1-22 現実からかけ離れた存在ならちょうどいい
「おい、悠兎! この前の釈明をしやがれ」
学校に着くと下駄箱のところにスナガミが待ち受けていた。
俺に詰め寄ってきて、そのまま校舎の陰に連行される。
「なんで悠兎が、あの霞音姫の手を、……手を……くうっ」
スナガミは拳を震わせてつづける。
「街中で霞音姫の手を繋いでたんだよ……!?」
俺はため息を吐きながら、なるべく動揺が伝わらないように答える。
「釈明もなにもないさ。言っただろう? 〝手の秘孔〟の参考書を買った帰りに、さっそく試していたんだ」
「……ばかなこと言ってんじゃねー!」とスナガミが憤る。
自分でもふざけた言い訳だと思ったが。
「しかし事実なんだ。それ以上の説明はできない」
「な……ガチのマジなのかよ……?」
「ああ。がちのまじだ」
などとスナガミの目をまっすぐに見ながら繰り返していたら、
「はーん、そうなのか……?」
とうとうスナガミは納得しかけたので、こいつは思ったよりもちょろそうだった。
「つーことは、べつに悠兎は霞音姫と付き合ってはねーのかよ?」
せっかくうまく誤魔化せそうなのだ。
ここで真実を告げるわけにはいかない。
「……ああ。付き合っていない」
俺は霞音とのことで慣れてきた演技で言った。
「何度も言わせるな。霞音とはただの幼なじみだ」
「片思いでもないのか……?」
「ん?」
「悠兎は、本当は霞音姫のことが好きなんじゃねーのか」
ぐい、とスナガミが顔を近づけてきた。
「……ちがう」
俺は首を振る。
「じゃー悠兎は、ダレのことが好きなんだよ?」
スナガミが負けじと詰め寄ってくる。
「前にも言っただろう。俺は今、好きな人は――いない」
「いーや! 今日という今日は誤魔化されねーぜ。健全たるいち思春期男子のくせに、好きな人がいない? んなわけがあるかよ!」
スナガミは大きく身振り手振りをしたあと、びしっと俺を指さしてつづける。
「よーし分かった。もしてめーが次にそういう態度を取ろうもんなら――〝霞音姫との手つなぎ〟を言いふらしてやる」
「な」
こいつ。
ついに強硬手段に出てきやがった。
「ぐ……卑怯だぞ」
「なんとでも言いやがれ! 俺は本気だからな」
スナガミの眼は血走っている。
もし俺と霞音の〝手繋ぎ〟のことが周りに知られてしまったら、その虚実に関わらず面倒な事態は避けられないだろう。(特に過激派の連中の耳に入れば、俺の命の保証すら怪しい)
とはいえ。
好きな人は『いない』とまた答えたところで、今のスナガミはおさまりそうにもなかった。
「おい、どーなんだよ」
ふむ。どうしたものか。
いっそのこと人身御供的に、だれか適当な女子を〝俺の好きな人〟としてでっちあげて答えるか?
しかし同級生など中途半端に知り合いの名前を答えても、それはそれで後の対応が面倒なことになりそうだ。
いっそのこと、スナガミから呆れられるような――現実世界からはかけ離れた存在でも答えておいた方が、その後に余計な詮索をされずに済みそうだが――
そんなことと考えていると、近くを通った女生徒の会話が聞こえた。
『ねえみてみて。最新作の動画もめちゃよくない?』『やばかわ!』『わたしたちも振り付け真似しようよー』
黄色い声をあげる彼女たちのスマホの画面には、短い音楽に合わせて可愛らしくダンスを踊る、1000万年にひとりのJK女優――御伽乃リリアの姿が映っていた。
ふむ。現実からかけ離れた存在、か。
どうやら今のこの世界において、彼女ほどその称号にふさわしいやつはいなさそうだ。
俺は若干の罪悪感を感じながらも、今後の学生生活の平穏を得るために答えた。
「……お前には負けたよ、スナガミ」
「お、よーやく答える気になったか?」
俺はうなずいて、
「誰かに話すのは初めてになるが、俺が実際のところ好きなのは――御伽乃リリアだ」
「……は?」とスナガミが目を丸めた。「あの御伽乃リリアか?」
「そうだ。俺は何を隠そう、御伽乃リリアの大ファンだ」
もちろん大嘘だ。
俺自身は彼女に特に興味はなかったが……その名前を〝好きな人〟として挙げれば、きっとスナガミも引いてくれるだろう。
引き続き俺は演技をつづける。
「いや、狂信者という称号ですらもの足りない。今の俺はそれ以上に、彼女に〝恋〟をしてしまっている」
なるべく声と瞳に狂気を滲ませるようにしてやった。
今後はこのことは『触れないようにしよう』と思われた方が楽だからな。
「しかし現実は非情だ。冴えない一般人である俺の想いが、芸能界のトップに君臨する彼女に届くことはない。月とすっぽんどころか――俺と彼女は〝別の次元〟に存在してしまっている。最初から決して実らない恋なんだ。そのことをどうしようもなく自覚しているからこそ、お前には今まで『好きな人はいない』と誤魔化していたんだ」
「……悠兎」
スナガミが哀れんだような瞳を向けてきた。
よし。無事に芸能人に本気で恋する残念なヤツに思われたようだ。
これにてミッションコンプリート。スナガミからは呆れられたかもしれないが、この際仕方ないだろう。帰ったらちょっとだけ泣いて枕を濡らそう。
「というわけだ。これで満足か?」
詰問から逃れて教室に向かおうとしたところで。
がし、っと。スナガミは俺の肩を掴んできた。
「そうか……悠兎、よかったな」
「ん?」
なぜかスナガミはぐすぐすと鼻を鳴らして、目尻を拭いはじめる。
「なんで泣いてるんだよ。ゴミでも入ったのか?」
「これが泣かずにいられるかっつーの。オレの親愛なる友の念願が叶ったんだぞ? 感動で涙が止まらねーや」
「……さっきから、何を言ってるんだ」
「あ? まさかとは思うが知らねーのか?」
スナガミは目をぱちくりと瞬かせながら。
当然のことのように――言った。
「今度うちの学校に転校してくるんじゃねーか。その御伽乃リリアが」
「……は?」
♡ ♡ ♡
『というわけで、御伽乃さんだ。み、みんな、仲良くするように』
ざわつく空気の中で、教師ですらひどく緊張した(あるいは混乱めいた)面持ちで言った。
教室の外にも、話題の転校生の存在を確かめようと人だかりができている。まるで朝の通勤ラッシュの満員電車だ。
それら全員の視線を一身に集めながら。
教室の前に立った世界一の偶像が――現実に言葉を発した。
「御伽乃リリアです――よろしく♡」
「…………っ」
こうしてこの日、俺の現実に。
夢とも間違えるほどの少女が落ちてきた。
これにて第一章完結です!
次回より霞音ちゃんと悠兎くんの夢みたいな恋に一波乱が……!?
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