力比べなら負けないよ!
入学から少し経ち、不本意ながら始まった学園生活を謳歌する中、一つ気になる事があった。それは彼女、マイナのことだ。腹ペコの狼くんから助けて以来の付き合いだが、彼女は自分のことをほとんど話さない。気を遣ってあまり聞いてこなかったが、今日こそは思い切って聞いてみる事にした。
「ねぇ、マイナ。」
「なにかしら?」
「今まで君についてあまり詳しく聞いてこなかったんだけど、どうして狼くんに追いかけられていたの?」
彼女は、バツが悪そうに言う。
「あなたになら……話してもいいかもしれないわね。」
そんなに言いにくいのかな? と考えている間に、彼女は決心したのか過去について話してくれた。
「あなたに出会う前、とある施設で過ごしていたの。私と同い年ぐらいの女の子がたくさんいて、毎日、様々な実験や訓練をさせられていたわ。」
「そこでは、私たちに人権はなくて、毎日奴隷のように扱われてきた。」
どうやら、壮絶な過去があったみたいだ。彼女は続けて、
「そこは、秘密結社カタボリックという組織が運営していて、身体改造を施した強力な生物兵器を作り出すための施設だったの。」
秘密結社カタボリック……いかにも悪そうな組織だな。
「私は運良く逃げ出す事ができたけれど、フェンリルに見つかって追いかけられていた所をあなたに助けてもらったってわけ。」
「だから、本当に感謝しているのよ。あなたは、地獄の底にいた私を助けてくれた。感謝してもしきれない。少しでもあなたに恩返しがしたいの。」
「そんなのいいよ。たまたま通りがかっただけだし。君が無事だったなら良かった。」
それにしても、この世界には悪の秘密結社みたいなものがあったんだな。生物兵器を作る研究をしているとなると、いずれは、その怪物達が人々を襲う可能性があるってことだよね。
「そこであなたに頼みがあるの。」
「うん?」
「あなたの力は本物よ。その力があれば、カタボリックを滅ぼせるかもしれない。私と同じように、今も非道な実験に苦しむ子たちがたくさんいるわ。私と一緒にカタボリックを倒してくれないかしら!」
うむ。そのカタボリックっていう連中は悪い奴らだし、許せない。それに、組織の魔の手から国民を守る事で、神の肉体を民衆に披露することの助けになるだろうし、一石二鳥だ。さらに、僕の力が誰かの助けになるなら、それに越したことはない。筋肉とは、弱きもののために! ってね。
「わかった。僕も協力するよ。一緒にカタボリックを倒そう!」
「ありがとう……。本当にあなたで良かったわ!」
涙ぐむマイナを慰めつつ、寮へ戻ろうとしたその時、街の方から壁が崩れるような大きな音がした。騒ぎのする方へと向かうとそこには、建物を破壊して回る、体長五メートルほどの謎の生物がいた。
「なんだ? あれは」
「あ、あれは組織の……!?」
「マイナ、あれを知っているの?」
ビクビクと震える彼女が、続けて言う。
「あれは、プロトスルト。私のいた施設から生まれた魔人よ……。」
あれが魔人……。凄まじいほどの邪悪な魔力だ。あいつが暴れたら、この街はあっという間に、壊滅してしまうだろう。そうなる前に奴を止めないと!
「マイナ、行こう! このまま奴を放ってはおけない!」
「わかったわ!」
急いで魔人の元へ向かう。次々と家や建物が奴によって破壊されていき、逃げ惑う市民たち。街は混乱状態だ。
「マイナ、逃げ遅れた人をすぐに避難させてあげて。こいつは僕が相手をするよ。」
「ええ、わかったわ。気をつけて、マスル!」
魔人と対峙する。僕を認識したのか、狙いをこちらに定めたようだ。凄まじい咆哮と共に、激しく自らの胸を打ちつけ、威嚇する魔人。なんか、ゴリラ•ゴリラ•ゴリラみたいだな。分厚い上半身に、重機のような両腕は地面についていて、常に前傾姿勢。うん、ゴリラ•ゴリラ•ゴリラだな。勢いよく突進してくる魔人の攻撃を華麗に避け、僕も戦闘態勢に入る。
「マッスルチェンジ!」
その掛け声と共に、僕の周りに蒸気が立ち込める。肥大化する筋肉に耐えきれず、服がビリビリと破れ散っていく。蒸気が晴れ、マッスルスタイルが姿を現した。
お互いに相手を睨み合い、少し静寂な時が流れたかと思うと、両者、一斉に飛びかかった。
真正面からぶつかり合う二人。まるで手押し相撲のように、力を込めて押し込み合う。
それにしても、素晴らしい筋肉だ。このはち切れんばかりの大胸筋に、まるで戦車を乗せているような肩。さすがは筋肉の神に愛されし生き物、ゴリラ•ゴリラ•ゴリラ。だが、筋肉に愛されているのは君だけではない。僕は筋肉に寵愛されている! 力比べで負けるわけに行かない! 僕は、魔人の腕を逆方向に絞り、ハンマー投げの要領でそのまま上空へ投げ飛ばした。それに追いつくように、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラを飛び越えるようにジャンプし、両足に集中させた筋肉でフライングドロップキックを食らわせた。
魔人の腹部を貫通し、華麗に着地。魔人は上空で凄まじい断末魔をあげながら、塵へと還った。こうして突然の魔人襲来劇は、幕を閉じた。
壊れた街を修復するのには、時間が掛かりそうだったが、騎士団の助けもあってか順調に進みそうだ。この前の狼くんと今回の魔人は魔力の波長が似ていたことから、カタボリックによるものだと推測できる。遂に王都まで被害が及んだとなると、無視できない存在なのは明らかだ。僕はマイナとの約束を必ず果たすと胸に誓う中、強大な魔の手が迫ることを予感するのであった。