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1-20 都合よくだれかに見られるわけないじゃないですか。――あ。

「さて、これからどうするか」

 

 ゲームセンターを出て俺はつぶやいた。

 太陽の陽ざしはすこし弱まり、穏やかな光を俺たちに届けていた。もうすぐ夕暮れだ。


「せっかくだ。どこかで夕飯でも食べていくか」

「は、はい。せんぱいが言うのでしたら」と霞音(かすね)も同意した。

 

 目ぼしいお店を探して、俺たちは駅前の商店街の方へと向かうことにした。

 最初の頃はぎこちなかったふたり並んでの足取りも、今では順調(スムーズ)に感じられる。


「……あ、あの」

「ん、どうした」

 

 霞音が〝ちらちら〟と自らの手を見ながら言った。


「なんだか、おててが、さみしいですね」


 ふたたび〝ちらちら〟と、今度は俺の方に視線をくれる。

 

「あー……そうだな」


 俺はその様子から察して言ってやる。


「つなぐ、か?」

「! ――はいっ」


 霞音はその言葉を待ち望んでいたかのように頭上の髪をぴこんと跳ねさせて。

 今度は彼女のほうから俺の手をきゅうと握ってきた。

 

「……ん」


 しかし不思議なものだ。

 ほんの数日前までは〝ただの幼馴染〟だったあの霞音と手を繋いでいる。

 

 そのことを意識すると、俺の心臓はへんなふうに拍動をはじめる。

 霞音の掌は柔らかくて、あたたかくて、しっとりとしていて――そのうち脳がじんと痺れるようになって。


(この感触に慣れることは、今後もなさそうだな――)

 

 そんなこんなで商店街の入り口についた。

 メインストリートはたくさんの人でごった返している。


「あ……霞音。手を繋いだはいいんだが、ここでは離したほうがいいかもな」


 霞音が眉をひそめて言う。


「どうしてですか」

「これだけ人がいるんだ。知り合いにでも見つかったらまずいだろ」

 

 霞音は『ふふん』と小鼻を膨らませて言う。


「せんぱいは心配性ですね。そっくりそのままお返ししましょう。これだけの人がいるのですよ?」

 

 逆に霞音は握る手に力をこめてきた。

 

「そう都合よく知り合いのだれかになんて、見つかるわけがないじゃないですか。……あ」

 

 あ。

 と――霞音の動きが止まった。


「ん、どうした? ……あ」

 

 あ。

 と――俺の動きも止まった。

 

 視線の先、俺たちの行く手を(はば)むような形で。

 俺の級友(クラスメイト)――スナガミが立っていた。

 

「「っ!」」

 

 スナガミは信じられないように口を大きく開けて、何度もまばたきをしながら、どすん。

 手にしていた買い物袋(中にはなぜか大量の林檎が入っている)を地面に落とした。


「夢――だよな」

 

 とスナガミが言った。


「ああ、夢だ」


 と俺はなんとか答えた。


「そ、そーだよな。悠兎(ゆうと)が、あの霞音姫と、街中で……」


 スナガミはブツブツ言いながら自らの頬を思い切りつねった。


「いでっっっっ!? て、てめー! やっぱり現実じゃねーか!」

 

 俺は(いきどお)るスナガミから後ずさりで距離を取りつつ、隣の霞音にささやく。


「……おい、霞音。()()()()

「え? ――あっ」

 

 どうしていいか分からず呆然としていた霞音の手を引いて、俺はその場から去っていく。

 振り向きざまにスナガミをみると、『待ちやがれ! のわっ!?』と足元に転がった林檎で滑っていた。


『てめー! ()()()()とは卑怯だぞ!』


 卑怯もなにも……その林檎はお前自身が落としたんだろ。

 俺は溜息を吐きつつも、スナガミがてんやわんやしている隙に人混みに紛れ、なるべく遠くへと駆けていく。

 

「み……みつかってしまいました……っ」

 

 繋いだ手の先で、霞音は目をぐるぐると回している。


「どうしましょう。〝噂〟がたってしまうでしょうか……?」

 

 不安げな霞音に向かって、俺は言ってやる。

 

「だいじょうぶだ。スナガミ相手ならきっと()()()()()

「ほ、ほんとうですかっ」


 霞音が安堵したように目の奥に光をともした。


「ああ。そうだな……ふたりで『参考書を買いに来た』ということにでもしておこう」

 

 霞音はこくりとうなずいた。


「は、はい。せんぱいにお任せします。頼りにしています……!」

「ああ、任せとけ」と俺は自信に満ちたふうに言った。


 後ろを振り返ってもスナガミが追ってくる様子はなかった。

 代わりにしばらくしてから、ぶるぶると俺のスマホが震えた。


 

     ♡ ♡ ♡


 

  ――【おい、悠兎! さっきは逃げやがって】

  ――【なんでてめーが、あの霞音姫と一緒にいたんだよ!】

 

 説明しやがれ、とスナガミからのメッセージはつづく。


  ――【ただの幼馴染のよしみでな。参考書を買いにきたんだ】


 と俺は満を持して答えた。

 

  ――【納得できるかよ! 手繋いでるの見たぞ!!!!】


 ごもっともだった。

 ただの幼馴染であれば、きっと手を繋いで買い物などはしない。


  ――【おい、どーなってんだ!】

 

 まずい。スナガミ相手ならこの言い訳でまかり通ると思ったが、見積もりが甘かった。


(く……仕方ないな)

 

 俺は一瞬迷ってから、


  ――【……〝手の秘孔(ひこう)〟についての参考書でな。早速実践していたんだ】


 とだけ返して、あとは通知をオフにしてやった。


 

 ふう。

 どうにかうまく誤魔化せそうだな。

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