表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/78

2-3 嫉妬なんてするわけないじゃないですか

「あ……せんぱい」

「よう」

 

 俺が手をあげると、霞音(かすね)は鞄を前に持ったまま()()()()と近寄ってきた。

 放課後。俺たちは一緒に帰宅するため、学校からすこし離れた場所で待ち合わせをしていた。


「おひさしぶりです。お元気にしていましたか?」

 

 久しぶりもなにもな……。

 霞音が『ほとぼりが冷めるまで、しばらくは一緒に帰るのは控えておきましょう』と言ってから、まだ数日も経っていなかった。


「ほとぼりはいいのかよ?」と俺はきく。

「はい、だいじょうぶです。人の噂は49()()といいますし」

「……それ、単位ちがくないか」

 

 しかし霞音は俺の質問には答えることなく、『距離を置く時間は予定より短くはありましたが、せんぱいが〝もう我慢できない〟と夜な夜な泣きじゃくっていましたからね。とくべつです』といつものマウント顔を浮かべてきた。


「あ、ああ……。そういえば、ソウダッタナ」


 俺もいつものふりで返す。


「あ――〝そういえば〟といえばです」

 

 霞音が目をまたたかせて言った。

 

「せんぱい。あの御伽乃(おとぎの)リリアさんと同じクラスなんですよね」

「ん? ……あ、ああ」一瞬どきりとして身体を跳ねさせる。「よく知っていたな」

「当然です。あれだけの騒ぎになっているのですから」

 

 霞音はすこしむっとしてから、俺の方を()()()()と気にする素振りをしてくる。


「それで……リリアさんとは、いかがなのでしょう?」

 

 ふむ。

 どうやら霞音は、同じクラスになった御伽乃さんと俺の〝関係性〟が気になるらしい。


「……席が、隣になった」

「と、となり……!」と霞音がこくりと喉を鳴らした。「と、隣の席で……あんなことや、こんなことを……?」


 どんな妄想だよ、と思いながらも俺は返す。

 

「あんなこともこんなこともない。隣になって、ただそれだけだ」

「本当、ですか……?」


 じい、と霞音が目を細めてきた。


「ああ、ほかには、……とくに、なにもない、……さ」

 

 本当は(練習として)()()()()ことになったんだがな、などという夢みたいな現実は。

 

 御伽乃さんと〝何もなかったかどうか〟を不安そうに尋ねてくる霞音には、とてもじゃないが打ち明けることはできなかった。


「むう。なんだか歯切れが悪いですね」と霞音が頬を膨らませる。

「そ、そんなことはない」と俺は歯切れ悪く答えた。

「なにかやましいことでもあるのでしょうか」

「あ。いや……」


 俺はたじろぎながら、どうにか言ってやる。


「……前に、霞音の前で御伽乃さんの〝ポスター〟を見て、機嫌を(そこ)ねさせたことがあったからな。あまり俺の口から彼女の名前を出さないほうが良いと思ったんだ」

 

 俺はデートの時にあった〝街中水着ポスター事件〟のことを引き合いに出して誤魔化してみた。

 ま、あれも実際はたまたまポスターの前で考え事をしていただけで、霞音の言うように〝鼻の下を伸ばして〟なんかいなかったんだがな。


「な……!」


 しかし霞音は納得いかないように唇を結んだ。


「それは私が、せんぱいに……()()をした、と言いたいのでしょうか……?」

「ん? あ、いや、」

「そんなことあるわけないじゃないですか。せんぱいが私に嫉妬をされるのはいつものことですが……私から、せんぱいに嫉妬だなんて……」

 

 霞音はぷるぷると首を振りつつも、その頬には図星をつかれたような赤みがさしていた。


「うう……」


 彼女は自分のバックで顔を隠して。

 高ぶった気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしてから、俺に向き直った。


「べつに。せんぱいと御伽乃さんに〝クラスメイト以上のこと〟がないのでしたら良いのです」

「あ、ああ」


 俺は疑似恋愛(トップシークレット)を隠しながらうなずいた。

 

 霞音はそこで一息ついて、

 

「――ですが。リリアさんのこの前の映画での演技はとても素晴らしかったです。きっと、私には想像もつかない〝素敵な恋愛〟をたくさん経験されているのでしょうね」

「あー……結構あいつは()()()だと思うぞ?」

「むう。どうしてせんぱいに分かるのです?」

「なんとなく、だ」

 

 霞音はため息をついてから言った。


「はあ。なんだか心配して損をしました」

 

 おいおい。〝心配をした〟ってことは、本当は俺と御伽乃さんの関係に〝嫉妬をしていた〟ということに繋がるが大丈夫か……?

 

 しかし態度では強がっている霞音は、そのことに気づかないままつづける。


「せんぱいがリリアさんと()()()があるだなんて、そんなことはありえません。たまたま同じクラスで、たまたま席が隣になったからといって、勘違いをしないでくださいね?」

「ああ、わかってるよ」

「むう……せんぱいとお付き合いをしてあげられるのは、私くらいのものです。他にこのような心の広い人間はいませんよ? せんぱいはこれまで以上に感謝してくださいね――」

 

 などと。

 そのあとも霞音は頬を膨らませながらマウントを連ねてきたので。


「…………」

 

 俺はふと思い立って、彼女の片方の手を――

 

 握ってやった。


「っ! な、なにをされるのですか……!」

 

 霞音が驚いたように身体を跳ねさせた。


「ん? 久々に一緒に帰るんだ。ほとぼりはもう冷めたんだろ?」

「で、ですが……とつぜん、このような……」

「あー……やっぱり離した方がよかったか?」と俺はいつかみたいに皮肉をこめて言った。

「え?」と霞音はやっぱり寂しそうな顔を浮かべたあと、「は、離しませんっ」

 

 きゅう、と俺の手を強く握りしめてくるのだった。


「せ、せんぱいは、今は〝私のカレシさん〟なのですから。む、むしろ、もっとリードをしてもらわないと、困ります」


 と霞音は強がるように言ったが。

 その声はどこか弱々しくも聞こえた。

 

「おう、そうだな。善処(ぜんしょ)するよ。霞音のカレシとして」

 

 やがてどちらからともなく歩きだす。その歩幅は今や自然と揃っている。

 隣に並ぶ霞音は頬を高揚させ、口元を抑え切れないように緩ませている。

 手のひらから伝わる彼女のぬくもりは、俺の心臓の音に知らない種類の色を加える。

 

 それと同時に。

 

 今の俺の胸の中には――僅かな()()がかかっていることに気づく。


 ――ふむ。御伽乃さんの夢のためと疑似恋愛を引き受けたはいいものの。


(やっぱり〝ふたりと同時〟というのはよくないことな気がするな)

 

 俺は胸中でそんなことを考えて、霞音に聞こえないようぽつりとひとりごちた。


 

「やれやれ。絵空さん(あのひと)に相談してみるか」



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