1-10 蝴蝶霞音の記憶(ゆめ)
絵空姉さんが光なら、妹の私はいつだって〝影〟だった。
まわりの人たちはみんな、何をしていても輝いて目立つ姉さんのことしか目に入っていないみたいで。
対照的に暗くてじめじめとした私のことなんて、だれにも気にされてなくて。
でも別に。
そのことを恨んだりとかはぜんぜんしていなかった。
だって。
まわりの人たちだけじゃない。妹の私にとっても。
いつだって光り輝く太陽みたいな姉さんは――憧れで。
ううん。憧れることすらもおこがましいほどの存在で。
そんな姉さんの妹であることが、私はむしろ誇らしかった。
だけど。
――やっぱり、ときどきは寂しくて。
姉さんという光の影で。
私はだれの目に映ることなくひとりで生きていて。
これからもずっと、そんな人生を歩んでいくんだなあって思っていたときのこと。
――きみは。
きみだけは。
私の存在をしっかりと瞳に映してくれたんだった。
私の前に現れたきみは、影に隠れていた私のことを見つけてくれた。
姉さんだけじゃなくて、私の名前も呼んでくれた。霞かな音を聞いてくれた。
そんなのってハジメテで。
どうしたらいいか分からなくって。
だけどきみの瞳に映る〝私〟は――とってもしあわせで。
きみに出逢ったその日から。
――私の世界に〝光〟が満ちた。
♡ ♡ ♡
「ん……俺、いつのまにか寝てたのか」
自分の部屋のベッドにうつぶせになった状態で俺は目をさました。
部屋の照明はついたままだった。時計をみると20時をすこしまわったところだ。
枕元には読みかけの少女漫画があった。『恋愛の参考にしてみたら?』と言われて絵空さんから借りたものだ。どうやら読んでいるうちに寝落ちしてしまったらしい。
「ひさしぶりに、あの夢を見たな」
眉間に指をあてて、それまで見ていた夢の内容を思い出してみる。
それは小さな頃から定期的に見る種類の夢だ。
俺はひとつの光もない暗闇の中をさまよっている。
じっと耳を澄ますと、どこかから微かに声が聞こえる。
俺はその声の相手を探しはじめる。女の子の声だ。
きみを探して必死に闇の中を走り回る。
息がどんどん切れてくる。
心臓がどくどくと高鳴る。
声がだんだん近くなってくる。
やがて俺は井戸のように深い〝穴〟を地面に見つける。
穴の周囲だけが幽かにぼんやりと光っている。
中を覗き込むと、遠くの底にひとりの少女をみつける。
『――あ』
少女も俺のことに気づく。
お互いに目を合わせる。その瞳は潤んでいる。
そんなきみに向かって。
暗闇の中で、ひとりぼっちで泣いていたきみに向かって。
俺は手を伸ばして、掌を重ねて――
そこで夢は唐突に終わる。
あとに残されるのは、やけに現実的な掌の感触だけだ。
「ふう……こんな時間に妙な格好で寝たせいかもな」
俺は短く息を吐いたあと、体を起こして軽く伸びをした。
「ここのとこいろいろあったからな。思ったよりも疲れてたんだろう」
首を回しながら机の上に近寄ってスマホを確認する。
画面にはその〝いろいろ〟を現在進行形で巻き起こしてくれている張本人――
蝴蝶霞音からの着信が残っていた。
「ん……あいつが電話してくるなんて珍しいな」
俺はさらなる〝いろいろ〟につながらないか一抹の不安を感じながらも、彼女にかけ直すことにした。