1-17 もしせんぱいになにかあったら、私――
「霞音――」
いなくなった霞音を追いかけて俺は街中を歩いていた。
週末の繁華街ということもあり、あたりはたくさんの人たちでごったがえしている。俺はそもそもインドア派で、こういった人混みには慣れていない。通りすがる人と肩がぶつかりかけたり(あるいは実際にぶつかったり)で、なかなか足早には進むことができなかった。
「お、やっと見つけた――ん?」
建物の影になっているところで霞音を見つけた。
が。……いささか面倒事になりそうな気配も同時にする。
霞音は複数人の【男たち】に囲まれていた。
『きみ、名前は? 高校生?』
『やば! めちゃくちゃ可愛いじゃん!』
『つれないなあ、無視しないでよ』
壁際に霞音を押し込むような形で男が――3人。
いわゆるナンパというやつだろう。
「あ、あの……近くに寄らないでくれますか」
霞音は怯えたようにしながらも、『きっ』と3人を睨みつけて言った。
しかし男たちは一向にかまわず、霞音に対して話しかけてくる。
『このあと空いてる? ご飯でもいこうよ』
『ほら、こっち向いて。もっと笑顔でさー』
ぱしゃり。男のひとりがスマホで霞音のことを撮った。
「……っ! や、やめて、ください……」
霞音は顔を覆うが、シャッターの音はやまない。
『いーじゃん。そんなに可愛いんだからさ、写真の1枚や2枚』
俺はたまらず、撮影をつづけていた男の腕を握った。
『……んあ?』
「ったく。嫌がってるのが分からないのか」
俺はため息を吐きながら言う。
『っ……! は、離せよ!』男が俺の腕を振り払った。
『なんだ、てめえは!』
「せ、せんぱい」
霞音が安堵と不安が入り混じった声を出す。
『先輩……? え、まさかだけどキミの知り合い?』
男のひとりが、どこか嘲笑を含んだ声色で言って俺と霞音の顔を見比べた。
悪かったな。
たしかに街を歩くだけで誰もの注目を集める美少女と、俺なんかの冴えない男じゃ、釣り合いが取れてないだろうよ。
「……写真」と俺は強調するように言ってやる。
『あ?』
「今すぐ消せ。さっき撮ってただろ」
男たちは顔を見合わせてから、にやにやと笑いはじめた。
『はっ。写真? 知らねえなあ』
『証拠はあるのかよ?』
「スマホを見せてくれればわかる」と
『あ? ひでーな。疑うってのか』
『言いがかりだっつうの』
「いいから見せろ」
ぐい、っと俺が強気な態度で前に出ると、男たちは眉をひそめ怪訝な表情をした。
『おいおい、兄ちゃん。スマホを見せるのはいいけどよ……これでもしなにもなかったら、どう責任を取ってくれるつもりだよ?』
『人を盗撮魔扱いしておいて、タダで済むわけないよな』
「構わない」
俺は間髪おかずに言ってやる。
『……あ?』
「ただで済まなくて良いと言っている。その時は俺を殴るなりなんなり好きにしろ」
『っ。ち、調子に乗るなよ。あとから後悔するのはてめえの方だ。こちとら格闘技の経験もあんだぞ』
「だからどうした」
俺は特に動じることなく、男のスマホに手を伸ばす。
すると3人は、何やら気味の悪いものでも見たかのように後ずさった。
『『……っ!』』
「ん? どうしたんだ」
俺は男たちにまっすぐ視線を向けたまま言う。
やがて3人は顔を見合わせて、ごくりと唾を飲み込んだあと。
大きく顔を歪ませて舌打ちをした。
『……ちっ。ばーか! 消せばいいんだろ、消せば!』
撮影をしていたやつがスマホを操作して、霞音の写真を消す素振りをみせた。
「ああ、それでいい。完全に消去するんだぞ」
『くっ。分かったよ』
俺はデータが残っていないことを確かめると、『もうお前らに用はない』というように3人を帰路へと促した。
男たちは悪態をついて、つまらなさそうにその場を去っていく。
『あー、先輩だか後輩だか知らねえが、』
ひとりが途中で振り返って、霞音に向かって言った。
『すこしは漢気のあるツレがいてよかったな』
そんな捨て台詞を吐いて、3人は雑踏の中へと消えていった。
「……ふう。なんだったんだ、あいつらは」と俺は嘆息する。
「せ、せんぱい――」
霞音が心配そうに俺に近寄ってきた。
「ありがとう、ございました」
ぎゅう、と胸の前で片方の手を握って彼女は言う。
「ですが、……どうして、あのように強い態度を崩されなかったのですか?」
「ん? ああ、いや。お前が写真を撮られるのは苦手だと言っていたからな。多少強引にでも消してもらわないと困るだろ」
「私のために、ですか……?」
霞音はふるふると首を振ってつづける。
「とても、心配でした。ただで済まなくてもいいだなんて――もしせんぱいになにかあったら、私、私――」
不安そうに唇を震わせる霞音に向かって。俺は。
さっきの映画で見た仕草を真似て。
彼女の頭に――ぽんと手を乗せてやった。
ぴくん、霞音の身体が跳ねる。
「心配するな。ほら、実際にはなにもなかっただろう? 俺はいたって健康だ。傷一つない」
「……せん、ぱい」
霞音はこくりと息を飲み込んでから、囁くような声で言った。
「ありがとうございます。……そういう、ところですよ。昔から、ちゃんと私のことを守ってくださって」
「……ん? 昔から、なんだ?」
「な、なんでもありません」
霞音は慌てたように『こほん』と咳をひとつしてつづける。
「危機になった彼女を、彼氏さんが助けるのは当然です。ですが――ここまでの減点分はすべてちゃらになりました。今日のエスコートは〝合格〟ということにいたしましょう」
俺は皮肉に口角をあげて言う。
「そうか。お前のお眼鏡にかなったなら、それでいい」
「…………」
しかし霞音は、最後にすこし不服そうな顔を浮かべてきた。
「あ、あの……。今はせんぱいは私の彼氏さんなのですから……【お前】という呼び方よりも、名前で呼んでほしい、です」
「あ……すまん。いつもの癖で」
そういえばあまり霞音の目の前で名前を呼ぶことは最近少なくなったかもしれない。
「これからはなるべく、名前で呼ぶことにするよ――霞音。これでいいか?」
「っ」霞音は一瞬目を広げたあと、満足げに頬を緩ませた。「はい。きちんと私の名前です」
空を見ると、雲ひとつ見当たらない晴れやかな天気だった。
ただただ青い空がビルの向こう側に延々と広がっている。
「それでは、デートのつづきをいたしましょう、せんぱい」
そんな霞音の言葉を聞いて、俺もふと思いついて言ってやった。
「あー。霞音だって――俺のこと、名前で呼んでくれてもいいんだぞ? 昔みたいに」
「え」霞音はすこし驚いたようにして、「わ、私は良いのです。せんぱいは……せんぱいですから」
「ふむ、そうか」
「はい。……ですが。ときどきなら、呼んであげなくもないですよ――ゆうと、さん」
「っ!」
霞音から名前を呼ばれたのはいつぶりだろうか。
いずれにせよ、それは恋愛初心者の俺にはやっぱり刺激が強くて。
――そうだな。ときどきで、充分かもしれない。
俺は赤くなった顔と大きく高鳴る心臓が平静を取り戻すまで、随分と時間を要することになるのだった。
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