そろそろ僕も独り立ち
ゴロツキを懲らしめてから半年が経ち、今年で十五歳になるので、父さんの推薦で、来年は魔術剣士学校に入学することが決まっている。
だが、いまいち乗り気になれない。そもそも僕は、魔術師や戦士はおろか、召喚術師、魔剣士にもなるつもりはないので、ここに通う意味がないのだ。
魔術剣士学校は、三年制の高校みたいなところだ。前世でもトレーニングに時間を割きたかったため、高校には行っていなかった。今回もそうしようとしたのだが、父であるレクタス•プロティンに無理矢理推薦されてしまい、入学せざるを得なくなってしまった。父、許すまじ。ため息をついていると、
「なぁに? まだ不貞腐れているのー? いい加減諦めて、立派な王国騎士団に入る為に頑張りなさい!」
この美魔女は、母であるラテ・プロティンだ。見た目より若く見られるが、実際はそこそこ行っている。そんな母さんに、不満込めて、
「何度も言うけど、僕は別に王国騎士団になりたいとは言ってないんだけど?」
「我が家は、代々優秀な戦士や魔法使いを騎士団に排出していて、みんな立派にやっているのよ? お母さんはあなたに立派な大人になって欲しいのよー。」
母さんは聞かん坊なのだ。息子が立派に育ってほしいと言う気持ちは分かるが、僕には次なる目標があるのだ。それは……、この神の肉体をボディービル大会でお披露目し、真のボディービルダー世界一の称号を獲得することだ。そういえば、この世界にボディービルダーという職業はあるのだろうか? ふと疑問に思い母さんに尋ねる。
「ボディービル大会って、どこで開催されてるの? やっぱり王国の街中とかかな?」
すると母さんはこう呟いた。
「え? ぼでーびる? さぁ? そんな大会聞いた事ないわ。」
ん? そんなバカな〜。そっか、母さんそう言うのに疎いんだな。確かに前世でも筋トレブームがきて筋トレしてる人が増えても、そういう大会があるとかは、知らない人いるもんな〜。よし、父さんに聞いてみよう! 僕は父さんの下へ駆け寄り同じことを聞いてみた。
「ねぇ父さん。ボディービル大会ってどこで開催されてるの?」
すると父さんはこう言う。
「なんだ、それは。そんなもの、聞いたことはないぞ。」
はぁ!? 嘘だろ? ボディービル大会がない!? ありえない! そんなのありえないよ! 大会はなくてもそういう職業くらいあるだろうと再度父さんに尋ねる。
「そ、そっかぁ〜。じゃあボディービルダーっていう職業はないの? ほら、己の肉体をお披露目する職業とかさ!」
「そんなものはない。肉体を披露するのは、娼婦ぐらいだぞ。」
ガーン。終わった……。完全に終わったわ。僕の夢が潰えた。僕は膝から崩れ落ちた。それからご飯が喉を通らないほどに落ち込み、あっという間に月日は経ち、遂に出発の日となった。父さんと母さんが僕に激励の言葉をかけてくれている。
「マスル! 向こうでも頑張るのよ! ちゃんとご飯食べてすくすく育つのよ!」
「マスル! 自分を信じて、立派な戦士になるんだぞ!」
僕は精気のない声で
「ウン……。ガンバルヨォー。」
こうして、プロティン家を後にした。魔術剣士学校までは馬車で半日ほどかかるため、昼間のうちに出発した。あたりが暗くなってきた頃、馬を休ませる為の休憩を取る事になり、馬車の中で仮眠を取ろうとしていたその時だった。突然、邪悪な魔力が近づくのを感じ、馬車の外へ出てみると、奥から月明かりに照らされて透き通った金髪に、ボロボロの布を纏った美しい女の子がこちらの方へ逃げてくるのが見えた。
「助けて! 殺される! 誰か! 誰か助けて!」
悲痛の叫びを上げる彼女の後ろに、血のような赤い目をした、デカい灰色の狼が彼女を追いかけていた。彼女を匿い、とりあえず逃げる事にして、狼から逃走を図る。
「運転手さん! 急いで出して! 狼がこちらに迫ってる!」
急いで馬車を動かし始めたが、すぐに追いつかれてしまい、張り倒された衝撃で馬車は転倒してしまった。すぐさま僕がクッションになり、彼女を守ったため助かったが、逃げ遅れた馬と運転手さんが食い殺されてしまい、僕たちは追い詰められた。プルプルと震える彼女の手を取り、彼女を落ち着かせる。
「大丈夫。僕が助けて上げるからね。だから心配しないで、ここに隠れているんだ。」
震える彼女を大木の後ろに隠し、僕は狼に立ち向かう。今にも飛びかかってきそうな、血走った目をしている狼くん。よほど飢えているんだろうが、か弱い女の子を食べさせるわけには行かない。それに、僕が密かに可愛がっていた大腿筋が素敵なファッシイと、運転手さんを豪快に食ってくれちゃってさ。懲らしめるしかないね。
僕は戦闘態勢に入り、筋肉を解放した。蒸気が周りを覆う。
たちまち姿を変え、神の肉体となった。僕はこれを『マッスルスタイル【ノーマルビルダー】』と名付けた。マッスルスタイルとなった僕の姿を見ても、この狼は怯まない。大したものだ。この姿を見た大体の動物は、萎縮して動けなくなるというのに。
