1-21 いつかは終わらなくちゃいけない恋なんだ
――【あのようなことがあったあとです。念には念を入れて、しばらくは一緒に登下校するのは避けておきましょう】
霞音からそんなメッセージがあった。
ハジメテの〝お出かけデート〟の最終盤で、俺と霞音が手をつないでいるところを、あろうことか『恋話拡散器』の異名をもつ級友・スナガミに目撃されてしまった。
霞音のメッセージはつづく。
――【せんぱいは『一緒に登校できないなんていやだ』と泣きながら私の足にすがりついてきましたが……】
――【これはれっきとした作戦なのです。ほとぼりが冷めるまでは我慢をされてください】
ふむ。まったく。
霞音の足に泣きながらすがりつくなんて、一歩間違えなくても変態じゃないか。
夢の中の俺にそうツッコミを入れつつも、霞音の要求を受け入れることにした。
――【分かった。一緒の登下校は泣く泣く我慢しよう】
というわけで。
俺は久しぶりに霞音と待ち合わせることなく、ひとりで通学路を歩いていた。
歩幅を合わせる相手は今日はいない。
自分のペースで歩くというのは気楽ではあったが……。
なんだか同時に、胸の奥が曇るような心地にもなった。
「ん……なんだ、このもやもやは」
霞音いわく。
(夢の中の)俺は、しばらく一緒に登下校できないことを泣きながら悲しんだということだったが……。
もしかすると(現実の)俺も、そのことを『寂しい』などと感じているのではないだろうか。
「っ……」
俺は慌てて首を振る。
確かに、霞音の方は俺のことをいささか好いてくれているのかもしれないが。
俺にとってはこの関係はあくまで〝疑似恋愛〟で。
霞音のビョーキが治るまでの――一種の治療のようなものだ。
なのに……。
そんな夢の中のカレシの演技に、現実の感情がもっていかれてどうする?
「いずれにせよ、いつかは終わらなくちゃいけない恋なんだ」
いつか覚めてしまう疑似の恋愛なんて、それは〝夢〟とひとつも変わりはない。
現実と混同するのは本末転倒だ。そんなことは、どうしようもないくらいに分かっているのに。
「……霞音」
俺は今、昨日まで隣を歩いていた霞音の幻影を見てしまっている。
幻の中で彼女の手を取る。触れる。きゅうと握る。
霞音の温もりが掌を通じて、俺の全身に流れ込んでくる。心臓を跳ねさせる。
冴えない俺とは無縁に思えた【恋愛】が、夢のような形で現実に近づいている。
そのたびに俺の心臓は、今まで聞いたことのない種類の音をたてる。
霞音のことを想うと――
「ん……まさか」
俺はぴたりと歩みを止めて独り言ちる。
「俺……霞音のことが、好き、なのか……? 現実的に」
絵空さんいわく。
恋をした時は〝心臓の音〟で分かる、とのことだったが。
霞音のことを想って響く今の俺の心臓の音は、一体どのような意味を示すのだろうか?
恋愛初心者の俺には、まだはっきりとは分からなかったが。
すくなくとも現実として、俺の心臓の音色は以前とは変わりつつある。
すこしずつ。霞かに。
もしそうだとすれば。
俺はこれから、霞音と一緒にどんな関係性を営んでいけばいいのだろう――?
それもやっぱり。
今の俺にはまだ、結論を出すことはできなかった。
「いや……今はそのことよりも」
俺は首を振って思い直す。
ひとまずは現実に差し迫った問題の解決が必要だ。
俺はスナガミに霞音との〝手繋ぎデート〟の言い訳をするべく、校門をくぐった。




