1-18 どうしてもと言うのであれば繋いであげてもいいですよ?
デートも事前にシミュレーションしてきたひととおりの予定は終わった。
映画も見たし、喫茶店でプリンも食べた。街を散策しながら買い物もした。
これが友達どうしであれば目的も達成して解散としてもよかったが、あいにく今の俺たちは〝カレシカノジョ〟の関係(しかも、恋愛初心者の注釈付き)だ。
雰囲気的にどちらからもデートの終わりを言い出せず、俺たちは目的もなくぶらぶらと街を歩いていた。
(……そういえば、これはデートなんだよな)
ふとさっき見た映画のことを思い出した。恋愛映画ということもあり、当然デートのシーンもあったが――
(ううむ……映画の中にあった〝カレシらしいこと〟は、あまりしてあげられてない気がするな)
そんな不安がふと頭によぎった。
「…………」
横を並んで歩く霞音は視線を足元に落とし、口数少なめにしている。
白く華奢な手が身体の横で、どこか物足りなさそうに揺れていた。
ふむ。
俺にとってはこの恋は〝疑似〟でも、霞音にとってはどこまでも〝現実〟だ。
今日ははじめてのデートで。
俺は霞音のことが大好きなカレシだ。
――だったら、もうすこしくらい。
俺は深呼吸をしてから。
隣を歩く霞音の片方の手を――
きゅう、と。
握ってやった。
「……っ!?」
霞音が驚いたように身体を跳ねさせた。
「す……すまん。驚かせたか?」
「い、いえっ」霞音はふるふると首を振った。「手を繋がれるなんて、はじめてで……それに、今までこういうことをされるときは、せんぱいは事前に私に許可を乞われていましたのに――何も、言わずでしたので」
霞音は意外そうにつぶやいた。
「……そうだよな。わるい、すぐに離す」
勢いで手を繋いでしまったが、いささか早まったことをしたと今では思う。
反省して握った手を離そうとすると――
「だ、だめっ――です」
霞音は逆に、俺の手を。
ぎゅっと握りしめてきたのだった。
「ん? 離しちゃだめなのか……?」
俺の疑問に霞音は『はっ』として目を広げたあと、頬の赤を強めて言った。
「い、いえ。せんぱいが、どうしてもと言うのであれば――つないであげても、いいですよ……?」
きゅう。ふたたび握る手に力がこもるのが分かった。
――やれやれ。俺がどうしても、か。
さすがに今回ばかりはその理由付けは無理があるような気がしたが……。(なにしろ、手が離れないよう握りしめてきてるのはお前の方だぞ?)
どこまでも素直になれない霞音のために。
俺はまたカレシとして言ってやった。
「そうか。ならしばらく、このままでいてもいいか? ……せっかくだからな」
「はい。……せっかくですので」
繋いだ掌から霞音の温もりが伝わってくる。
しっとりと湿っている感触があるが……それがどちらの手汗なのかは分からない。
どくん。どくん。血液の脈動を感じる。熱を感じる。その熱は当然、俺の全身へと一瞬で伝播していく。
「――せんぱい?」
「ん……霞音。すまん。今は隣を、振り向かないでくれるか……?」
俺はもう片方の腕で自分の顔を隠しながら言ってやった。
きっと今の俺の顔は、ゆでだこのように赤く染まっていて、とてもじゃないが見られたものじゃなさそうだった。
しかし。
「わ、……私も、です」
「え?」
「せんぱいは、今からしばらく、私の方を見ることは禁止です――」
などと。
手の先で繋がる霞音の方も、そんなことを言ってきたのだった。
「ん……わかった」
こうして俺たちふたりは、その中心で手だけを繋ぎながら。
不自然なくらいに真っ赤になったお互いの顔を。
不自然なくらいに背けあったまま。
ぎこちなく歩きはじめた。
「「…………」」
ああ。カレシカノジョのデートというものは。
映画の中で見てるだけじゃ分からなかったことが、たくさんあるんだな。
なんてことを俺は思った。
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