俺は椅子に座って息をついた。

 机の上に置かれたパッケージの剥がされたペットボトルの水をとる。

 異世界にいすぎたせいで喉が乾いていたのだろう、半分くらいを一気に飲み干した。

 

「ふう。……ん?」

 

 机の上に置いたままだったスマホがタイミングよく震えた。


「霞音、か」

 

 確認すると週末のデートのお誘い(本人はいつものごとく、俺の口から()()()()()としていたが)だった。

 

 ――ふむ。週末、か……。

 

 受けてやりたいのはやまやまだったが。

 

「御伽乃さんとの疑似恋愛は、7日だけの期間限定だからな」

 

 すこし迷ったあとに、この数日くらいは御伽乃さんのことを優先することにした。

 予定がある旨を返信すると、すこしあってまた通知がくる。

 

  ――【そう、ですか。わかりました。】

  ――【べつに。寂しいなんて思っていませんよ?】

 

 文面には寂しそうな感じが滲みでていた。

 

  ――【……なんだか、せんぱいから、はじめて断られたような気がします】

 

  ――【 (メッセージは取り消されました) 】

 

「ん……?」

 

 通知には霞音の名前が残っていたが、最後のメッセージは送信が取り消されていた。

 俺は慌ててフォローの文面を送る。

 

  ――【すまん。この7日間、すこし慈善事業(ボランティア)が忙しくてな】


 御伽乃さんとの恋の練習は、ある意味ボランティアのようなものだ。嘘はついていない。

 

  ――【7日だけ我慢してくれ。……俺だって、会えないのは寂しいんだ】

 

 俺はこっちでもカレシのふりをしながら言った。

 しばらくして霞音からは、無言のままうつむいている熊のスタンプが送られてきたあと、

 

  ――【せんぱいがそう言うのでしたら、仕方ありませんね】

 

 と納得したようにあった。

 俺はため息を吐いてひとりごちる。

 

「やっぱり、俺には守らなきゃいけない秘密の関係が多すぎるぞ」

 

 ともかくもこうして。

 恋愛なんて夢のまた夢だと思っていた俺が。


 夢と現実の区別がつかない蝴蝶霞音(こちょうかすね)と。

 非現実(ゆめ)の中の存在である御伽乃(おとぎの)リリアと。


 どこまでも現実的(リアル)な世界で(ニセモノ)の恋愛をすることになって。


 

「まったく。頭がどうにかなっちまいそうだ――」


 

 他ならぬ俺自身の夢と現実の境目も、どんどん曖昧になっていくのだった。


 

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