1-14 写真を撮られるのは苦手なのです
「お待たせしました、せんぱい」
霞音がすこし足早に近寄ってきた。
待ち合わせた場所は駅前広場の時計台。
今日は霞音とハジメテの〝週末! お出かけデート〟の日だった。
「いや、俺も今来たところだ」
などとカレシっぽいセリフを言ってみる。
霞音はここまで急いできたのだろうか、すこし息を切らして頬も上気していた。
服装はフリルがついた白のワンピースに、斜めがけのバック。土日の家庭教師の際にこいつの私服は何度か見ているが――その時よりも、なんだかずっと大人びた感じがした。
「せんぱい? ぼうっとされて……どうかしたのですか?」
こてん、と霞音が首を倒して言った。
「あ、いや……。なんだか、いつもと雰囲気が違うと思ってな」
「そ、そうですか? 別にいつもどおりですが」
霞音は澄ましたそぶりで言って髪を耳にかきあげた。
しかしそのあとも、ちらちらと俺に視線を向けてきたので、
「あー……似合ってるぞ。すごく」
と俺は言ってやった。
「……っ」
霞音は一瞬目を広げたあと、頭上の毛を嬉しそうに揺らした。
「あ。そういえば」と俺は気づいたように言う。「こうして2人で街に繰り出すわけだが……変装のひとつでもしなくていいのか?」
「変装? どうしてですか?」
「俺たちの関係は秘密なんだろ? 見つからないようにサングラスやマスクでもしたほうが――」
そんな提案を、霞音は『ふふん』と一笑した。
「せんぱいは案外怖がりさんですね。これだけまわりに人がいれば気づかれることもありません。それに、はたから見れば私たちは――ふつうの高校生どうしのお散歩ですしね」
「ん……そうか」
と俺は納得しかけたものの。
周囲を見ると、霞音のことを気にして立ち止まったり、遠くから眺めてくる気配を大量に感じた。『あの娘、やばいくらい可愛くね?』『芸能人かな』などという〝ひそひそ話〟も聞こえてくる。
(ううむ。あいにくだが、霞音はまったくもって〝ふつうの高校生〟じゃないんだよな……)
俺も幼馴染という関係性で慣れていたし、なにより本人にその自覚がまったくないのだが――霞音は世間ではひときわ目を引く〝圧倒的な美貌〟をもつ美少女なのだった。
「せんぱい、今日はよろしくお願いしますね」
などと。
後ろに手を回してほのかに笑んでくる姿も。
駅前の巨大広告に使われていてもひとつの違和感もないくらいサマになっていて。
そんな少女とこれからデートをするだなんて、未だ現実味を感じなかった。
「「…………」」
しばし向かい合ったまま沈黙。
「それで――どうするのですか。これから」
俺は霞音から今日のデートの『エスコート』を任されていた。
「あ、すまん。デートをするのは、はじめてでな。緊張してるんだ……とりあえず、歩くか」
「はい、そうしましょう」
霞音は『ふふん』と頭上の毛を揺らして言った。
「せんぱいは私とのデートで緊張をされているのですか? この先が思いやられますね」
などと強気にはしているけれど。
「それではまいりましょう」
と言う霞音の頬は高揚していて。
なにより歩き方もギクシャクとしていた。
「……おい。なんだか右手と右足が同時に出てないか?」
「き、気のせいです。これは今流行りの歩き方なのです」
と霞音は強がったが。
まわりを見渡してみても、そんな歩き方をしてるのは霞音ただひとりだった。
♡ ♡ ♡
(……ううん。予想はしていたが、思ったよりも視線を集めるな)
原因は間違いなく、今俺の隣を歩く霞音に他ならない。
通り過ぎるだれもが霞音に向かって見惚れるような表情を向けてくる。
『あ、あのー、すみません』
遂には声までかけられた。
『スナップ写真、一枚撮らせていただいてもいいですか?』
差し出された名刺をみると、俺でも知ってるような有名な雑誌を担当しているカメラマンだった。
しかし霞音はすこし困ったような表情を浮かべて、その申し出を断った。
「……いいのか? これをきっかけにモデルの世界にも行けたかもしれないぞ」
そのカメラマンと別れたあと、俺は霞音に言った。
「べつにいいです。特に興味もありませんから」と霞音は淡々と言った。
「ふむ。でも写真の1枚くらい撮られても良かったんじゃないか?」
「……写真は、苦手なんです」
そういえば俺の友人・スナガミが『霞音姫は写真がきらい』と言っていたことを思い出した。プライベートの写真には懸賞金が出るとかも言っていたな。
「写真が苦手、か。魂が抜かれるからか?」と俺は悪戯っぽく言った。
「気持ちは分からなくはありませんが、違います。そうではなく……写真を撮られて、私の知らないところでそれを見られるのが、あまり良い気分ではないのです。私の預かり知らないところで、それこそ悪口だったりも言われるかもしれませんし……」
俺は霞音の写真を前にした一般市民のことを想像しながら言う。
「悪口どころか――可愛いと褒めちぎられるだろうと思うけどな」
「……え?」
ぴたりと霞音が足を止めた。
「あ、いや、なんでもないさ」
と俺は否定したが、その前の発言は霞音にばっちり聞かれていたようだった。
「――せんぱいは」
霞音は胸の前で指先を触れさせ、もじもじとしながら言った。
「私のことを、――か、かわいいと、思ってくださるのですか」
「……っ」
急にそんなことを問われて戸惑ってしまったが。
俺は『霞音のことが大好きなカレシ』として答えた。
「あ……当たりまえだろ。霞音はかわいい、さ」
言い慣れない言葉のせいで、俺は顔に血液が溜まっていくのを感じたが。
「そう、ですか……」
やっぱり霞音も、顔を真赤に染めながら小さくつぶやいたのだった。
「せんぱいにだけ、そう思っていただけたら充分です」
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