1-15 蝴蝶霞音のデート準備
悠兎と霞音の待ち合わせから時は遡って、デート当日の朝。蝴蝶家のリビング。
「あの、姉さん。服はどちらが良いでしょうか……?」
霞音が姉の絵空にそんなことをきいていた。
「昨日までは着ていく服を決めていたのですが、直前になってまた迷ってしまい」
両手には雰囲気の違うワンピースがある。
「あら、お出かけ? もしかしてデートかしら?」
「ち、違います……! 相手は……女の子、です」
と霞音はごまかした。
「ふうん――それじゃあ、女の子が好きそうな服装を選べばいいのね?」
と絵空がわざとらしく強調して言った。
「あ、……そ、そうですね。それで、良いです」
霞音はそこで困ったように視線を泳がせて、補足するように言った。
「ただ一応男の人の好みの服装も、聞いておいて良いでしょうか……?」
「あら? デートじゃないのに?」
「は、はい。あくまで、いつか〝そういうこと〟になった際の参考までにです」
霞音はすこし焦ったようにしたあと、ぽつりとつぶやく。
「……せんぱいは、デートをとても楽しみにしていると言っていましたので」
「霞音ちゃん?」
「あ……な、なんでもないです」
霞音は慌てたように首を振って、両手を前に差し出す。
「それで、いかがでしょう。どちらの服装が、男の人の好みでしょうか……?」
『もう〝男の人〟の好みを優先しちゃってるじゃない』なんてことを絵空は思いながら、微笑ましげに答える。
「そうね。はじめてのデートだったら――こっちの服の方が雰囲気も良いかもしれないわね」
と絵空は片方の白いワンピースを指さした。
「デ、デートではありませんっ」霞音がきゅうと目を閉じながら言った。
「あら、そうだったわね」絵空は悪戯に微笑む。
「ですが……ありがとうございます。こちらの服にすることにします」
霞音は満足したように息を吐いて、ワンピースを自分の身体に当てた。
「そうだ。霞音ちゃん、せっかくだから髪の毛もやってあげるわよ」
「ほ、本当ですか……?」
「もちろん。せっかくのデートなんでしょう」
「ありがとうございます――あ。デ、デートでは、ないですが」
霞音は眉を下げ、恥ずかしそうに頬をふくらませる。
「ふふ、そうだったわね。あとで私の部屋に来てくれる?」
「は、はい。私も着替えてきます」
準備を終えてから霞音は絵空の部屋に向かった。
化粧台の前に座ると、卓上にはヘアメイク用の道具が用意されていた。
「それじゃ、はじめるわね」
と言って絵空は霞音の髪をいじりはじめる。
絵空が髪に触れるたびに、霞音はくすぐったそうに目を細めた。
「――はい。できたわよ」
「あ、ありがとうございますっ」
霞音は口元をふんわりと満足げに緩ませながら、鏡の前で自らの頭を確かめる。
「いってらっしゃい。たくさん楽しんできてちょうだいね、お出かけデート」
そんな絵空の言葉に。
霞音は反射的に嬉しそうにうなずいた。
「はいっ。――あ」
途中で気づいて、『しまった』と口を広げる。
「うう……姉さんは、いじわる、です」
♡ ♡ ♡
――【……っていうようなことが、今日の朝にあったんだけど】
スマホを確認すると、絵空さんからメッセージで連絡がきていた。
そのあとには【うふふ】と意味深に微笑む犬のスタンプが押されている。
「絵空さん、それを俺に伝えてどうするつもりですか」
俺はひとりごちて返信をする。
今は霞音と絶賛デートの最中だ。
彼女はお手洗いに行っていて、俺は近くのベンチに座って帰りを待っていた。
――【ユウくんに霞音ちゃんの可愛さを伝えてあげようと思って】
と絵空さんから返信があった。
――【どう? 充分に伝わったかしら?】
皮肉で返そうがすこし迷ったが、俺は『はい』と素直に返事をした。
――【よかった。それじゃあ、それを霞音ちゃんに伝えてあげて? きっと喜ぶわ】
ううむ。『かわいい』というセリフであれば、最初に会ったときに伝えたんだがな。
――【服装だけじゃだめよ。髪型やメイクは?】
――【あ、それはまだです】
――【やっぱり。ぜんぜん足りないわね】
絵空さんは前足を〝✕〟にして、ぷりぷりと頬を膨らませる犬のスタンプを送ってきた。
――【しっかり気づいたことを褒めてあげて】
――【は、はい】
今度は『OK!』のスタンプ。
――【いい? 女の子が好きな人とデートする時にはね】
つづけてダメ押しするようにメッセージが送られてきた。
――【男の子が考えるより、ずっとずーっとたくさんの時間がかかってるんだから】
「せんぱい、おそくなりました」
ちょうどタイミングよく霞音が戻ってきた。
「お、おう……」
俺はスマホを慌ててポケットにしまった。
「? どなたかと連絡を取られていたのですか?」
「あ、いや」
まさか相手が絵空さんだとは言えない。
「……ゲームをしていただけだ」
「ゲーム、ですか?」霞音はすこし眉を下げて言う。「デートの最中にゲームをするなんて……彼氏の行動としては減点ですよ?」
そんなのはいけません、というように霞音は人差し指を空にあげる。
「そうだよな……すまない。もうしない」
「はい。約束です」
霞音は指をおろして、納得したように小さくうなずいた。
「あ、そうだ。霞音」
「どうしたのですか?」
きょとんと不思議そうにする霞音の全身をじいっと眺めて。
俺は言ってやった。
「あー、なんだ。今日のメイクは――いつもと雰囲気が違っていいな。編み込みの髪もリボンも似合ってるし、イヤリングも――お、ネイルもしたのか? 靴の色と揃えたんだな」
俺は間違い探しばりに気づいたところを連ねてみたが。
「すごく――かわいい、と思うぞ」
結局のところはやっぱり、想いはその一言に集約されてしまうのだった。
「いつもと違う霞音が見られて、うれしいよ」
俺は絵空さんのアドバイスを気にしながら、カレシっぽいことを言ってやる。
「……っ」
すると霞音は。
顔をみるみるうちに真紅に染めて。
「そうです、か。……ありがとう、ございます」
と照れくさそうに微笑んだ。
つづいて頭上の髪の毛をゆっくりと揺らしながら、指先を絡ませる。
「――せんぱいが、たくさん気づいてくださいました」
ふむ。
そんな仕草を見られただけでも、褒めた分以上の価値があったな
――なんてことを俺は思った。
「せ、せんぱい。そろそろ行きましょう。映画が始まってしまいます」
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