すると、狼が僕に向かって飛びついてきた。鋭い爪を剥き出しにし、美しい大胸筋に向けて切りつけてきた。まともに食らう僕だが、もちろんこのマッスルスタイルには傷一つ付かない。驚きを隠せない狼は、すぐさま攻撃を再開し、何度も僕の体を切りつけた。しかし、いくら僕の肉体を裂こうと傷が付くことは決してないのだ。たまらず牙を剥き出しにし、僧帽筋の辺りに噛みついた。しかし、もちろん効かない。何をしても無駄だと悟った狼は動きを止め、立ち尽くした。絶対的強者の前に降伏したのだろう。
「これが、僕と君との差だよ。これで終わりにしてあげる。」
右手を天に向かって高くあげ、凄まじいスピードで手刀を振り下ろす、必殺の一撃。振り下ろされた手刀により、狼は真っ二つに両断され、その下の地面もが、大きな亀裂が入っていた。
狼を倒した僕は、マッスルスタイルを解除し、彼女の下へと駆け寄る。彼女は先ほどまであれだけ震えていたのに、今は大きく口を開けたまま、動かなくなってしまっていた。
「おーい。君、大丈夫?」
声をかけるとやっと気がついたのか、慌てて返事をしてくれた。
「ご、ごめんなさい! あまりにも凄すぎて言葉を失っていたわ。」
フンッ。無理もない。この神の肉体を見たものは、誰一人としてその美しさに言葉も出ないのだから。すると彼女がこう言う。
「あなた、これほどの力をどこで手に入れたの?」
「日々の弛まぬ努力の結晶さ」
「あなたの力、常軌を逸していたわ。少なくとも、これから先、あなたを超えるものはいないんじゃないかと思うほどにね。」
うんうん、そらそうだよ。なんてったって、神の肉体を手に入れたんだからね。そう思うのも無理はない。まあ何はともあれ、難は去ったわけだし、そろそろ王都に向かおうかな。
「それじゃあ、僕は行くね。君も気をつけて帰りなよー。」
「ちょっと待って!」
彼女が僕を引き止める。
「あなた、いったい何者なの?」
「僕? うーん……。」
何者か〜。なんにも考えてなかった。まあ彼女はファン一号になるだろうから、ここで売名しておくのもいいかもしれない。
「僕は、世界一のボディービルダーになる男さ!」
「ボディービルダー……。!?」
ボディービルダー……。聞いたことがあるわ
……。かつてこの世界が危機に陥った時、女神アナボリックが遣わしたとされる、救世主。まさか彼がそのボディービルダーだと言うの!?
それが本当なら、彼ならカタボリックを……。
「んじゃあ、そう言うことだから……。」
「待って!」
「もー今度なに?」
「私も連れていって!」
突然、とんでもないことを言い出す彼女。
「いや、つれていってってそんな急に言われても…。」
「急なのは承知だわ。でも、私はあなたに助けられた。あなたのその崇高な目的を果たす手助けをさせてほしいの!」
て言われてもなぁ…。これから魔術剣士学校に通わないとだし、一緒に着いてこられても困るよなぁ…。
「わかったわかった……。その気持ちはわかったけど、これから魔術剣士学校に通うんだ。そこは寮だから、一緒には来れないよ。」
「じゃあ私もそこに通うわ!」
通うったってどう見てもその身なり、貴族には見えないけどなぁ…。
「魔術剣士学校に通うには、貴族の推薦か、それ相応の実力を示さないといけないんだよ?」
「そうなのね……。じゃあ!あなたが私に稽古をつけて頂戴! 必ず強くなってみせるわ!」
稽古ってそんな無茶なー。僕そもそも剣術も魔術もろくに教えられないんだけどなぁ……。
とりあえず、この子の潜在性能を筋肉に聞いてみよう。前世の頃から、生物のありとあらゆる筋肉と会話ができるのだ。筋肉達に質問をすると、彼らは快く答えてくれるのだ。例えば、筋肉の発達具合から、相手の長所と短所を見抜いたり、筋肉達を通して、相手の思考を読み取ることができるのだ。これ能力は、筋トレをする時や、パーソナルトレーナーをするに当たって、とても便利な能力なのだ。僕はこれを「ウィスパーマッスル」と名付けた。
ふむふむ、特に広背筋と上腕三頭筋と握力のポテンシャルが高いのかー。これは、剣道などで竹刀を振るうときに主に活用される筋肉たちだ。
さらに、剣士達に必要不可欠な瞬発力を司る大腿直筋のポテンシャルも高く、まさに剣士の才がある証拠だ。そのための体づくりをすれば、絶大な力を発揮することだろう。さらに、彼女が狼くんから一定の距離を保って逃げていたことを考えると、持続力も十分だと言える。僕はこう見えても、前世ではパーソナルトレーナーをしていたので、マイナのような育て甲斐のあるトレーニーの卵を見ると、居ても立っても居られなくなるのだ。僕は二つ返事で、
「よし! わかった! 僕が君を高みへと導こう! 一緒に頑張ろうね!」
「ありがとう! よろしくお願いするわ!」
こうして、名も知らない彼女と共に入学試験までの間、鍛錬を行うことになったのだった。