2-1 ボクのことを大好きなキミに、お願いしたいことがあるんだ
御伽乃リリア。
今や世界中を席巻する若手女優だ。
透明感あふれる笑顔の中に、底知れないミステリアスな空気をもまとっている。
芸能一家に生まれたエリートの血筋で【1000万年にひとりの逸材】と騒がれる現世のポップアイコン。
そんな夢の世界の象徴ともいえるべき存在が。
絶対に交わることはないと思われた偶像が。
――今、俺の目の前に現実として現れたのだった。
「人生は思ったよりも短くて」
御伽乃リリアが黒板の前で語りはじめた。
『『……っ!』』
それまでざわついていた周囲のやつらが一瞬で息を呑み、静まりかえる。
「だからその間に、いろいろな経験をしてみたくて――すこし無理を言って、通信制の高校からここに転入してきたの」
実は昔、この近くに住んでたこともあったんだよ? と御伽乃リリアは補足してつづける。
「みんなとの学校生活で得られた経験を演技に活かして。いつかお芝居を通して、みんなにもたくさんの人生を届けたいなって思うから――これからよろしくね。同級生として」
同級生として、と彼女は言うが。
これまで銀幕の向こう側にいた圧倒的に非現実的な存在から言われても、さっぱり実感が沸かなかった。
「――以上、かな」
御伽乃リリアは百点満点を超える笑顔(俺と霞音が撮ったプリクラとは大違いだ)を見せて自己紹介を締めくくり、緊張で震えていた教師にきいた。
「あの、先生。ボクの席は?」
御伽乃リリアはボクっ娘だった。
教師は遠くに飛ばされていた意識を『はっ』と取り戻し、慌てて最後列の俺の隣の席を指さした。
「うん? ……俺の、隣?」
彼女は短くお礼を言ってから、指し示された空席に向かって教室の真ん中を歩きはじめる。
この世の美のすべてを集約したような長い髪と一緒に、胸元では彼女の存在と同じく規格外な膨らみが揺れている。
そんな様子に――まわりの奴らは(特に男子は)一瞬で釘付けになった。
『『…………!』』
霞音が〝ブリザード〟を、絵空さんが〝きらきらとした光〟を発しているとしたら、御伽乃リリアはその軌跡に〝花びら〟が舞うような少女だった。
それもふつうの舞い方じゃない。彼女以外のすべてが滅びてしまった極限的な世界で、音もなくゆっくりと花が舞い散るような。
そんな劇的な雰囲気をもつ少女が――
俺の隣の席に、座った。
「よろしく。――えっと」
きょとん、と何かのドラマのワンシーンのように彼女は首をかしげる。
「あ……宇高だ」
「宇高くん」
そこで彼女はなぜか、鼻を二三度ひくつかせた。血統書つきの仔犬みたいに。
「ん……どうした?」
なにか妙な匂いでも感じ取ったのだろうか? ちゃんと風呂には毎日入っているんだが……。などと妙な心配をしてみたが。
彼女は気にせずしばらく俺の瞳を見つめたあと。
これまたスポーツ飲料の広告モデルのように爽やかに笑んで言った。
「――ううん、なんでもないよ?」
会話はそこで終わったが。
初っ端から数言とはいえ『御伽乃リリアとコミュニケーションを取った(あと隣の席になった)』という事実は周囲からの激しい嫉妬を買い、しばらくは突き刺さる視線が痛かった。
♡ ♡ ♡
「なあ、スナガミ。【例のコト】はまわりには黙っていてくれないか?」
休み時間。俺はスナガミにそう懇願した。
例のコトというのは他でもない。宇高悠兎が御伽乃リリアのことを【好き】だという……スナガミの詰問から逃れるためにでっちあげた虚の恋愛情報についてだった。
――まったく。話が違いすぎるぜ。
俺が御伽乃リリアの名前を借用したのは、あくまで彼女とは『現実では決して関わり合うことはないだろう』と踏んだからだ。それなのに現実として彼女が身近に現れたとなれば――そして『俺が彼女のことが好き』なんていう情報が学内に拡散されれば――色々とややこしいことに発展しそうだった。
「頼む。内緒にしておいてくれ……」
「ったく、何を心配してんだ。んなもん当然だろ? オレが人の惚れた腫れたの情報を簡単に流すわけねーだろーが」
と恋話拡散機は言った。
つづけて自らの胸を自信満々に叩く。
「なんやかんやで悠兎とも長い仲だ。オレのことは信用してくれるだろ?」
「……ああ。オタクの使う『一生』という修飾語くらいにはな」
俺はため息を吐きながら言った。
やれやれ。正直、不安でしかなかったが……。
ここまで釘を刺したんだ。
さすがのスナガミも黙っていてくれることだろう。
♡ ♡ ♡
「ねえ。宇高くん。キミ――ボクのことが大好きなんでしょ?」
呼び出された人気のない旧校舎裏の桜の木の下で。
俺は御伽乃リリアからそんなことを問われていた。
「な、な……!?」
ふざけんな、と俺は思った。
スナガミの野郎、一瞬のうちにあろうことか本人にまで広めやがったな!
顔を引きつらせ唖然としている俺に、彼女はつづける。
「あのね? ボクのことを大好きなキミに〝お願いしたいこと〟があるんだ」
「……お願い?」
御伽乃リリアはこくりとうなずいてから、髪を耳にかきあげて。
百点以上に魅力的な微笑みで。
言った。
「ね。キミ――ボクと付き合わない?」
「……は?」
は? と俺は言ってから、自分のほっぺたをつねってみたが。
「痛っ……!」
誰もが知る芸能界のトップ・スターから告白されるという夢みたいな出来事は。
やっぱりどうしようもなく現実みたいだった。
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